第8話 反する

 Sachi運用開始の記者会見は国内に留まらず、世界中に知れ渡ることとなった。ネットの反応では『エイプリルフールかと思ったらマジだった』や『ってか、数字低すぎ。これからこの数字が大きくなることを期待するわー』など結構な盛り上がりとなり、SNSなどのトレンドワードにもSachiが国内1位の状態が暫く続いていた。

「本当に大きいことになったなぁ……」

 今日から自宅引きこもり期間に突入したおれは布団でごろごろしながらネットニュースを眺めていた。

 コメントは多種多様ではあるけれど、皆、Sachiに対しては良い反応を示しているようで安心した。

 このまま、おれの仕事が少なくなって安定して引きこもれるようなことになればいいのだけれども、


 スマホがネットニュースの画面から着信画面に切り替わる。

 着信の主はもちろん社長からだ。

「もしもし?」

「あー、結城君ちょっとリモート勤務前に悪いんだけど、これから内閣府に赴いてくれない? 先方がSachiの調子が悪いっていうんだよ」

「はぁー……。わかりました、一時間以内に向かうと伝えてください」


 どうやらまだ暫く楽出来そうにないらしい。おれは急いでそれなりの服に着替えてクライアント先へと向かうこととなった。


 ***


「政府のやつらは我々を大いに騙している!」

 男は声高らかにそう言い放つと、周りから賛同の声が割れんばかりに響き渡った。

 政府に反旗を翻す組織が存在した。国と国民を革命する為の非国家組織、その名もRONE(ローネ)。若者に根強い人気があるためか、かなりの過激派で警察からも目を付けられている組織だ。

「なにが、幸福度測定AIだ。あれを使って政府は我々国民を監視している。この国はいよいよ監視国家となってしまったのだ」


『愚かな政府に鉄槌を! 役に立たない社会に制裁を!』


 会場に集まっている人々の声がだんだん大きくなっていく。

「我々でその脅威を“改変”しようではないか。これについての準備を現在着実に進めている。ちゃんと工作員も送り込んでいる。あとは手筈どおりに事を進めることが出来れば全てが“変わる”のだ!」

 男はニヤリと笑うと、周囲からは歓声が鳴り響いた。


「さぁ、我々がこの国を革命する時が来たぞ!」


「愚かな政府に鉄槌を、役に立たない社会に制裁を」

 指導者の言葉に、“選ばれたモノ”は今から始まるミッションに期待を抱きながら、国家へ呪詛の言葉を吐いた。



 ***


 ――内閣府内。Sachiプロジェクト管理室。


「悪いな。わざわざ来てもらって」

 オールバックで白髪混じりの男が威圧感のある目でおれを射抜く。

 まるで、暗殺家業をしているヒットマン漫画に出てくるような風貌の人だった。

「い、いえ、そういう、契約デスカラ、ご心配なく」

 おれはそんな圧に怯えながらSachiのメンテナンスを行っていく。一つでも間違ったことをすると、もれなく死ぬかもしれない。そんな恐怖感があった。

「……? 君は一体何に怯えているんだ?」

 男はそんなおれの様子に首を傾げていた。

 貴方のその威圧感のある視線ですよ!!!! おれも生まれてこの方“目つきが悪い”と言われてきたけれども、そんなおれですら恐れおののく目つきの悪さの男だった。

 そんな男の横にいる黒服が男にこっそりと耳打ちをすると、男は軽快に笑った。

「なるほど、私の目つきが怖いのか。すまなかった、こういう顔つきなもので直すことは不可能だ。おっと、自己紹介が遅れた。私がこのプロジェクトの管理を任されている、長谷川だ。よろしく」

「ど、どうも」

 長谷川さんに握手を求められ、おれはすっと手を出した。

「君がこのプログラムのメインを担当したらしいね。結城航幸君だっけ?」

「そうですけど」

「実にこのAIは素晴らしい。Sachiが政府に提案するものも的確で私たちも驚くばかりだよ。君達の企業に頼んで良かったと思っている」

「そりゃ……どうも」

 おれは純粋にSachiのプログラムが賞賛されて照れ笑いを浮かべた。

「君とは長い付き合いになりそうだから、よろしく頼むよ」

 長谷川さんの目はまるで笑っていなかった。

「わ、わかりました。よろしくおねがいします」

 逆らえば殺されるマフィアの下っ端の気持ちが分からないでもない訪問メンテナンス。正直、生きている心地はまるでしなかった。

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