招き猫のロリババアにつきまとわれて天狗のバーで働くことになった俺は雪女の恋の相談に乗ったりラブエネルギーを集める天使に殺されかけたりしながら片想いの女の子にアタックするのかしないのか!?
第19話 現れたお客様はミニスカ浴衣ギャルでパリぴで凄く苦手そうだなーって見てたら神様だって言うじゃんマジかよあんなのが神なの?勘弁してよ
第19話 現れたお客様はミニスカ浴衣ギャルでパリぴで凄く苦手そうだなーって見てたら神様だって言うじゃんマジかよあんなのが神なの?勘弁してよ
現れたお客さんは初めてみる顔だった。
水色の生地に水玉小紋の着物を着ているが、なんだか夜の店のギャルが着るようなミニ丈で、健康的な太ももが露わになっており、目のやり場に困る。装いから見て日本古来の妖の類かな?
「おお、こりゃ神様やないの。来てくれたんか。久しぶりやなー」
旧知の仲なのだろう。天さんの顔が明るくなった。……って、いま、聞きまちがいじゃなければ、神様って呼んだ?
「オッスー。って、わーっ! 招福猫もいるじゃん! 珍しい! 雨でも降るんじゃないかにょー?」
着物ギャルは奥のソファ席でくつろぐタマさんの存在に気付くと声を張り上げた。
第一印象でこんなこと言っちゃなんだけど、ちょっと俺は苦手なタイプかもしれない。完全無欠のパリピっぽい雰囲気だ。
「ふん、やかましいのが来たと思えば、お主か。相変わらず元気じゃな」
タマさんは少し面倒臭そうに顔をしかめたが、浴衣のお嬢さんは、それには気づかないのか気にしていないのか、大きく口を開けて笑い、胸を張ってVサインを作った。
「あったぼうじゃん。元気しかないよーっ! それが、あちきのいいところっ」
「まったく、お主のようにずーっと元気な物の神も珍しいの」
「えっへへー。そうかにょ?」
「今日はどうしたん? 神様がこっちに来ることなんか神無月の前後くらいやん」
神無月って確か旧暦の十月のことで、日本の神様が八雲神社に集まる月だったよな。で、逆に出雲は神様が集まるから神在月って呼ぶんだよな。ってことは、彼女は神様? こんなギャルが? まじで?
「まー。あちきくらいになると、関係ないにょ。天ちゃんの店に、人間の子が入ったって風の噂で聞いたから見に来たのさー」
そう言ってギャル神様は俺のことを見た。キラッキラの笑顔だ。思いもよらぬ言葉に驚く。神様が俺のことを見に来たなんて。なんで?
「こ、こんばんわ。藪坂篤です。よ、よろしくお願いします。……神様」
ともかく粗相の無いように頭を下げる。二礼二拍手一礼とかしたほうがいいのかな?
「あはは、そんなにかしこまらないで良いにょー。ウケるー」
なにが面白いのか神様はお腹を抱えて笑いだした。
「あの、神様って……初めてお目にかかるので……。もっとこう白髪の杖とか持ってる、おじいちゃんを想像していて」
それが威厳もへったくれもない変な語尾のピンク髪イケイケギャルだとは思いもしない。
「あっはっは、藪坂ちゃん、面白いねー。気に入っちゃった。よろしく。あちき、
低位とは? 物の神とは?
聴き慣れない言葉に首を傾げていると、タマさんが注釈をくれた。
「この国には天照大神をはじめ八百万の神がおるじゃろ。日本各地に流れる川や山の神も居れば、物に宿る神も居る。で、こやつはその中でも物質に宿る神なのじゃ」
タマさんに紹介されて、ギャル神様は両手を腰に当てて胸を張った。
「そうでーすっ。あちきは傘の神様なのでーす。気軽に傘ちゃんとかって呼んでよ」
ピースサインと共に、きらりんっとウインクを投げてきた。
傘って雨の日にさす雨具のことだろうか。
「そっだよー。いんぐりっしゅで言えば、あんぶれら。あちきのおかげで雨の日も濡れずに外出できるってわけー。すごいにょ?」
えっへんと胸を張るギャル神……もとい傘の神様。
「ともかく座ってや。ぴょんぴょん跳ねられて店のもん壊されたらたまらんわ」
「あはは。それもそうだにょー」
ぺろっと舌を出して傘神様はカウンター席にすわった。俺はおしぼりを取り出して彼女に渡す。
「あんがとー。むふふ。こうやって間近で人間を見るのは久しぶりにょー。ねえ、ちょっとほっぺとか触ってみていいかにょ?」
俺の返事を待たずに手を伸ばした傘神様はカウンター越しに俺の頬をぺたぺた触り「わー。すごーい! 人間だ~!」なんて黄色い声をあげた。
「ねえ、藪坂ちゃん。あちき、人間が好きなのさー。でも、人間とはなかなか交流できないから、こうやって君と出会えたことだけで嬉しいんだにょ。仲良くしてね」
頬を触られたまま、素敵な笑顔で言われる。なんだか緊張して直立不動になってしまうよ。
「ははは。お客さん。店員へのお触りは禁止やでー」
天さんが固まる俺を見て笑う。
「こりゃ失礼っ。久しぶりの人間だから、あちき、興奮しちゃいましたにょ。あはは」
大きな口を開けて笑って、傘の神様はカウンター席に座り直した。あーびっくりした。
「まったく。何を顔を赤くしておる。莫迦め」
ソファ席からこちらにやってきてたタマさんが俺と傘神様の間に割り込むようにカウンター席に腰掛けた。
「此奴は誰に対してもこうじゃ。所謂、八方美人ってやつじゃ。真面目に関わると疲れるぞ。テキトーにあしらうのが一番じゃ」
「むむ、招福猫。あんた余計なこと言うなしー。あちきはいつも本音で生きてるし。純粋に藪坂ちゃんと仲良くなりたいだけだもーん。藪坂ちゃんはどう? あちきと仲良くしてくれるかにょ?」
唇を尖らせてタマさんを牽制した傘神様は、くるっと表情を変え、ぶりっ子みたいな笑顔で俺を見つめる。
とても可愛い。けど、それは自分が可愛いってわかってる女のあざとい表情であった。こういう笑顔で先輩に取り入ろうとする女子は大学時代にもいた。俺はそんな女子の表情を側から見て、辟易としたものだ。そんな安い笑顔で堕とされる男はダサいと思っていた。
けど、その、自分以外に向けられている時はウザさしか感じない表情が、悔しいかな、一直線に自分に注がれていると、やっぱりドキドキしてしまう。
「はぁ。見てられん。天狗。酒じゃ。酒。辛口のを寄越せ」
天さんから日本酒の瓶を手繰り寄せたタマさんはビンを抱えて背中を丸めた。少女の姿なのに、おっさんみたいな仕草だ。
「あっ。あちきもそれ飲みたーい。ねえ、笑福猫。あちきにも頂戴にょ」
パッと表情を戻して天さんからグラスを受け取った傘神様。
ふんっと鼻で息をして、タマさんが神様のグラスに酒を注いだ。文句を言いつつ優しいのがタマさんだ。
「ありがとー。わーい。じゃかんぱーいっ」
グラスを傾けた時、ピロロロっと電話の着信音がなった。
「あ、ごめんー。仕事の電話だにょー。ちょっと失礼するにょ」
着物の袖から電話を取り出した神様は立ち上がった。
「ベランダ借りるにょー」
傘神様は部屋の奥のガラス戸を開け、ベランダに出ると通話を始めた。
「……あいかわらず忙しそうな奴じゃの。酒の席くらい仕事の電話は無視すればよかろうに」
タマさんはお酒を舐めながらベランダの向こうを見た。
「ははは、蓋ちゃんは相変わらずやな。しかし、あの子が来ると一気に賑やかになるもんなぁ。才能やな」
天さんは棚から一枚、レコードを取り出してプレーヤーにセットした。明るい電子音楽が流れ始めた。
「すごい元気な感じのヒトですね」
「せやろ。そうでもなきゃ、傘の神様なんてつとまらんのや。ああ見えて苦労も多いんやろなぁ。立派やで」
「……神様って大変なんですか?」
「種類にもよるけどなー。山の神や川の神なんちゅう自然の神は普段はわりかし、のんびりしとってもええんやろけど、
「どうしてですか?」
「物の神は人間に忘れられたら消えてしまうんや」
消えてしまう?
「あの手の神に寿命はない。が、人間に忘れられたら消える。どんな高尚な神であろうと、逃れられない運命なのじゃ」
日本酒をちびちび飲みながらタマさんが言った。
それってつまりは、人に必要とされなくなったら死んでしまうということか?
「考えてみい。傘、なんてはるか昔から使われとるけど、もっと良い雨具が生まれても良さそうなもんやん? 片手は塞がるし、足元は濡れるし。実際、傘よりも高性能な雨具は開発されとるやん? けど、普及せんやん? みんなアホみたいに傘さして出かけるやん? なんでやと思う? 傘ちゃんが頑張っとるからやで。方々の色んな神様や妖連中となんやかんやして、恩や義理を売って、人間たちにいつまでも使ってもらえるようにしてるんや。ああ見えて凄腕営業マンなんやで」
ベランダで笑顔で通話している姿を見ると、友達と無駄話をしている女学生のようにしか見えないけど、なかなかシビアな世界に生きているようだ。すごいな。
「……ごめんごめんー。長話になっちゃったにょー」
ようやく通話を終えた傘神様がカウンター席に戻ってきた。
「お仕事、大変そうですね」
新しいおしぼりを渡す。
「あんがとっ」と受け取った神様は手を拭きながら微笑んだ。
「そうでもないにょ。あちきにとって仕事をするってのが生きることとだもんねー。なら、嫌々やるより楽しんでやらなきゃ損じゃん?」
仕事が生きること。すごいな。そう割り切ってしまえば、俺も会社で彼女のように楽しく働けたのだろうか。
何気ない言葉が思いのほか、胸に重くのしかかった。
「ともかく、改めて乾杯にょ!」
傘神様はグラスを掲げ、クイっとひと口で飲み干した。
「んー。うましっ! 酒は百薬の長っ。うれしいにょー。楽しいにょー。こうやって藪坂ちゃんみたいな男前を前にお酒が楽しめるなんて、あちきは幸せモンだにょー」
俺を見つめて微笑む。お世辞と分かっていても褒められて悪い気はしない。
「お世辞じゃないにょ。ホントだにょ? 藪坂ちゃんケッコーあれだねー。自己肯定感低め男子だにょー」
自分に自信が持てたらもっと楽しく暮らせてるだろうな。
苦笑いしながら、お通しのピーナッツを出す。
その時、再び着信音。神様の携帯電話だ。神様は袖口から電話を出すが、チラリと見て着信音を消して、着物にしまった。
「……出なくて良いんですか?」
「お酒飲み始めちゃったしねー。あとでかけ直すにょー。大した用事じゃなさそうだし。急ぎの用ならまたかかってくるだろうさー」
ケラケラ笑ってグラスを煽る。なんだか彼女の様子が会社のできる先輩の姿と重なって見えた。プライベートな時間にかかってくる得意先からの電話にも嫌な顔ひとつせず対応し、時にあしらい、それでも相手に信頼されていた。オンもオフもない生活も苦にならない人だった。
俺はできなかった。ただでさえ仕事が辛かったのに、休みの日すら上司や得意先から電話がかかってくるのは苦痛でしかなかった。
「ねーねー、藪坂ちゃんはどうして天ちゃんのお店で働くことになったの? 人間が妖ちゃんと関わるなんて、あんまりない事じゃん?」
人外のお客さんからは定番の質問になりつつあるな。
雪女のユキさんにも訊かれたけど、やっぱりこんな所に人間がいるのは珍しいのだろう。
俺は簡単にこの店で働き始めた経緯を話した。
「そっかー。会社辞めたタイミングで招福猫と出会っちゃったのねー。運がいいのか悪いのか。でもさーこの店に来る連中って、クセが強いじゃん? こっちで働くのだって、なかなか大変じゃない?」
確かに店主から客まで個性的なヒトしかいない店だ。けど、それでもこの前まで働いていた会社に比べれば、クセは強くても案外つらくはない。
「へー。そういうもんなのかにょ。藪坂ちゃん人当たりもいいし人間社会でも全然やってけそうだけどさー。その会社が相当イヤーな感じだったんだねー。上司も嫌な奴っぽいし。辞めて正解じゃん」
神様はそういってくれるけれど、一緒に入社した同期の中には頑張って成績を出してる奴もいたし、愚痴をこぼしながらも上司とうまくやっている先輩もいる。
俺は結局、自分ができなかったことを会社のせいしているだけなのかもしれない。
「こらこらー。ほんと自己肯定感低めだにょー。そんなことないにょ! 藪坂ちゃんは頑張ったと思うぞ」
傘の神様が声を張った。
「そやなー。オレも篤は自分に自信を持ってええと思うけどな」
天さんがのんびりした口調で言った。
「この店に入ってくれて、めっちゃ助かっとるもんな。人当たりもええし、お客さんからの評判もええし」
そういってもらえるのは嬉しいけれど。
「結局、自分で自分をダメだって決めつけとるのが一番の問題点なんやろなぁ」
「儂ら妖から見れば、人間なんて皆、同じように愚かじゃ。誰しも大差ないぞ」
「そうそう、考えすぎないで、気楽に生きるのが藪坂ちゃんには大切かもしれないにょー」
神様がうんうんとうなずいて、それから「あ、そうだ!」と手を打った。
「ちょっと、呼びたい奴がいるから、電話するにょー」
神様は懐から携帯電話を取り出すと誰かにかけ始めた。
「……そうそう、今。んー? 暇っしょ。人間がいる店にょ。そう。早く早く。……わかってるしー」
早口で電話を終わらせた神様は、キラッと顔を輝かせた。
「仲間を呼んだにょー。藪坂ちゃんに合わせてみたい奴がいるのさー」
「わお、ええやん。じゃんじゃん仲間さん呼んでくれ。この店、売上を増やさなあかんねん」
天さんが喜びつつ、店の状況を話した。神様は目を丸くして驚いた。
「えー?! そんなんもっと早く言ってくれれば、お客さん連れてもっと来たのに! 天ちゃんそういうところがいつまで経ってもダメなところにょー」
自分を頼ってくれなかったことが心外だったようだ。
「ワハハ。蓋ちゃんを呼べばお客さんがたくさん来るってのはわかっとったんやけど、それはそれで仕事が増えて面倒やんか」
あっけらかんと笑いながら天さんは馬鹿正直に答えた。
客が増えるのが面倒だなんて、本末転倒も甚だしい。
「オレの許容量ってのがあるからな。人気すぎる店って結構しんどいんやで。別に金儲けしたくて店をやってるわけやないしな。オレにとってこの店は楽しく暮らすための
「まあ儂も毎日客が溢れるほど繁盛しておるなら、来ぬしな」
「これだから妖連中はお気楽でいいにょー」
ため息をついて呆れかえる神様。人々に忘れられぬよう存在し続けるために、ずっと働いていなければならない彼女のような神様と、その日暮らしで、ふらふら自分勝手に生きている天さん達「
「ま、お主ら人間のように、脆弱なくせに地上の覇者のような顔をしてふんぞりかえる生き物もあるしな。世の中と言うのは色んな奴がいて成り立っておるのじゃ」
言われてみれば、そうかもしれない。その点については同意だ。
「自分と違うものを排除しようとしないことが幸福への第一歩じゃ。ありのままを受け入れる。これが大切なのじゃ」
出た。タマさんの幸福論。最近はタマさんの言うことが意外と真理をついているかもしれなと思い始めている自分もいる。
だけど、やっぱりタマさんに出会ってから幸福になったかと言われれば、やっぱりよくわからないけれど。
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