“質”が変わる

第7話 運用開始

 国に“Sachi”を納品して一ヶ月後、4月1日。新年度と共に重要な記者会見が行われることとなった。会見の時刻は午前10時。それに合わせてテレビ局も緊急特番を組んでいたので、てくテクTEC一同でその会見の様子をテレビで見守っていた。

 テレビでは特別室の中に多数の報道陣が詰め掛けている様子が映し出されていた。

『午前10時から葛木流かつらぎながれ総理大臣による記者会見が行われます。総理から今年度から新しく導入される新システムについての説明が行われるそうです。まもなく総理がコチラの会場に……総理がコチラへ参りました!』

 アナウンサーが説明している途中で総理が部屋の中へと入っていく。その途端夥しいほどのシャッター音がテレビから聞こえてくる。

『大変お待たせいたしました。これから総理大臣による今年度から導入される、新システムについて、またそのシステムの運用方法についてご説明いたします』

 司会者の説明と同時に総理大臣が壇上へと上がる。その手にはタブレット端末が握られていた。総理はそのタブレットを記者に見えるように掲げる。

『えー、今年度よりこの国では国民の幸福度合いを独自の計算方法で求め、それを数値化するプログラムを運用開始することとなりました。それがコチラです』

 総理はタブレットをタップさせると、アクアマリン色の背景に【55】という数字がデカデカと表示されていた。


 この数字が今現在のおれたちの幸福度そのものだ。


『えー、ここに表示されている数字が現在我が国家全体の幸福度数というです』

 報道陣が一気にざわめき始める。恐らくは、自分たちが考えていた幸福度より少なかったのだろう。

『皆さんもこの数字に驚かれたことでしょう。この国の幸福度は半分の推移を辛うじて保っている状態なのです』

 総理は悔しさを噛み締めるような顔を見せる。

『この幸福度数が低いことを受け、国民幸福度測定AI“Sachi”を運用活用し、我々は国民の皆様が幸せに暮らしていけるより良い国家を作るプロジェクトを今日から発足いたしました』

 その聞き覚えのある単語におれはマッハで一緒にテレビを見ていた社長を見た。

 社長はおれの気配を察知したのか、同じタイミングで目線を逸らす。

 ……後で問いただそう。と心に誓い、再び視線をテレビへと戻す。

『なお、この運用プロジェクトのリーダーとして長谷川大吾はせがわだいご君を起用し、Sachiと共によりよい国家運営に向けて尽力する所存でございます。私からの話は以上になります。これから質疑応答へ……』

 質疑応答は慰労とした途端、テレビはスタジオへと切り替わった。

 そこにはアナウンサーが2人と、コメンテーターの偉い先生方が1人、計3人が一列に並んで座っていた。

『今年度から始まった新しいシステム、先生はどのような見解を示されますか?』

『国民の幸福度測定するプログラムですか、なかなか斬新なものを導入したと思いますね。この国は豊かといっても、世界的規模からみるとまだまだ完全に幸福とは言えないのが実情ですからね。ただ、運用してまだ最初な段階では様々な問題や障害も発生してしまうのでは? とは思っています』

『と、言いますと?』

 年配のアナウンサーが先生に聞き返す。

『まずは、この幸福度数が内閣支持率の代替品となりかねないという点です。幸福度数が上昇していけば政府が国民の為に貢献していると捉えられて、民間が行っている内閣支持率も上がりかねないというものです。其処はきちんと線引きを行って欲しいと思っています。また、この幸福度数の算出方法は国家機密で明かされてないのですが、国民の皆さんが監視されているのでは? と不安になる火種にもなりかねないと思うので、詳細までは言わなくてもいいですが、政府にはどのようなものを参考にしているのかを是非明白にしていただきたいなと』

『なるほど。先生、ありがとうございます。では、再び会見の中継をご覧下さい』

 若手のアナウンサーのフリで再び画面は記者会見へと切り替わった。まだ総理は質疑応答の真っ最中であった。


「社長? ちょっとお話が」

 おれは無表情で社長へと近づいた。

「な、なんだい、結城君? 顔が怖いよ?」

「何故、あのAIの名前がSachiのままなんですか? おれ、パッケージした時に名前ちゃんと変えましたよね?」

 さすがにあの名前のままは恥ずかしいと感じたおれはちゃんと最終調整の際にプログラム名をSachiからHFP(Happy Frequency Program)と名前をちゃんと変えたし、プロジェクトメンバーには最初からHFPというプログラム名で突き通していた。

 つまり、Sachiだということはおれとプログラム名を偶然見てしまった社長しか知らないハズなのだ。

 なのに、政府はあのプラグラムのことをSachiと呼んだ。

「社長、仮のプログラム名の話喋りましたね?」

 つまりはクライアントに社長が口を滑らしたしか考えられない。

「結城君、その件に関してはすまなかったと思っている。本当だよ。嘘じゃない!」

 社長はおれに土下座をする。

「クライアントについ、『最初はSachiってプログラムだったんですよー』って言ってしまったら、先方の方も響きが良いって褒められちゃってね……、嬉しくなって使っていいですよって……」

「社長?」

 今すぐこの社長の記憶を丸々フッ飛ばさないといけないか?

「真にすいませんでした!」

 社長があまりにも必死に謝るものだから、おれの怒りの沸点はすとーんと落ちた。

「まぁ、今から変えろって言われても遅いんで別にいいですよ。今度は気をつけてくださいね」

「有難き幸せ! あ、ついでに話一つ良いかい?」

 土下座したまま、社長がおれに話を振る。

「このプロジェクトが成功したからなのか、結構仕事が舞い込むようになってねー、忙しいから幸福度計測プロジェクトは一旦解散にして、結城君・田中君・姫野君以外は別のプロジェクトに移ってもらうけど大丈夫かな?」

「大丈夫ですけど、おれたちはどうするんですか?」

「Sachiの運用メンテナンス部門ということで時折政府の方へ出向をお願いしたいなって。当番制で二人は直接出向をお願いしてるけど、結城君には遠隔での運用と呼び出しをされたら政府のほうへ向かってもらうということで、よろしくお願いできないかなーって」

 つまりは、引きこもりのおれに外へ出かけろってことか……、面倒くさい。

「引きこもっていたいんですけど、ダメですかね?」

「二人の負担が大きくなってしまうからダメだねー。そこは諦めてください★」

 社長が年甲斐もなくウインクするもんだから、はぁとおれはため息を吐いた。


 Sachiの運用がいよいよ始まった。


 ――おれの壮絶な戦いが静かに幕を上げることとなった。

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