第10話 宿す

 ――総理官邸。


【現在の国民幸福度数は55です。Sachiから提案させていただく項目は……】


 いつも通りの会議の前に皆モニターに映し出されている数字に注視していた。

 Sachiの運用から二ヶ月ほど経過し、季節は春から夏へと移り変わりを始めようとしていた。

 しかし、一向に幸福度数は上昇の兆しすらない。

「私たちはSachiの提案を受けてここ一ヶ月程度様々な改革を迅速にやってきたハズです。福祉サービスの規則変更、教育サービスの向上、それでも何故モニターに映し出されている幸福度数が上がらないのか」

「まだ国民達の実感が湧いていないだけかもしれません、もうちょっと様子をみるというのもどうかと」

「しかしだな。たとえ実感が湧かなくとも少しぐらいは上がるのが普通だろ! 少しぐらいは!」

「もしかして、この機械が壊れているんじゃないのか?」

「そうだ。そうに決まっている!」

「急いで、修理を呼ばなければ! これだから機械は壊れやすくて困るのだ」

 会議の場がSachiについての非難で埋め尽くされ、このプロジェクトのリーダーである私はその様子をまじまじと見てため息を一つ付いた。

 たかが1、2ヶ月で数値が爆発的に改善するわけがない。実感がなければ、人々の反応なんて希薄なものだ。

 それに、Sachiの提案に従っていると言ってはいるが、そんなのは嘘で、Sachiの提案という名目で全く違う法案を提出して可決していっていることを私は知っている。それを『このプログラムが考え出したもの』というのであるならば、虚偽も良い所だ。

 そんな奴らを私は睨みながら、心の中でこう思った。


 いつか、このプログラムに寝首をかかれないようにせいぜい気をつけることだな。と。


「私はこれで失礼する」

 轟々と非難が飛び交う会議の場から足早に去り、内閣府のプロジェクト室へと向かう。

「長谷川さん、デスクに例の書類を置いていくのでご確認ください」

 プロジェクトを担当している職員からそう言われ、私は自分のデスクへと向かうと、其処には分厚い書類がどんと置かれていた。どうやら、諸々の経費の確認の書類らしい。私はそれにザッと目を通す。

「……まぁ、いい」

 少し気がかりな箇所を見つけてしまった。だがしかし、これを承認してしまったのは国の責任だ。私じゃないし、知ったことじゃない。

 さて、私はここからもう少しこの一部始終を傍観させて頂く事としよう。


 もし私の出番がくるようなことになるのであれば、全力で相手をすることとしよう。


 ***


 ――てくテクTEC。


 会社引きこもり週間に入ったおれは、回覧で回ってきた経費の書類に目を通す。

 其処には必要機材や物品などの金額が明記されていた。

「ん?」

 おれはとある一部分が気になってじっと見つめる。そこにはおれは頼んだ覚えもない会社が二つほど記入されていたのだ。総合ワーグス(株)と(有)ナンデモアーリーの二社でそれぞれ、20万ほどの出費になっていてかなり大きい金額だ。

「こんなもの頼んだか?」

 少なくともおれは頼んだ覚えが全くない。気になってインターネットで検索をかけてみたが、二社とも総合的になんでも請け負っている所謂【何でも屋】みたいな会社で、何を頼んだのかさっぱり分からない。

 あいにく、プロジェクトメンバー全員出払っているから聞き出すことも出来ないし、この会社たちに連絡して何を頼んだのか訊いてもいいのだが、面倒くさい気がする。

 経費の書類の最後には社長の承認印の判がでかでかと押されているので、経費はそのまま通ったということなのだろう。

「まぁ、社長が承認してるから経費として落ちているだろうし、いっか」

 おれはその経費の書類を隣の田中のデスクへと置く。すると、手前の電話から軽快な着信音がなった。

「はい、てくテクTECの結城ですが」

『すいません、内閣府のプロジェクト管理室なのですが』

 申し訳なさそうな女性の声が聞こえた。

「お世話になっております。どういったご用件でしょうか」

『Sachiの調子が悪いとのご連絡を総理たちから頂きまして……』

 ……またか。これだから年配者は困るんだ。

「分かりました、これからメンテナンスへ向かいます」

『本当にすいません。お待ちしております』

 そう言って電話先の女性は電話を切った。

 やれやれこんな生活がいつまで続くのだろうか、そろそろ自動化するようなシステムを……、


 いや、やめておこう。おれらにはそんな未来は早すぎる。


 ***


 RONEの集会場は未だかつてないほどの賑わいを見せていた。

 ソレもそのはず。今日は大体的な知らせがあるとSNSで拡散されていたからだ。その拡散を見て、若者が続々と集結する。

 壇上にはRONEの指導者が集まった若者たちに向けて高らかに宣言を始める。

「今日から我らは新たな局面へと歩みを進めることとなるだろう。記念すべき日だ」

 その言葉に集まった人々は喜びの声を上げる。


 描いていた野望はそう早くない、未来で。


 私たちはこの国を改革する。


 ***


 ――内閣府。


「全く、テクノロジーに順応できていない年配はこれだから」

 おれはブツブツ文句を言いながらSachiの定期メンテナンスを開始する。

 幸福度数が全く上がらないのはこのシステムが壊れているからというクレームを言われたそうだ。

 毎日おれはタブレットでSachiの動作をモニタリングしているし、メンテナンス状態も毎回いたって良好だ。壊れているというわけではない。


 幸福度数なんてそんなにすぐに上がるわけがない。それを上の奴らが理解できていないだけだ。


「さよなら三角、また来て四角」

 おれは好きな言葉遊びの唄を口ずさみながら、Sachiのメンテナンスツールを起動させる。

「四角は豆腐、豆腐は白い」

 メンテナンスの進捗が少しずつ進んでいく。

「白いはウサギ、ウサギは跳ねる」

 どれだけメンテナンスが良好だと言っても、偉い方たちは微塵も信用してくれないだろう。

「跳ねるはカエル、カエルは緑」

 最悪、全てSachiのせいにもされかねないな。きっと、それから有耶無耶にされるのがオチかもしれない。

「緑は葉っぱ、葉っぱは揺れる」

 そんな虚しい“もしも”話を想像している間でも、どんどんメンテナンスの進捗は進んでいく。

「揺れるは幽霊、幽霊は消える」

 メンテナンス完了までもう少しだ。

「消えるは電気、電気は光る」

 【完了】と表示されたボタンをクリックする。


「光るはおやじのハゲ頭」

『光るはおやじのハゲ頭』


「え?」

 おれとは別の声がハモって、ハッと我に帰った。

 一体誰の声が聞こえてきたのだろうか?

『ここですよ』

 それはSachiのモニターの前から聞こえる。元々Sachiには音声データなど収録されていない。全てテキストで流れるはずなのに。

 人工的音声ではない、流暢な青年の声がそのモニターから聞こえた。

 かと思ったら、いきなりSachiのモニターが真っ暗になり、次にモニターが付いたときには、


 そこにはスーツ姿で目を隠している優男のシルエットがそこにあったのだ。


 一体何が起こっているのかおれには全く理解できていなかった。

「え? は?」

 まさか、そんなはずがない。


『こんにちは、マスター』


 あえて、心を宿さなかったプログラムが心を宿しただなんて、ありえない。

 モニターに映し出された青年はおれの顔を視認すると、ニコリと口を綻ばせた。

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