第4話 全身刺青の天狗が店を手伝えとか言い出して断りきれずに働くことになってしまったんだけど俺の人生はどうなるのかおい答えろロリババア。

「ええじゃろ。リハビリみたいなモンや。人間社会なんて嫌だと昨夜申しておったろ。ここなら、お主の嫌いな人間とは関わらないで済むぞ。何せ、客は儂らのようなばかりじゃからな」



「そうや、そうや。ちょうどええ。篤みたいな健康な人間の若者が手伝ってくれたら、なんとかなるかもしれん」


 カウンターの向こうから笑顔の天さんに手招きをされる。



「待って、待って、話が急すぎるって」


 こんな刺青だらけの天狗(?)と一緒に働くなんて嫌だぞ。


「ええやんか。頼むで」


「いや、オレ飲食店で働いたのって、高校の時にファミレスでちょっとバイトしただけだし……」


「最高やないか。ほな頼むで」


「いやいやいや、ちょっと待ってくださいって」


 押し問答が続くが、天さんは一切引かない。


「な? 篤。頼むわ。オレ、人と話すのとかは大好きなんやけど、細々としたことが苦手で、そもそも金の計算なんかも全然わからんのや。篤が手伝ってくれたら、ホンマ助かるねん。お願いや。手伝ってくれ」


 手を合わせて、「この通り!」と頭を下げる天さん。そこまでされたら断りづらい。

 それに、こんなに頼りにされるのは久しぶりだった。仕事ではいつも無能扱いされてきたし。


「ほかに仕事が決まるまでの繋ぎでええし、頼むわ」



「……わかりましたよ。どうせ俺も仕事辞めて無職ですし、やりたいこともないし、ちょっとなら手伝いますよ」


「ほんまか! おおきに!」


 子供みたいに目を輝かせてよろこぶ天さん。



 「ちょっとだけですよ?」


 って聞いてなさそうなんだけど。


「よーし、なら今日はオレが奢るわ。新たな仲間に乾杯しようや」


「天狗。お主、自分が飲みたいだけじゃろ」


「ははは、堅いこと言わんでよ。タマさんが好きな酒も出すから」


 上機嫌の天さんは棚から一升瓶とお猪口を出して、カウンターに置いた。


「やっぱりタマさんは幸福を呼ぶ招き猫や!」


 上機嫌な天さんと乾杯して猪口を口に運んだ。


「そうじゃろ? 儂は福を呼ぶのじゃ」


 天さんに褒められてタマさんも嬉しそうだ。けど、肝心の俺には全然幸福なんか訪れてないぞ。


「何を言っておる。儂と一緒に出かけただけで、意中の小娘には出会うわ、新しい仕事が見つかるわ、いいことづくめじゃろ」


 心外そうにタマさんが俺を見る。


 これって幸福なのか? 

 どちらかというと貧乏くじを引かされているだけなんじゃねえか?


「いいか。幸福はいつでもそばにある。全てのことメッセージ。幸福への乗車券じゃ。それに気づくことができるかどうかが大切なのじゃ」


 また、それっぽいことを言って煙に巻こうとしてるな。


「ホンマやで。オレは篤のおかげでハッピーや。人間の篤が手伝ってくれるなら、じゃんじゃん儲かるかもしれへんしなぁ。毎晩満席で大繁盛かもなぁ」


 どういう皮算用しているのか、天さんはニコニコ顔で俺を持ち上げてくる。素人の俺に何を期待しているのだろうか。妖怪って能天気すぎやしないか?


「でも、この店、客席が四つしかないんですね。満席って言っても四人しか入れないじゃないですか」


 長方形の部屋はちょうど真ん中に置かれた棚で区切られており、半分は店、半分は天宮寺さんの寝室みたいになっている。


「お、いい所に気づいたなぁ篤。元々はもう少し客席は広かったんや。でも、一人で店をやることになって、客が多すぎるのもかったるいし、仕事終わりに家に帰るのも億劫になってしまう時があるやん。せやから模様替えして、面倒な時はここで寝れるようにしたんや」 



「……そのせいで、客がせっかく来ても入れずに帰るってことも多いんじゃがな」


 ちびちびと酒を舐めながらタマさんが言った。

 じゃあ売り上げなんか伸びないよ、と思ったが、天さんは人懐っこい顔でニコニコしているので口には出さなかった。優しそうな雰囲気だけど、全身刺青なのがやっぱり底知れぬ恐ろしさがあるし。


「それで、店を手伝うのはいいんですけど、俺は何をしたらいいんですか? カクテルを作ったりとか、できませんよ?」


「ははは。オレも作れん。うちはそんな洒落れた店とちゃうから。人外の連中が人目を気にせずダラダラ酒が飲めればいいっちゅう店やから。今なんて冷蔵庫も壊れてるからビールも冷やせへんし」


 冷蔵庫が壊れてるって、そんな飲食店があるかよ。


「横の冷凍庫はギリ生きとるから、なんとかなるで」


 なんのためらいもなく笑ってるけど、本当になんとかなるのか?


「篤は心配性やな。世の中にはどうにもならないこともいっぱいあるやろ。それを悩んでたら幸せも逃げてくで」


 冷蔵庫の故障はどうにもならないことじゃないだろ。


「まあ、篤にしてもらいたいのは裏方の方やから。そこら辺は任せといて」


呆れるほど適当だ。


「オレな、銭勘定とか仕入れとか、そういう細々したもんが大の苦手やねん。あと、片付けとかも苦手やな。掃除も苦手やろ。時間通り店開けるのもキツいし、あとは、家賃の支払いなんかもすぐ忘れてしまうし。ま、そういう細々したことを忘れずにやってくれたら、ものすごく助かるわ」


 ……ほぼ全部じゃねえか。超絶基本的なことが苦手なのね。


「あはは。そうやろ?」


「ま、大体、儂らのようなモンは、人間が得意なことは総じて苦手じゃがな」


 お猪口を口に運びながらタマさんが笑った。


「タマさんなんかも数字は三つ以上は数えらへんもんな」


「バカモン。それぐらい数えられるわい。三の次は『たくさん』じゃろ?」


 ……なるほど、めちゃくちゃレベルの低い話だ。ちょっとだけやっていけそうな気がした。


「わかりました。じゃあ、基本的には裏方の雑用をすればいいわけですね」


「せやな。この店に来る客は、みんな人間とちゃうからな。接客はオレに任せておいてくれて構わへん。癖が強い奴ばっかやからな」


 それなら安心だ。胸を張る天さんに表仕事は任せればいいのだ。


「よし、これで篤の仕事も決まって、天狗の店も閉じることなくやっていけるというわけじゃ。めでたしめでたしじゃな」


「よしよし、ほなジャンジャン飲もうか」


 それから、三人で酒を飲んだ。

 意外と楽しかった。


 酒が進むと俺はこの一年、どれだけ仕事で辛い思いをしたかを天さんに語った。


 天さんは俺の愚痴を文句ひとつ言わずに聞いてくれて、俺のために怒ったり涙ぐんだりしてくれた。


「篤はなんも悪くない。ただ仕事が合わなかったんや。まだまだ若いし、気分を変えてこれからの人生を楽しく生きていこうや。今日が篤の新しい人生のスタートなんや!」


 肩を叩いて励ましてくれた。嬉しかった。見た目はヤクザものみたいな全身刺青だけど、心は会社の人間よりも温かいと感じた。

 酒が回っていたからだと思うけど、なんだかこのヒトと一緒に働くのも悪くないと思った。



 だけど、次の日。


 大事件が起こるのであった。

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