第20話 現れた神様の仲間はこれまた神様でしかもなんだかめちゃくちゃニッチな神様でしかも消えかけててヤケ酒の最中でなんだよすげー荒れてるじゃん。

 二人組の男性が顔を覗かせたのは、傘の神様がどうやって今の地位を獲得したかという話の最中だった。

 その話もなかなか面白かったのだけど、店に入ってきた二人を見ると傘の神様は会話をきりあげ、大きく手を振った。


「ざこっち。早かったにょー。それに、わっしーも」


 現れた二人はどちらも和装ではあったが、見た目は正反対だ。


「よう。こんな所に洒落てるバーがあったんだな。知らなかった」


 店の内装をぐるりと見渡したのはガッチリとした体格の四角い顔の男。見た目の年齢は二〇代後半から三〇代といったあたりか。傘の神様の仲間だというのだから彼もなんらかの神様なのだろう。角刈頭に鼠色の着流し姿の頑固そうな出立ちは、ミニ丈着物のギャル姿の傘神様よりもむしろ威厳がある。


 しかし、その隣に立つもう一人の男は様子が違っていた。


「ひっく。まったく階段が急で、のぼるのが大変でしたよぉ、疲れたなぁ」


 既にかなり酒が入っているのだろう。

 立っているのも精一杯で息も絶え絶えのふらついた足取り。年齢は角刈りの男と同じ頃合いなのだろうが、折れそうなほど細い身体に、つぎはぎだらけの着物。髪もボサボサで無精髭が伸び、なんだかとてもみすぼらしい。こう言ってはなんだが、駅や川にお住まいの、ご自宅が無い方の様に見える。


「わぉ。ざこっち、また痩せた? お酒ばっかじゃなくて、ちゃんと栄養あるもん取りなよー。消えちゃうにょ?」


「いいんだいいんだ、僕はどうせ消える運命なんだよ」


 痩せぎすの男は自嘲気味に吐き捨てた。


「ごほん、ともかく、いらっしゃい。初めましてやな。オレは天宮司、しがない天狗や。まあのんびりしてってえな。ソファ席もあるんで」


 天さんが人懐っこい笑顔で二人を店に引き入れる。


「篤、おしぼり頼むで」


「はい」


 冷えたおしぼりを取り出し、ソファに腰掛けた二人の元へ向かう。


「どうぞ」


「お。お前さんが噂の人間か?」


 角刈りの方が太い眉を上げた。人間か、と聞かれるのも慣れてきたな。うなずいて自己紹介する。


「妖の店にいるにしては……、普通だな」


 何が気になるのか、角刈りは首を傾げる。


「そうだなぁ。どんな狂人かと期待していたんだけど、なんの変哲もない人間だねぇ」


 じろりと俺を見て、期待外れだとでも言いたげに、痩せぎすの男もそんなことを言う。

 すると、傘神様が、チッチッチ、と人差し指を立てた。


「だから、すごいんでしょー。二人ともわかってないにょー」


 ぴょんっとカウンター席を降りてソファ席へと向かう。


「妖と付き合う人間って、普通はちょっとズレた奴じゃん? でも、藪坂っちはザ・人間って感じで、どこにでもいそうなお兄ちゃんなわけにょ。それがすごいんだにょ。わかる? ワニがウヨウヨいる池に、鶏が平気な顔でいるみたいなもんだにょ」


「……言われてみればそうだな。不思議だ」


 角刈りも痩せぎすも感心したように頷くと探るような目で俺を見上げた。


 いやいや、そんな目で見られても困るんだけども。

 俺だって成り行きでここにいるだけで、自分から喜んで天狗やら悪魔やらだのと付き合っているわけじゃないんだから。


「そうは言うが、嫌ならば断る事もできたろう?」


 角刈りが言う。いや、断りきれなかったと言う部分もでかい。……昔からノーと言えない人間だったのだ。


「よくノーと言えない日本人なんて言うけど、それが全部悪いわけじゃないからにょ」


「そうだな。ワシもそう思う。すぐに否定をしないのは和を重んじる日本人の素晴らしさでもあるぞ」


 そう言っていただけるのは嬉しいけど、それで損ばかりしているのも事実なのだけどな。


「まぁねぇ。最近の若者は『わあるどわいど』だか『ぐろぉばる』だかって言って西洋的個人主義に侵されつつあるからねぇ。君みたいな時代遅れなヤツは淘汰されていくんだろうなぁ」


 痩せぎすはソファにもたれて投げやりな感じで言った。なんだか、このヒトやけにトゲトゲしてる印象だ。嫌な感じ。


「もー、ざこっち、そんなこと言ってー。ともかくお酒たのむにょ」


「あ、はい。何にします?」


 傘の神様は日本酒。角刈りは同じものを、痩せぎすの方は焼酎の水割りを頼んだ。


「かしこまりました」


 振り返り天さんにオーダーを伝える。


「篤。手伝ってーな」

「了解です」


 三人の元を離れ、カウンターに戻りお酒の準備をする。


「あれ? ロックグラスどこやっけ?」


「この前も言ったでしょ。二段目の奥にありますよ」


「おお、サンキュー」


「……篤もなんだかんだ慣れてきたのぉ」


 グラスに氷を入れているところをカウンター席のタマさんが覗き込んできた。

 慣れたと言うよりか、天さんがテキトーで、すぐ店からいなくなっちゃったりするので、仕方なくお客さんに怒られたくないからやっていただけなのだが。


「それが慣れたというのじゃ。いちいち、理屈くさい男よ」


 つまらなさそうにタマさんが吐き捨てた。


「わはは。篤のおかげで助かっとるで」


 天さんは相変わらず他人事みたいに笑ってる。もっとちゃんと感謝の気持ちをこめて欲しいよ。

 そんな天さんを尻目に出来上がったお酒をお盆に乗せ神様連中の元に向かう。


「ほんと、動きが板についてきたのぉ。ここに永久就職かの」

 

 カウンター席で頬杖をついて眺めている猫耳少女がからかうような視線で俺を見ているが無視する。


「……お待たせしました」


 ソファの前に置かれたガラス製のテーブルにコースターを置きお酒を置く。

 三人の会話は弾んでいた。


「ちょっと藪坂っち。座って座って」


 傘の神様は俺を無理矢理ソファの前の木椅子に座らせ、パチンっと指を鳴らした。


「と、いうわけで、平均的日本人である藪坂っちの話を聞いて、今後の神様生活をより良きものにしていこうってわけ」


「そうだな。それはいい案だ」


 酒のグラスを持ち上げながら、角刈りが頷いた。

 話の流れは分からないが、俺の話を聞こうという展開らしい。平凡な俺が神様に話すことなんてなさそうだけど。

 

「さ、参考になんかならないと僕は思うけどな」


 痩せぎすがグッと唇を噛み、絞り出すような声で言った。そんな勝手に話題に出されて、勝手に否定されても困ってしまう。俺はどうしたらいいんだ。

 すると角刈りが押し黙る痩せぎすの神の肩を叩いた。


「なあ、ザコウよ。この青年の話を聞けば、お前が生き延びるヒントが見つかるかもしれぬぞ?」


 労るように温もりのこもった声で含みのある言葉を投げかける。もしかしたら、この痩せぎすの男は深刻な悩みでも抱えているのかもしれない。正直、暗い話なら遠慮したい気もするのだが。

 

 痩せぎすの神は角刈りのゴツゴツしたその手を払い退けた。


「いいんだ、僕はどうせ消える運命なんだよぉ」


 吐き捨ててこの世の終わりみたいな、悲壮感漂う表情で大きく息を吐いた。なんか厄介そうなお客さんだ。

 そういえば、この二人は何の神様なんだろうか。


「あ、そういや紹介がまだだっけね。ごめんにょー」


 戸惑っている俺を見て、傘の神様がぽんっと手を打った。


「紹介するにょ。この四角くていかついのが和式便所神。で、そっちの痩せこけてるジメジメ暗いのが座高計神だにょ」


「よろしくな」

「どうも」


 えっと早速、聴きたいことが山積みになったな。

 和式便所の神様は……まあ、置いておいて、座高計ってのはなんだ?


「小学生の時とか、健康診断で図ったにょ? 椅子に座った状態で背を図るやつ。あの器具が座高計。で、カレはその座高計の神様」


 八百万の神とはいったが、そんなニッチなものにも神様がいたのか。で、なんで落ち込んでいるんだ?


「それがねー、ちょっくら前に、座高が健康診断の項目から削除されたにょ。それで、今後は座高を図る機会が無くなることが確定しちゃったからさ、ざこっちもゆくゆくは消える運命になっちゃったってことなの。で、ヤケを起こしてるってわけにょ」


「え? 座高って測らなくなったんですか? どうして?」


 知らなかった。実は俺は座高計に苦い思い出ある。小学校のころ、俺は身長は平均だったのが、座高だけは高かったのだ。それを俺はことあるごとに自慢していたが、よくよく考えれば、座高が高いということは足が短いということで、高いからって全然嬉しいことじゃないわけだ。むしろ恥ずかしい。

 だから、俺にとって座高計は優越感と羞恥心を同時に感じた苦い思い出の品なのだ。で、それがなぜ廃止になったのだろう。



「理由がめっちゃウケるにょ。ね、ざこっち 。自分で説明してあげなよー」


 傘神様は明るい口調で座高計の神様をつつく。

 つつかれた側の神様は悲しそうに肩を縮こませた。


「うう、座高の測定が廃止された理由は……『意味がないとわかった』から、なんだよぉ」


 座高計の神様はそれだけ言って視線を落とした。なんとも寂しい空気になる。


「そもそもはさー、上半身発達の指標として座高が測定され始めて、それで世に生まれたのがざこっちなんだにょー。けど、時代の流れとか科学の進歩とかで、座高を測定したところで、何もわからないし、別に特に意味がないってことがわかったのさー。で、二〇一六年から正式に廃止になったんだにょー。ざこっちなりに一生懸命頑張ってきたのに残念だにょー」


 座高計の神様の肩を叩いて傘神様が慰める。


「科学の進歩とは時に残酷なものよ」


 腕を組んで険しい顔をしている角刈りは和式便所の神様だって言っていたな。

 ってか、座高刑の神様のインパクトが強くて、いったん置いておいたけど、和式便所限定の神様ってのもすごいな。トイレで一括りじゃないのか。トイレの神様ってんなら、有名な歌もあるくらいだからメジャーそうなのに。


「ぬはは。万物に神がおるからの。厠神かわやかみと呼ばれる大元の神もおるぞ。ワシの親父じゃ。その下に和式洋式、多目的、色々な便所の子がおるのじゃ」


 なるほど、八百万の名は伊達じゃないな。神だらけの国、ニッポン。


「うう、君だって、洋式便所が普及し始めた時は、かなり神通力が弱まったくせに」


 座高計の神様が恨めしそうに和式便所の神様を見上げる。


「そうだったな。しかし、ワシは意外と重宝されるのだ。ほれ、外出中は他人と同じ便座を使いたくないという潔癖性の人間が一定数いるだろ? 彼らにとってワシは無くてはならぬ尊い存在なのじゃ。奴らがいる限り、ワシは安泰だ」


「そんな変な人間、すぐにいなくなるさ」


 座高計の神様が、ふんっと鼻息を吐いた。俺はなんだか申し訳ないような気持ちになりながらもそっと手を挙げた。


「……あの。俺、どっちかっていうとそっちのタイプです。……潔癖症」


「おお、そうか! どうりで感じの良い青年だと思った! 良い! お前さんのような若者は出世する。頑張ってくれたまえ。ワシも応援するぞ」


 興奮のあまり、立ち上がった和式便所の神様に握手を求められた。

 突然の大声に驚きながらも、ゴツゴツした和式便所の神様の手を握る。


「ふん、そんなこと言っても明日は我が身だぞ。和式便所なんて昭和の遺物みたいなもの。令和の世には似合わないさ。きっと僕みたいにお払い箱になって消え去る運命が待ってるんだ」


 恨めしそうに座高計の神様が唇をかむ。


「それはそうだ。人はいつか死に、神もいつかは消えてなくなる。だからと言って、うじうじしていても仕方ないではないか」


「君は熱心な信者がいるから、そんなことが言えるんだ。僕なんか政府お墨付きの不要な存在なんだぜ。……消え去るだけの運命なんだぞ」


 グラスに入った焼酎を一気に飲み干して、座高計の神様は慟哭の声を絞り出す。


「人間ってのは、本当に身勝手だ。勝手に生み出して持ち上げる時は持ち上げて、不要になったらポイ捨てだ。今までどれだけの神々が人間の手で消されてきたことか。……おい、人間。おかわりだ」


 睨むように空いたグラスを突きつけられた。こりゃ荒れそうだ。俺は返事をしてグラスを受け取りカウンターへ戻る。


「……随分と盛り上がってるやん」


 カウンターの奥に入ると天さんが小声で言った。


「荒れそうです。あれでも神様なんですか? ただの面倒な酔っ払いですよ」


「ははは。せやな。でも、神様っちゅうのも大変なんやで。人間やオレら妖とも違う生き方やからなぁ。生きる道が一つしかないのに、不要と烙印を押されたら、そら悲しいやろなぁ」


 確かに俺も会社で似たようなことは経験している。お前は必要ない、と烙印を押される時の、やるさなさや情けなさは、痛いほどわかる。


「辛い時に、それを吐き出せる仲間がいるっちゅうのはええもんや。篤も前に働いとった会社のことで悩んでたんやもんな。うーん。働くってオレらみたいなモンが思うよりも、もっと大変なんやろな」

 

 天さんはお酒を作る手を止めて、腕を組んだ。


「オレからしてみたら、未来も過去も手の届かないモンなんやから、今だけ見て生きればええやんって思うんやけどな。未来が無くたって今はあるんやから、今を楽しまな損やん。でも、そういう風に考えられるんは、オレがその日暮らしの妖やからなんやろな」


 考えてもしゃーないか、と天さんは笑って鳥の巣頭を掻いた。

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