第2話・時計塔
テルミナとテトラは塔下街の露店通りを歩いていた。とはいえテルミナは相変わらず空中に浮かんだまま引っ張られているような形だったが。
テトラが慣れた手つきで食べ物を買うのを口のないテルミナはぼんやりと眺めていた。
「……テルミナ」
唐突にテトラに呼ばれてテルミナが顔を上げる。焼き鳥のような串をくわえたテトラはそのまま話を続けた。
「もしも俺が幽霊だって言ったらビビるか?」
一瞬の空白。どう返せばよいのか。「串をくわえたまま話すのは行儀が悪いのではないか」というのが一番に頭に浮かんだが、それが今の状況での正しい受け応えでないことは流石のテルミナにもわかった。とりあえずテルミナはまた首を傾げた。言葉に困ったら首を傾げれば良い。テルミナは先程の経験から学習したのだ。
首を傾げるテルミナに向かってテトラが呆れたような目線を投げかける。
「またそれかよ。まぁそういうリアクションってことはあんまりビビらなさそうだな」
テトラが肩をすくめる。指に挟んだ、焼き鳥がなくなった串をクルクルと回す。
そんなテトラの様子も気にせずテルミナは先程のテトラの質問の意味を考えあぐねていた。彼は本当に幽霊なのか、それとも何かの比喩のつもりだったのか?しかしテルミナの知識量では考えても無駄だった。そのようなことはまだ学習できていない。
「テトラが幽霊って、どういうこと?」
最終的にテルミナは直球に訊くという選択肢を選んだ。オブラートに包んで言うなんて気遣いはテルミナの辞書には存在していなかった。
「あー……俺、実は昨日の夜に死んでるんだ」
テトラは串をその辺に放り捨てて言った。素行に合わず真面目な顔をしている。
「それで、今日の夜も死ぬ」
ほぼ確定でな、とテトラは付け足した。
テルミナは捨てられた串を何とかして拾おうと自分の手と格闘しながらその言葉を聞いた。
「つまり、この『今日』がずっと繰り返されてるってこと?」
その後テトラが話したことは大体ざっくりこんな感じの内容だった。
今日がずっと繰り返されてる。俺は今日の夜死んで、また明日の朝に今日の朝と同じように目が覚める。そして今日と同じように一日を過ごしてまた夜に死ぬんだ。
実際にはもっと細かく語っていたが、テルミナの頭では頑張ってもこのくらいまでしか理解できなかった。
「大体そんなところだな」
見かねたテトラが串を拾う。テルミナはそれを見て満足そうにした。
「多分、時の神がサボってるんだろうな……」
テトラは時計塔を見上げた。テルミナも釣られて見上げる。高い高い、ただ高いだけの塔。
「時の神?」
テルミナの問いにテトラが先ほどと似たような凄い顔をする。
「お前、それ本気で言ってる?時の神って言ったら時計塔で時間を管理してる偉い奴だろ」
常識だぞ?っと言いかけてからテトラは思い出した。人間じゃない奴に自分の常識を当て嵌めようとしても無駄に決まってる。それにこいつ、多分バカだ。
「えーと、つまり俺はその時の神が仕事をサボってるから時間が暴走して今日が繰り返されてるんじゃないのかって考えてるわけ」
テトラのかなりわかりやすい説明にテルミナが頷く。果たして理解できてるのか否か。
「だから俺、時計塔に行ってみようって思ったんだ。時の神にいちゃもん付けにさ」
テルミナは時計塔をもう一度見上げた。やはりどこか惹かれる。
旅は道連れ、という言葉を知っていたわけではないだろうが、テルミナは自分もそこに行きたいと思っていたことを伝えた。
テトラは塔の大扉を押し開けた。開いたぞ、と普段通りに言うが内心テトラはかなり驚いていた。
今までの今日のうちに塔に乗り込もうと考えなかったわけじゃない。この扉がどうしても開かなかったんだ。なのに今回の今日はすぐに開いた。
テトラは小さなテルミナを見下ろした。
……やっぱり、こいつのせいだよな。
前の今日までは会ったことがなかった謎の生物。つまり、繰り返されている「今日」における唯一、そして大きなイレギュラー。
それにテルミナという、その名前。
先を歩いていたテルミナが壁にあるボタンを押す。近くの壁が音もなく開く。まるでエレベーターのようだ。
「これに乗れば一番上まで行けるよ」
「なんで知ってるんだよ」
テトラの素早いツッコミにテルミナが固まる。やがて「なんでだろう」と呟いた。なんとなく馴染みがあるだけだ。なんでこんなことを知っているのか、テルミナ自身も困惑していた。
「まぁいいや、行けるなら乗ろうぜ」
テトラが迷いなくそのエレベーターもどきの中に乗る。テルミナも慌てて後に続いた。
「そういえばさ」
ごうんごうん、と低い音を立てて僅かにエレベーターが揺れている。歯車仕掛けなのだろうか、それとも何か別のエネルギーを使っているのだろうか。
テルミナの唐突な声にテトラがびくりと肩を震わせる。ただ単純に驚いただけのようだ。
「テトラの知ってるテルミナってどんなの?」
その問いかけにテトラが緩く首を傾げる。うーん、と声を漏らすその姿はまるで遠い昔のことを思い出しているようだった。
「そうだな、優しい奴だった」
やがて思い出したのか、テトラは目線をテルミナに戻した。
「俺とは幼なじみでさ、ちっさい頃からよく一緒に遊んだんだ。あいつは凄く優しくて、いつも周りのことを一番に考える律儀な奴だった」
いい奴だったよ、とテトラが呟く。ちょっと不器用なところもあったけど、そんなところも含めていいやつだと思った。
「でも、『今日』が繰り返され始めたくらいの時にいなくなったんだ」
テトラが心なしか悲しげな顔をした。だから今日も、前の今日も、そのもっと前も、しばらく会ってないんだよな。
「ほんとは俺テルミナを探しに行きたいんだけどさ、今日がずっと繰り返されてるせいで探しに行けないんだよ」
どれだけ探してても途中で死んじゃって、気づくと必ず家で目が覚めてまた今日が始まるんだ、と言う。テルミナはその場に座りながらそれを大人しく静かに聞いていた。
「ちょうどお前みたいな緑の帽子とスカーフしててさ、銀色の髪してたんだ。背丈は俺よりもちょっと低くてさ……」
テトラの話は開いた扉の音に遮られた。扉の先にいた人物を見たテルミナがそれを指差す。あれが時の神、とやらだろうか。
「緑の帽子とスカーフに銀髪……それってあんな感じ?」
扉の向こう、塔の最上階の部屋。玉座のような椅子には、ちょうど緑の帽子とスカーフに銀髪の人物が深く腰掛けていた。
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