招き猫のロリババアにつきまとわれて天狗のバーで働くことになった俺は雪女の恋の相談に乗ったりラブエネルギーを集める天使に殺されかけたりしながら片想いの女の子にアタックするのかしないのか!?
第5話 全身刺青天狗のバーで働くことになったのはいいが初日からひとりぼっちにされた上に最初の客がRPGの中ボスみたいな悪魔なんだけど。
第5話 全身刺青天狗のバーで働くことになったのはいいが初日からひとりぼっちにされた上に最初の客がRPGの中ボスみたいな悪魔なんだけど。
天狗のバーの手伝いをすることになった俺。
……で、初日。
俺はひとりぼっちで半泣きになっていた。
何故こんなことになったのか。思い出してみる。
夕方四時にバーに到着。ソファで寝ている天宮寺さんを起こすところまではよかった。
「あれ。コーヒー豆が切れてるなぁ」
のんびりした調子で、全身刺青の自称天狗である天宮司さんは鳥の巣みたいな頭を掻くと、戸棚の上の瓶を振った。
「ちょっくら豆、買ってくるわぁ。三〇分くらいで帰ってくるから。留守番よろしく~」
軽い調子で言い残して、天さんはふらふらと店を出て行った。
そして、既に三時間が経過していたが、一向に帰ってきていない。回想終わり。
……もじゃもじゃ野郎。どこ行きやがった。
あたりはすっかり暗くなり、開店時間である六時をとうに過ぎている。
人外しか来ないという天狗のバーに一人きりである。一緒に来ていたタマさんも「誰も来なくて暇じゃのう」とか言って、フラッとどこかに行ってしまった。
あのロリババア!
俺はどうすりゃいいんだよ。
途方に暮れながらも、根が真面目な俺は店内の掃除と、戸棚の整理をこなした。
お客が来たらどうしよう。化猫に天狗と来たら、次はなんだろう。河童とか鬼とか来たら、俺、気を失うかもしれねえぞ。
ビクビクしながら、天さんの帰りを待つ。無音に耐えきれず、レコードプレーヤーに適当に選んだレコードを置き針を落とす。
しっとりとしたピアノジャズ。不安な心を少しだけ落ち着かせてくれた。
日が沈んでいく。ベランダからは初夏の優しい風が吹き込んでくる。夏が近い。去年の今頃は何をしていただろう。先輩の後をついて営業回りをしていたな。新人歓迎会で吐くまで飲まされて、吐いても飲まされて夜空に捨て置かれたこともあったな。嫌な思い出ばかりが思い出される。
ベランダから空を眺めていると、入り口の鉄扉がギギギ、と音を立てた。
天さんがようやく帰ってきたのかと期待して振り向くと、そこにはトレンチコートに中折れ帽を被った大男が立っていた。
客か?
「おや。見ない顔だな。天狗はいないのか?」
大男は地鳴りのような低い声で言った。
「い、いらっしゃいませ。天さんは外出中で、すぐ戻るって言ってたんですけど……」
「そうか、まあいい」
大男はトレンチコートを壁かけのハンガーにかけ、中折れ帽を取った。
その姿を見て、ギョッとした。
大男は人間でなかった。
黄金の眼球に漆黒の瞳孔は縦に長い。耳まで裂けるような口を開けば、刃のような鋭利な歯が覗く。
まるで
あと、指先には鉤爪のような尖った爪が生えている。
さらには、コートを脱いだだけで、どういう仕組みなのか、ジャケットの背中から
……これ、天狗とか招き猫とかって妖とかの類じゃなくね?
もっと禍々しいジャンルの、なんていうか……悪魔とかじゃね?
「バーボンを。銘柄はなんでもいい」
カウンターにどしりと座った悪魔(仮)はギョロリと黄金の瞳をうごめかし俺を見た。
「は、はい」声が裏返る。
俺は震える手で酒棚に向かいバーボンを探す。てか、どれがバーボンだか分からん。俺がもっぱら飲むのはビールだ。それ以外はカシスリキュールくらいしかわからん。酒は全然わからん。
やばい。早く見つけないと、手際が悪いと怒られるのではないか。
「……おい。お前」
あたふたしていると、地の底から響くような低音で声をかけられ、背筋が凍る。やばい殺される。
「酒、詳しくないのか?」
「す、すいません。今日が初日なもんで……」
「そうか、悪かったな。右から二番目の七面鳥のラベルのやつだ」
冷や汗をかきながら答えた俺に、男は意外にも優しい言葉を投げかけた。驚き戸惑いながらも言われるままに指差された瓶を取る。
えっと、この後はどうするんだっけ。そうだ、飲み方を聞くんだ。ロックとか、サイダー割りとか、そういうのを聞くんだ。
「ストレート。ジョッキに入れてくれ」
当たり前だと言わんばかりにそう答えた。
そんな飲み方は聞いたことがない。バーボンとかって確かアルコール度四〇くらいのキツめの酒じゃなかったか。ストレートなんかで飲んだら、死ぬんじゃね?
けど、この悪魔(仮)は冗談を言っているようには思えないし。本気か?
恐る恐るジョッキに並々とバーボンを注いで、男の前に差し出す。
「ど、どうぞ。バーボン、ストレートです」
「うむ」とジョッキに手を伸ばして悪魔(仮)は顔をあげた。
「ところで、なぜ人間がこの店におる?」
ギロリ、と睨まれて俺の体は硬直する。なんという凄まじい眼力だ。怖すぎる。
「も、申し遅れました。俺、藪坂篤といいます。あの……、招き猫のタマさんの紹介で、今日からここでお世話になることになりました」
このままじゃ食われる。と震え上がりながら、頭を下げて自己紹介をする。すると、悪魔(仮)は「ほう」と地獄の底から響くみたいな声で言った。
「……なるほど。タマさんの友人か。我輩の名はザルフェル。魔境からやってきた。人間には悪魔などと呼ばれておる。ま、よろしく頼む」
やっぱり、悪魔だった!
悪魔のザルフェルはジョッキから手を離し、その殺傷能力MAXな爪付きの手をこちらに伸ばしてきた。突き刺される!? じゃなくて握手か。びびった。
「よ、よろしくお願いします」
ビクビクしながら、手を伸ばし握手をする。彼の手はゾッとするほど冷たかった。
「あまりビクビクするな。別に取って食おうとなど思っておらん」
ザルフェルが心外そうに首を竦めたので慌てて謝った。
人を見た目で判断しちゃいけない。などとよく言うが、流石に悪魔は反則だろ。
招き猫、天狗、と続いたので、また妖怪の系統が現れると思っていたのに、しょっぱなからRPGの中ボスみたいな奴が現れやがって。我ながら、失神とかしないで偉いな、と思う。
しかし、考えてみれば、こんな悪魔に「さん付け」にされているのだから、自称招き猫のタマさんも結構大物なのかもしれないな。
「では、いただくとしよう」
俺がビビって硬直している横で、ザルフェルはジョッキを掴むと、一気に喉に流し込んだ。
「むう! うまい! 仕事の後の一杯は格別であるな!」
度数の高いバーボンを一気飲み。空になったジョッキをカウンターに叩きつけてザルフェルは吠えた。空気がビリビリと揺れる。迫力がすごい。
「それにしても、あの人間嫌いのタマさんに気に入られるとは珍しい奴だな」
口元を拭ったザルフェルがひとつ息を吐いてから言った。
「人間嫌い? タマさんがですか?」
「うむ。奴は四〇〇年以上、この世界で生きておる。愚かな人間たちの姿を間近で見てきて、愛想が尽きたようだったがな」
タマさんが人間嫌いだなんて知らなかった。と言っても、出会ってからまだ三日しか経ってない。彼女についてまだまだ知らないことはあるだろう。
っていうか、昨日もこの店でしこたま酒を飲んでベロベロになったタマさんを介抱するような形でアパートに帰ったのだ。彼女とまともな会話などしていない。
「ほう、あの人間嫌いと一つ屋根の下で暮らしておるのか。グハハハ。それは愉快であるな」
大きな口を大きく開いてザルフェルは笑った。
「笑い事じゃないですよ」
そうだ、昨夜は大変だったのだ。酔っぱらったタマさんは猫耳少女の姿のまま、人様の家の壁の上によじ登ったり、突然猫じゃらし相手にダンスを踊り始めたり、四つん這いで走り出したり、道端で寝転がったり、さすが猫だけあって、気まぐれで自分勝手で大変だった。
家に帰り、真っ先に風呂場に押し込んでシャワーを浴びさせた。本人は嫌がったが、外で寝転がるような奴をそのままにしておけない。
風呂から上がったタマさんは濡れ髪のままうろつくから仕方なく俺がドライヤーで髪を乾かしてやった。この歳で父親にでもなった気分だ。
だけど、その後がもっと大変だった。
俺が親切にしたもんだから調子に乗ったのか、あれだけダメだと言ったのに、タマさんは俺の布団に潜り込もうとしてきたのだ。もちろん、あの猫耳少女の姿のままでだ。
それはさすがにやめてくれ、と俺は懇願した。だってそうだろ、中身は化猫だとしても、見た目は人間の女の子(猫耳と尻尾はあるけど)なのだ。
そんなのと同じ布団で寝るとか倫理的にやばいだろ。別に俺はあんな小娘姿に欲情などしないけど。いや本当に。それはまじで。
だけど、あっちがその気になったりして、こちらが襲われる可能性だってゼロじゃないではないか。
というわけで、一緒に寝ることは断固、固辞したのだが、タマさんのやつ、涙なんか溜めて、うわ目使いに俺を見つめやがって、
「つれないことを言うな……けち。なら、せめて猫の姿になるから、一緒の布団に入れてはくれぬか?」
と、すがってきたのだ。
そんな瞳で見つめられたら、断りきれないではないか。猫の姿であるなら、過ちなど絶対に起きないし、仕方なく俺はタマさんと同じ布団で寝ることを了承した。
しかし、大問題があった。
俺は何を隠そう、猫アレルギーなのだ。
なぜ、そんな大切なことを忘れちゃったのだろう。
タマさんがくるりんとジャンプして白猫の姿になり、布団に潜り込んで、電気を消して、スースー寝息を立て始めた頃、俺の肺は異常をきたした。息ができなくなったのだ。
空気が肺に入っていかないのだ。死んでしまうかと思った。
苦しさのあまり目が覚めた俺は、ジタバタもがきながら布団を這い出て、窓を全開にした。タマさんは泥酔してるから、起きてくることもなく、あられもない姿で寝ていた。
夜風を思いっきり吸い込み、なんとか呼吸を整えた。
俺はひとり、だれも知らないところで急死に一生を得たのであった。
「……というわけで、俺は全然寝れなかったんです」
「ガハハ。愉快であるな。人間嫌いと猫アレルギーか。最高のコンビではないか」
相槌を打ちながら聞いていたザルフェルは大きく口を開けた笑った。
あれ、俺、なんで初対面の悪魔にこんな話をしてるんだろ。
このザルフェルって悪魔。見た目は怖いのに、話しやすいっていうか、相槌や合いの手がうまいんだ。聞き上手ってやつだ。
「しかし、タマさんって本当に招き猫なんですか。俺、タマさんに会ってからろくなことないですけど」
「うむ。まあそれは間違いないようだぞ。我輩もこの世界のことはよくは分からんが、他の者もそう呼んでおるしな。とはいえ、お前も口ではろくでもないと言っておるが、タマさんのおかげで命拾いしたこととか、あるのだろう?」
「……どうしてそれを?」
「我輩は人間の恐怖や絶望といった負のエネルギーが見える。悪魔だからな。お前から見えるのは絶望に満ちた負のオーラだ。この一年ほどで、心に大きな傷を抱えてしまってはおらぬか?」
じっと俺の顔を見つめて悪魔は言う。心の奥まで見透かされそうな瞳だった。
「わかるんですか?」
会社が合わず、心をやられていたことをザルフェルは見通したのだろうか。
「ああ。しかし、新しい色のオーラが薄く生まれ始めている」
「別のオーラってことですか?」
「うむ。つまり、最近良いことがあったということだな。きっと、お前は負のオーラに操られ、死の間際にいたのだろう。死んでしまいそうなところをあの招き猫のおかげで救われたのではないか?」
確かに、線路に落ちかけた時、あの時タマさんと出会ってなければ今頃どうなっていたか分からない。
「そうだろ。それで、お前はタマさんに頭が上がらずに、意識せずとも言いなりになっておるのでは、と思ったのだ」
うっ。ぜんぶ見抜かれているのかもしれない。
「それは悪いことではないがな。お前がタマさんの話をするときにわずかだが心の奥のオーラが揺れる。奴といると知らずのうちにでも、心が晴れておるのだろう。だから、タマさんと一緒にいたほうが何かと良いと思うぞ」
「……悪魔なのに、親切なんですね」
「ガハハ。そうである。我輩は優しい悪魔であるぞ」
「その優しい悪魔さんが、どうしてこの世界に? さっき魔境から来たっておっしゃってましたけど?」
「うむ。まあでは、我輩の話もすこししようか」
ザルフェルは腕を組み口を開いた。
「我輩は魔境と呼ばれる別世界の住人である。普段は世を忍ぶ仮の姿に化けて人間のフリをしておるが、周りの目を気にせずに酒を飲みたいときは、この店のような人外の者が経営している場所に来て、元の姿で羽を伸ばすというわけだ」
そうか。タマさんはこの店に来る客を「人外」と言っていた。化猫や天狗なら
つまり、この店は妖とか妖怪なんて枠組みじゃない、異世界からの客すら来るってことか。
ってか、こんな悪魔が人間のふりをして紛れ込んでいるって怖すぎないか? どのくらいの悪魔がこの世界にいるのだろうか。
「怯えることはない。特別な資格を持った者しか異世界間を往来できぬ。そなたが異世界の存在を知らないように、我が魔境の一般の民も、この世界の存在など知る由もないのだ」
「ってことは、ザルフェルさんみたいな化物が人間に紛れて大量にいるわけではないのですね? ザルフェルさんは特別なんですね? 特別な能力を持っているからこちらの世界に来れたんですね?」
「……化物とか言うなよ。傷付くであろう。ごほん、能力というより資格だ。異世界に渡航するための免許というものを所持している。我輩も会社の出張でこの世界に来ているだけだ。こちら世界のサラリーマンと呼ばれる人間たちとそう変わらんのだ。どうだ、そう聞くと親近感が湧くだろう?」
湧かない。と思ったが、曖昧に笑って頷いた。機嫌を損ねるようなことを言ったら食われそうだし。
でも、何しに異世界にやってくるのだろう、まさか世界征服を企んでいるなんてこと、ないよな?
「ガハハ。そんなことはない。我輩が今取り組んでおる仕事は……」
ザルフェルがそこまで言って、急に黙った。
「……む、この気配は……。すまぬ、この話はまた後だ」
ザルフェルは慌てた様子で立ち上がった。何事かとその巨体を見上げると、突如その巨体が白い煙に包まれた。
白く冷たい煙がカウンター越しに吹き込み、反射的に目を閉じた。
冷気が去り、閉じた目を恐る恐る開けると、ザルフェルはその巨体を小さな蝙蝠に変えていた。
俺が戸惑っていると、蝙蝠はパタパタと翼をはためかせ、ベランダから夜空へ飛び立ってしまった。
「えっと、今のはなんだろ。……食い逃げ? ってことはないよな?」
煙が消えて、ひとりになった店の中で、ぽかんとしていると、店の入り口の鉄製の扉がガチャリ、と音を立てた。
「……こんばんは」
扉が開け放たれる。
声の方をみると、そこにはひとりの老婆が立っていた。
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