第21話 神様も人間も悩みを抱えて生きていて人間がいるから神様も存在できて神様がいるから人間も色々な恩恵を得ることができてって話を延々とする回。

「神様は人に忘れられたら消えるって聞きましたけど、天さんみたいな妖ってのは寿命とかあるんですか? タマさんも四〇〇年生きてるって言ってますけど」


 訊ねると天さんは「んー。それがさっぱりや」と再び頭をかいた。


「種類によってもまちまちやし、人間達のいうところの科学みたいな、けったいなもんもないからな。オレやタマさんみたいに年齢を重ねたところで見た目は変化しない奴も仰山おるし。うん、わからんな」


 四〇〇年も生きてるタマさんも、初めて変化した時から猫耳姿の小学生みたいな外見だったって、言ってたものな。


「オレらかて、いつか消えるのはわかっとるんや。消えてった奴を何人も見てきたからな。せやけど、自分があとどれくらい生きるのか、そんなんほとんどの妖はわからんで暮らしとるんよ。世の中の動物みたいに見た目が老いていけば、なんとなく死期が近いってわかるんやろうけど。何年生きててもこの姿やからなぁ。いつ、ぽっくり逝くかもわからんし。だからこそ、その日暮らしの奴ばかりなんやろな」


 人間だって昨日まで元気だった奴が急に交通事故で死んじゃったりすることもあるし、俺が今日の帰り道に心臓発作で死んじゃうことだってないわけじゃないだろうけど。でも、だからって未来のことを考えずに今さえ良ければいいと呑気に生きてくわけにはいかないものな。


「まあ、そこら辺の考え方の違いってのが、人間とあやかしの違いやろな。……ほい、おかわり。あの陰気な神様に持ってってやってや」


 グラスを受け取って俺は神様の元に向かった。

 


「……神と人間は金貨の表と裏じゃ。人間がいるから我らも存在できる。人間に当たってみても仕方がないだろう。人間がいなければワシらは生まれなかったのだからな」


「そんなのはわかっているさ。だけど、僕は必要のないものとして消えさる運命なんだぞ。こんな結末を迎えるなら最初から生まれたくなかったよ……」


 ソファ席に戻ると、座高計の神様の怨嗟の言葉はまだ続いていた。


「お待たせしました」


 焼酎のグラスをテーブルに置く。座高計の神様がじろりと俺を見上げた。


「なあ人間よ。必要とされない者の気持ちが君にわかるか? 僕は近い将来消えるんだよ」


 視線が集まる。神様達が俺の言葉を待つように黙った。少し困ったけど、とりあえず何か答えなければなるまい。それに座高計の神様の荒れ具合は、会社を辞める前の俺を見ているようだったから、少し話をしたくなった。


「あの……、わかるって言ったらおこがましいかもしれないけど、俺も会社で上司にお前なんか必要ないって言われ続けたんで、その、座高計の神様の気持ち、少しはわかります」


「君になんか……」と言いかけた座高計の神様を、傘神様が制した。

「話してみてくれないか」と、和式便所の神が小さく頷いた。


 俺は話した。

 新卒で入社した会社で使えない奴の烙印を押されたこと。

 毎日のようにダメな奴として吊し上げられたこと。

 何をしても空回りして先輩に愛想を尽かされたこと。


 一年ちょっとで仕事を辞め、自分の存在価値が無いことに悩み、死んでしまおうかと思ったこと。そんな夜の駅でタマさんに会ったことだ。


 話術があるわけでもないから、盛り上がりのない話になってしまうのだけれど、三人は静かに聞いてくれた。

 

「……そうか、人間の社会も大変だと聞いていたが、なかなかに辛い経験だったな。君のような前途有望な青年を無碍に扱うとは、見る目のない会社だ」


 グッと奥歯を噛むようにして、和式便所の神様が唸った。

 俺が和式便所ユーザーと知ってから和式便所の神様はなんだか俺を贔屓にしてくれるようになったようだ。

 隣の座高計の神様を見る。彼は俯いていた。


 面白くない話をしてしまっただろうか。そりゃそうだ。自分としては身に降りかかった出来事で辛かったのは事実だけれど、他人からしてみれば、不幸自慢の被害者ヅラの泣き言にしか聞こえないかもしれない。


 お前にも改善すべき点があったはずだと罵りたくなるような話だったかもしれない。そんなことを思うようになったのは、この店で自分の身の上話をするようになってからだ。話してみると、自分の言葉がとても自分本意でしかないような気がして。


「うう。藪坂青年。君も辛かったんだな」


 だけど、予想外に座高計の神様は絞り出すように震えた声を出した。


「君は僕と一緒だ……。僕だって生まれた時は使命感に燃えていたんだ。たくさんの人の座高を測定し人々の幸せに貢献するぞ、と。でも、僕はあまり他の神や妖連中と関わるのが得意じゃなくて、うまく自分の存在を世間に喧伝できなかった。きぬがさみたいに自分を売り込んで人間界での居場所をつくれる力はなかった。次第に座高なんて計っても意味がないんじゃないか、という意見が人間界に出回り始めた。だけど、僕は見て見ぬ振りをした。そんなのはきっと気のせいだろうと自分に言い聞かせて現実を見なかったんだ……」


 鼻を啜りながら、座高計の神様は語った。しんと静まり返った店内。黙って話を聞く神様達。カウンターのタマさんはとてもつまらなさそうに頬杖をついて、指先を動かしてお酒のおかわりを天さんにせがんでいた。


「僕は、きぬがさのように口が上手いわけでもないけど、自分なりに座高を図ることの素晴らしさを伝えようと努力はした。頑張ったと思う。もちろん、今思えば頑張りは足りなかったのかもしれないけれど、でも僕はできる限りのことをした。……けれど、報われなかった。まるで君と一緒だ。人間社会ってのは僕たちの世界なんかよりも楽なものだと思っていた。……だけど、同じなんだな。すまない。八つ当たりのようなことを言って」


 座高計の神様は頭を下げた。

 天さんは無言でレコードを取り替える。ノイズの後、哀愁漂うサックスの音色が店に広がった。


「神様……。頭を上げてください。俺も同じです。気持ちはよくわかります」


 俺は座高計の神様の痩せ細った手を取った。


「一度、不要の烙印を押されたら神は消えてしまう。けれど、人間の君は何度でもやり直しがきくんだ。君は僕とは違う。僕みたいに一つの道しかない物の神とは違う。たとえ選んだ道が間違っていたり、君に合わなかったとしても、別の道を選ぶことができるんだ」


 座高計の神様は立ち上がった。


「藪坂君。僕も頑張る。どうせ消える短い命かもしれないけど、有終の美を飾れるように、もう少し頑張るよ」


「神様……」


 俺の目をじっと見つめ、座高計の神様はゆっくり頷いた。


「よし!!」っと和式便所の神様が大声を上げた。


「藪坂クンのおかげでザコウも目が覚めたであろう。さあ、これからは楽しく飲もうではないか」


「賛成だにょー。楽しい方が酒は美味しいにょー」


「そうだね。ごめん。暗い話は無しにしよう!」


 三人が顔を見合わせて頷いた。よかった。 


「それに、ざこっちだって、まだ絶対に消えるって確定してるわけじゃないにょー。レコードの神だってレトロブームとかで人気が再燃したし、ワープロの神だって、消えるかと思いきやちゃっかり姿を変えて生き延びてるし、ざこっちだって完全に消えることはないかもしれないにょ? 何かの拍子で座高を計るのが流行る時代が来るかもしれないにょ?」


 どんな時代だよ。と思いつつ、水はささない。そんな時代が絶対に来ないとは言えないから。……きっと来ないだろうけどさ。


「ともかくだ。今日は愉快に呑もうではないか」


「君の言う通りだ。今日は飲もう。藪坂くん。焼酎! おかわりを頼みます」


 座高計神様の表情が穏やかになった。グラスを受け取りカウンターに戻る。


「なんだかわからんが、まとまったようじゃな。しかし、まあ物の神も面倒な連中じゃな」


「ははは、相変わらずタマさんは手厳しいなぁ。神様も色々あるんやろ。でも、篤はさすがやな。神様の心を動かしてしまうなんて」


「いやいや。別に俺が動かしたわけじゃないですよ」


「謙遜するなぁ」


 焼酎を作りながら天さんが茶化すように笑う。


「ほんま、人間っておもろいな」


「何がです?」


 尋ねるとマドラーでグラスの中をかき混ぜながら天さんは言った。


「自分が辛かった経験なんかを、ちゃんと後々プラスに持っていけるんやもんな。オレらは、そういうの無理やからなぁ。過去は引きづらない代わりに、過去から何も学べんのよ。パープリンやからな」


 パープリン? ってのは何かの擁護だろうか。よくわからないけど。


「篤は自分がネガティブやーって悩んでるみたいやけど、ネガティブってのも長所になるんやで。そのネガティブな性分のおかげで、神様にも気に入られたんや。短所なんか簡単に長所になるんや。自分の中にある当たり前すぎて見落としてしまうような部分が、結構いい武器になるってことや。覚えておき」


「はぁ。わかりました」


「ははは。わかっとらんな。まあええで。ほい、お酒。持ってってー」


 焼酎の入ったグラスを持ち神様たちの席へ向かう。

 朗らかな雰囲気になったソファ席。楽しげな笑い声。


 そうだよな。

 お酒を飲むなら楽しく飲んだほうが絶対に良いよな。


 つい先月までの、嫌な毎日を忘れるためだけに酒を飲んでいた自分の生活を思いだして、少しだけど自分が変わってきた事を感じた。


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