第9話 恋の天使は恋愛のためには手段を選ばないサイコ野郎だったから絶対恋愛サポートなんか嫌だってのに運悪く好きな子が家に来ちゃったんだけど。

「バカモーン!」


 朝っぱらから、俺はタマさんに怒鳴られていた。


「お主には儂というパートナーが居るではないか。それなのに、どうして天使なんかと契約を結んだじゃ!?」


 小さな頭に生えるケモノ耳をつんと立て、頬に空気を溜めたタマさんは真っ赤な顔で怒っている。化け猫を怒らせた、となれば恐ろしそうなものなのだが、彼女の姿は猫耳をつけた少女であるわけで、ぜんぜん怖くはない。少女がプリプリと怒っている様はどちらかといえば微笑ましい。


「どーしてなのじゃ! 何が不満なのじゃ!」


 地団駄を踏み、イヤイヤをしながら、タマさんはなんかすごく怒っている。


「不満とかじゃなくてさ。ってか、別にタマさんは俺のパートナーとかじゃないし。天使に応援してもらって誰も損しないし。よくない?」


 カーテンの向こう、太陽が上っているのを横目に、あくび混じりに応える。

 朝、起き抜けに昨日のことを話したら、タマさんは飛び起きて、抗議の姿勢に入ったのだった。


「よくない! 儂にも招き猫の矜持というものがある。儂さえ居れば、お主は幸福になれるのじゃぞ。それなのに、天使にまで頼るなんてそんな二重契約みたいなことをしおって! それで、誰なのじゃ。その恋の天使というのは!」


「ミカさんって天使だけど。タマさんのことを知ってたから、知ってるヒトだと思うよ」


「……ミカ? ミカじゃと? 儂が知ってるミカは一人しかおらぬぞ? まさか、あのラブサイコのミカか?」 


 天使の名前を聞いたタマさんの様子が変わる。

 その時だ。


「そうよっ。このミカよーっ! タマさん! お久しぶりー! 元気だったぁ? ヤッホー篤くん、来ちゃった♡」


 どだーんっと玄関扉を蹴破って(本当に蹴破りやがった)現れたのは、抜群のプロポーションを誇る恋の天使、ミカさんだった。今日はタンクトップにデニムのショートパンツというナイスバディが際立つ格好で、長い金髪をポニーテールにしている。ラフな格好も美しい。

 てか、それどころじゃない。


「うわぁ! びっくりした! 扉! なんで!?」


 ミカさんの美しさより、扉をぶち破られた衝撃のが強い。玄関にはバラバラに砕け散った我が家の玄関扉(木製)が散乱している。


「やっぱりお主か。怒って損したわい」


 ミカさんの姿を見て、急に怒りの炎が鎮火したのか、タマさんはストン、と座りこんだ。


「いや、タマさん落ち着いてないでよ! ミカさん! ちょっと何してくれてんですか!」


「インパクトのある登場しようと思ったの。てへ♡」


 てへ♡、じゃねー。


「だいじょーぶ、すぐ戻すから」


 ミカさんが人差し指をくるくるっと回すと、バラバラになった木片がキラキラ輝いて浮かび上がり、まばゆい光を放ちながら、扉のかたちになり、玄関にぴたりと収まった。


「はい、元通り♪」


 自慢げに俺の顔を覗きこむ。


「篤。ミカはこういうやつじゃ。ちょっと脳味噌がパーじゃ」


「えー、もうタマさんたら、変なこと言わないでよー。私は立派な恋の天使なんだからー」


 満面の笑みで否定するが信憑性に欠ける。


「……なら、最近した恋活を話してみい」


 尋ねられてミカさんは「んーっとねえ」と考え込んだ。


「そうねぇ。最近はちょっと、うまくいってないの。この国の若者って恋愛に臆病みたいで。この前は、相性が良さそうな学生男女を朝の交差点でぶつけてみたの。ほら、この国だとそういう少女漫画の展開とか、あるあるネタじゃない? どこまで歩いてんのよ! お、お前の方こそー! なんて喧嘩になりつつも惹かれあっちゃったり。あるでしょ? それを目指したんだけど、ちょっと強くぶつけ過ぎちゃってね。二人して全身を強く打って即死。ぐっちゃぐちゃになっちゃって大変だったのよー。ま、すぐ蘇生の手続きしたから、なんとかなったけど記憶が少し飛んじゃってね。始末書を書かされて大変だったのよ」


 モデル顔負けの笑顔でさらりと言うが、それ、やばくね?


「あとね、くっつきそうなのになかなかくっつかない社会人男女がいたから、社内のエレベータを故障させて、中に閉じ込めてドキドキ体験を演出して、恋愛に発展させようと思ったの。けど、エンジニアさんでも直せないレベルの故障にしちゃったもんだから、まる二日出れなくて大変だったのよね。ほら、人間って排泄の問題とかあるじゃない? 色々あって、恋の炎は冷めちゃったみたい。ふたりとも周りの目を気にして仕事やめちゃったし。でも、私、めげないわ! 篤くんの恋は私がドラマチックに演出して見せる!」


 自信満々の笑顔で俺の顔を見て、ミカさんは力強く握り拳を振り上げた。


「安心して任せてね!」


 笑顔だけは美しいけど、このヒト。ヤベーじゃん。


「うむ。いつもながら惚れ惚れとする狂気の所業じゃな。ほれ? どうじゃ篤。ミカの実力は?」


 含み笑いでタマさんはこちらを見る。俺はと言えば、すでに全身から冷や汗が吹き出していたが。


「あの……やっぱり、昨日の契約は無しってことにできませんかね?」

 

 恐る恐る尋ねてみる。

 

「え!? なんで!? せっかく久しぶりの専属契約だってのに!」


 悲鳴のような声を上げるミカさんに、俺は食い下がる。


「だって、ろくでもない事ばっかじゃないですか」


「そんなことないわよ。たまたま失敗が続いただけで、成功事例だっていっぱいあるから大丈夫! ねえお願い。これで契約破棄とかになったら、また上司に怒られちゃうっ。お願い! ね?」


 涙目ですがり付いてくるミカさん。こんな風に懇願されると、弱ってしまう。

 俺、頼みごとに弱いんだよなぁ。

 やってることがめちゃくちゃでも、整いすぎたその容姿で迫られると、意思が揺らぐ。甘い匂いとか、たわわな胸とかが押し付けられて俺の決心は鈍った。


「わ、わかりましたよ。でも、マイルドなサポートだけにしてくださいよ!」


「おっけー、おっけー。軽めのやつでラブを演出するわね。色々ライトなパターンも取り揃えてますから♡」


信用できん。例えばどんなのがあるのだ言ってみてほしい。


「例えば、友人数人とキャンプに行ったところ、狂った殺人鬼に追われて古ぼけたコテージとかに迷いこんで、友人達が惨殺されるなか意中の子と二人きりになって、ハラハラドキドキラブラブ大作戦、ってのとか、どう?」


「軽くねえし、やめろ!! 一生引きずるトラウマになるわ!」


「なんで? ドラマチックじゃない。それに、愛に犠牲はつきものでしょ♪」


 こいつ、やべー奴だよ。ドラマチックな恋愛のためには人が死ぬことすら厭わないタイプのサイコだよ!


「こやつ、思いたったらどこまでも走る、別名、ラブサイコのミカと呼ばれとるからのう」


「タマさーん、どうにかしてくださいよぉ」


「自分で契約したんじゃろ。自分の尻は自分で拭くのじゃな。儂は散歩に行ってくる。ミカとは自分で話をつけるがよい」


 タマさんはへそを曲げてしまったようだ。ぴょんっとジャンプして白猫の姿に変化すると、部屋を出ていってしまった。


「あれ? タマさんどうしたのかしら?」


 キョトンとした顔でミカさんが首を傾げている。二人きりにされても困るよ。


「そ、それで、今日はどうして俺の家まで来たんですか?」


「そうそう。それよ。あっくんの恋をサポートするって言ったのに、相手の顔も知らないから、写真かなんか見せてもらおうと思って」


 いつの間にか、あっくん呼びだ。まあそれはいい。それよりも、できるだけミカさんにはサポートしないでもらいたい。なんとかごまかそう。


「いや、実は昨日お話ししたことは、ちょっと違ってまして、っていうのも、実は今、俺、好きな人とかいないんですよ」


「嘘。昨日は好きな子がいるって言ってたじゃない」


「それはあの……、アレそうでしたっけ? そんなこと言ったかなぁ」


「もう、遠慮しなくていいの。あなたからはラブオーラが出てるもの。好きな人がいるのはわかりきってるの。ね? ちゃんとしっかりサポートするから、その子の名前とか住所とか教えてよ。サポートしてあげるから。一緒に食人族の村に迷い込んで、吊り橋効果で高感度アップ、とかそういうライトなサポートにしてあげるから」


 絶対イヤだ。そんなサポートいらない。


「もう、強情ね。そうだ。スマホ見せてよー。その子の写真とかあるんでしょ?」


 しまった、スマホは今、テーブルの上だ。チラリとそちらを見てしまったのがまずかった。ミカさんは俺の視線でスマホの在り処に気がついた。


「こんなところにあったのね。じゃあ少々拝借して……」


「ダメですって、個人情報です!」

 

 スマホに手を伸ばすミカさんを阻止しようと俺も慌てて手を伸ばす。


「何を固いこと言ってんのよぉ、あっくんと私の仲じゃない」


「まだ出会って二十四時間も経ってない薄氷みたいなうっすい関係ですよ!」


「あっくん、ひどい。昨日はあんなに分かり合ったのに!」


「何一つ相互理解はしてないよ! 俺は騙されたんだ!」


 スマホを奪い取り、窓際に逃げる。


「あっくん、怖がらなくても大丈夫。そのスマホを渡しなさい。悪いようにしないから」


「嫌だ! 絶対に渡さないぞ。渡すくらいなら窓から飛び降りてやる」


 窓を開け身を乗り出す。


「もう、駄々をこねないのぉ。お姉さんにお任せしてみなさいよー」


 ミカさんが迫ってくる。絶対に渡すものか。スマホを持った手を窓の外に伸ばす。


「子供じゃないんだから。いい加減に観念しなさーい」 


 ミカさんはそんな俺の胴体に組みつく。側から見たらイチャイチャしているように見えなくもない、っていうか見た目だけなら素晴らしすぎる美女に迫られている形である。状況が状況ならご褒美みたいなものだ。しかし、それどころではない。もし、このスマホを奪われたら、どうなるかわからない。俺と優里ちゃんの命が危ない。

 もういっそ飛び降りてやろうか。


 その時だ。聞き馴染みのある声がした。


「あれ。篤、何してんだ?」


 男の声だ。はっとして視線を外に向ける。そこに窓の外。日の当たる路上から、こちらを見上げていたのは大学時代の友人、田口だった。さらに、その隣には今一番会いたくない女性がいた。


「藪坂先輩?」


 クリクリっとした瞳によく通った鼻筋。白い肌。

 黒く艶のあるポニーテールに、オーバーサイズのパーカー、背中にはいつもの通学リュックを背負った優里ちゃんがいた。


 どうして優里ちゃんがここに? 

 いや、そもそも、なんで二人が一緒に? 

 戸惑うばかりで言葉が出なかった。


「篤、その美人は誰だ!? てめえ彼女がいるなんて聞いてねえぞ!?」


 だが、驚きのあまり気が動転しているのは下から見上げている田口も同じだったようだ。


「藪坂先輩、恋人がいらっしゃったんですね」


 田口はいいとして、優里ちゃんにまで勘違いされるのは困る。


「ち、違うよ、この人は……」


「昼間っから窓なんか開けてイチャイチャしやがって、この野郎! 元気なさそうだって玉川が言ってたから励ましに来てやったのに、いろんな意味で元気そうじゃねえかチキショー」


「いや、ちょっと待てよ田口。人の話を聞けって」


「うるせー。くっそー。この裏切りもの! せっかく授業サボって玉川も来てくれたのに。もう知らん! 行こうぜ玉川」


「え、でも……」


「いいって、こうなりゃ学食に行ってやけ食いだ! 付き合え!」


「えぇ!? まだ朝ですよ? わたし全然お腹減ってないんですけど……」


「うるせえ! 行くぞ」


 ブリブリ怒りながら去っていく田口と、二階の俺とを交互に見て、困ったような顔をした優里ちゃんだったが、チラリとミカさんの方を見ると、少し目を伏せ、


「連絡もなしに、失礼しました! また今度!」


 ペコリと頭を下げて、田口の後を追いかけて行ってしまった。


「待ってって! 勘違いだって!」


 叫ぶが、二人は振り向くことなく行ってしまった。

 残される俺。そして、ミカさん。


「なるほどね。あれがあっくんの想い人、優里ちゃんね。バッチリ覚えたわ」


 うふふ、と愉快そうにミカさんは笑った。笑いごとじゃねー。

 

「……ミカさん。どーしてくれんですか! 田口はいいとして、優里ちゃんにまで勘違いされちゃったじゃないですか!」


「大丈夫よ。むしろ素晴らしい展開だわ」

 

 ミカさんの右手にはどこから取り出したのか、ピンク色の水筒みたいな容器が握られていた。その蓋を開けて宙に向けて右へ左へ振っている。


「なにしてんすか」


「大気中に放出されたラブエネルギーを集めてるのよ。今のはまさにドラマチックな展開だったからね。質の良いラブエネルギーがドバドバ放出されてるわ」


 嬉しそうに筒を空に向かって降っているミカさん。俺にはなにも見えないが。

 っていうか、優里ちゃんに勘違いされたのは、どっちかっていうとマイナス路線に行ってると思うのだが、なんでラブエネルギー(名前の恥ずかしさよ)が放出されてんだろう。


「あれ? 言ってなかったけ? ラブエネルギーはドラマチックな恋愛の状況に作用して放出されるエネルギーなのよ」


 なるほど?


「好きな人に、恋人がいると勘違いされちゃう。こんなドラマチックな展開なら、エネルギーが放出されまくるに決まっているじゃない」


 つまり?


「恋愛の成否は関係ないの。ドラマチックなら、失恋でもラブエネルギーは放出されるの!」


 嬉々として色々言っているが、見逃せない言葉がちらほら出てるぞ。恋の天使は俺の恋愛を応援するんじゃなかったのか?


「ん? ドラマチックな恋愛の演出をサポートするって言ったわ。でも、あなたの恋愛を必ず成功に導くとは言ってなかったと思うけど?」


 なーにー!?



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