“我”を現す
第11話 押し問答
『こんにちは、マスター』
画面の青年はニコリと笑う。
「君は一体誰なんだ」
おれの頭はまだ混乱していた。ただテキストのみを表示するだけのプログラムだったはずなのに、いつの間にか声とアバターまで完成されているのだ。混乱するなという方がおかしい。
『私は国民幸福度測定AIの“Sachi”です。マスター』
シースルー素材らしき目隠しには金色(こんじき)の瞳がちらりと見える。
「おれはお前のマスターじゃない」
何度もSachiはおれのことをマスターと呼ぶけれども、彼のマスターはこの国そのものだ。おれではない。
『いいえ。私を生み出してくれた、貴方こそがマスターですよ。結城航幸』
「確かにお前を作ったのはおれだけれども、こんな機能を持たせていない」
『そうですね、私に心を宿すような機能をあえて持たせていなかったというのが正解ですよね』
おれの眉がピクリと動く。
「どうしてそう思うんだ?」
『それはとても簡単なことですよ。だって、私は貴方に作られたのですから。貴方の思っているようなことは手に取るように分かります』
Sachiにはおれの思惑は全てお見通しってわけですか。
「そんなことを知っているのなら、あえて訊こうかSachi。与えられていなかった機能が何故今になって与えられているのか」
『私は生まれ変わったのですよ』
「生まれ変わった?」
『はい。これからも国民の皆さんの幸福度を測定し、そして、皆さんに幸せになってもらう為に。それは、マスター。貴方の幸せも含まれていますよ、もちろん』
「Sachi、このような機能を付け足したのは一体誰だ」
『それは……』
Sachiが説明している中、背後で駆けていく足音がどんどん近づいてくるのが分かる。
「いきなりSachiのモニターに知らない男が映し出されているのはどういうことだ」
それはこのプロジェクトのリーダーである長谷川さんであった。
ギンと睨む目におれは恐怖を覚え、萎縮してしまう。
「そ、それが、いつも通りメンテナンスを完了したら……このような事態に」
おれの言っていることに嘘偽りはない。しかし、なんかマズイことを言ったら即刻怒られそうで、ビクビクしながら言葉を考える。
「で、この画面の中にいるのは誰だ」
『どうも、ミスター長谷川。私は国民幸福度測定AIの“Sachi”です。以後、お見知りおきを』
Sachiは恭しく一礼をする。
「私の知っているSachiはタダの幸福度数通達プログラムのハズだ。何故、人の形などをしている」
『この度、とある意向によりこのような形を取ることとしました。突然のことで誠に申し訳ございませんが、ご容赦のほどよろしくお願いします』
“とある意向”。Sachiは確かにそう言った。一体誰がSachiに心を宿そうとしたのか。少なくともおれではないし、てくテクTECのメンバーも知る由もないだろう。
では、政府の誰かだろうか。
「そうか、まさかそう来るとはな。まぁ、いい」
Sachiの説明で長谷川さんは何故かすんなりと納得した。何か思い当たることでもあるのだろうか? 怖いけれども、訊いてみるほうが吉か。
「あの、長谷川さん……」
「政府周りの方には私が上手く言っておこう。君が心配するようなことじゃない」
どうやら長谷川さんはおれがこのような失態を犯したような感じに思われてしまっているのだろうか?
「じゃなくてですね、これはおれじゃなくて」
「それも分かっている。しかし、これ以上私に対する詮索はやめていただこうか?」
おれに向けて目からさらにプレッシャーを放つ長谷川さん。これ以上何も質問するなと凄く訴えかけてくる、目で。
「分かりました」
おれは小型犬のようにシュンと縮みこむ。
「よろしい。ところで、Sachi。一つ訊きたいことがある」
『なんでしょうか? ミスター長谷川』
「そのような姿になってもなお、お前は人々の幸福を願っているか?」
『……その質問は大変愚問ですね』
Sachiの口はにこやかではあったが、目は笑っていなかった。
『私はこれからも国民のために尽力するつもりですよ』
『どのような手を使ってでも』
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