第5話 想いと願いを込める

「全員揃ったわけだしそろそろ始めようか」

 社長の開始の合図で会議が始まった。

「さて最初に最も注意しておくことを言っておこうか」

 コホンと社長は咳払いをする。

「今回のプロジェクトは通常請け負っている業務とはまるで異なる性質がある、まずはクライアントが国そのものというものだ。セキュリティ面でもかなりの秘匿義務を課せられることだろう。公募等の都合で広報されている内容以外はたとえ家族では話したりしないようにして欲しい。今の時代どこで何が広まるか分からないからね。社外への情報漏えいを防ぐためにも出来る限りのことはこのプロジェクトメンバー内のみの話にして欲しい。一応進捗等も専用のチャットページを解説する予定だから、その中で情報交換を行ってくれ」

「社長。もしポロッと話しちゃったらどうなるんすか?」

 田中が挙手をして訊ねる。社長はその質問にしばし考え、こう答えた。

「そうだなぁ。大体は厳重処分になると思うけれども、田中くんの場合はてっくんの餌になって貰おうかなぁ?」

「ヒィッ」

 不敵な笑みで社長が答えると、田中は顔面を真っ青にしておれの後ろへと隠れた。コイツ本当に犬がダメなんだな。ちなみに、てっくんは温厚な犬なので人間を襲うようなことは全くしない。ただ、図体がすごく大きいだけだ。

「餌にするってのは冗談として、皆そこらへんの管理は大事にしてもらいたいと思う。それと、もう一点は、開発期間を入札のときに概算最大八ヶ月と記入して提出したので、出来る限りソレを遵守してもらいたい。結構大変な作業になってしまうけど、秘匿義務に触れない箇所については、他の社員たちや僕もサポートしていきたいと思う」

 最大八ヶ月か……。まぁ、このメンバーならなんとかなりそうな感じはする。

「次に、その八ヶ月間でどのように作業を進めていくのかをプロジェクトリーダーである、結城君から発表してくれ」

「あっ、はい」

 社長からそう促され、おれは前へと出る。

 いきなりの会議だったのでスライドなど作る暇が無かったから、予め構成を練っていたノートを見ながらでの口頭説明だ。

「クライアントから提示されたものは、国民の幸福度の計測、そしてそれの増進に対する提案を人工知能で対処できないかというものです。根幹となる人工知能はおれがメインになって作成をしていきます。幸福度の測定についてですが、SNS等の個々人の情報を使うとなると膨大な数を処理しなければなりませんし、国民監視という疑惑を持たれかねません。なので、報道・政府の通知・ネットのニュース・為替・株価など、誰の目でも触れられるようなデータを活用し、それらを喜怒哀楽の感情に分別していきます。そして、その日の数値を深夜に総合集計し、翌日に結果として表示しようかと」

 つまり、SNS等の個人の情報を除く日々のネットデータから、それぞれの事項を“人間に置き換えるとどんな表情で表すのか”を点数で採点していく。例えば、『○○祭が多くの賑わいで大変盛り上がった』なら、人間に置き換えると嬉しいことなので【喜】で5点。『××で事件が発生して、○人殺された』なら【怒】で-5点。加減式で採点していき、最終的な幸福度数を算出していく。

「幸福度数を算出した後、どのようなものが国民に求められているのかを提案については、データを参考に最も関心度の高いものを5つ程リストアップして提言していくというプログラムを採用しようと思います」

 ニュース等の関心度の高さを分析し、それを上位5位までリストアップ。それに関連するような提言を表示していくプログラムを作成。つまり、【大多数の人が関心を持つモノを取り入れていけば、国家が潤滑にまわるであろう提言が出来ると思う】というおれの仮説だ。

「感情の振り分けはどのように対処していったらいい?」

 姫野がおれに訊ねる。

「そうだなぁ……。“言葉”を感情に振り分けるのが一番確実な作業になるとは思う。そういう辞書も売ってるのを通販で見たことあるし。あとは、ネットニュースなんかはコメントも投稿できるだろ? それも数値の参考としていいかも」

 具体的な方法は全く思いついてなかったので、この場で考えた急ごしらえの答えだけれども、姫野へと答える。

「了解。ありがとう」

「幸福度の数値化のプログラムを作るのが三人、提言するためのソートプログラムを作るのが二人という役割で回そうと思っている」

 メンバーもそれでいいんじゃないかなと賛同の声を得た。

「それじゃあ、早速作業へと取り掛かってくれ。何か困ったことがあれば、出来るものであれば僕もお手伝いするよ。がんばってー」

 社長はひらひらと手を振ると、会議室から退室していった。


 ***


「それにしてもこんなプロジェクトに参加できるなんて夢のようですよー」

 おれの横の席に座る田中がウキウキ気分で話しかけてくる。

「まぁ、こんな弱小ソフト会社に持ちかけてきた話にしてはデカいからなぁ。宝くじにあたったようなものだと思えばいいんじゃないかなぁ」

 俺はパソコンを立ち上げながら答えた。

「そういえば、結城先輩一人が人工知能メイン担当するんすか?」

「このメンバーの中で専門なのがおれしか居ないから」

 ソフト会社と一括りで言っても、入っている社員にはもろもろ得意分野というものがあって、多種多様だ。おれたちの会社では、入社時に得意分野の記入が必須で、プロジェクトもクライアントが必要としている技術を満遍なく配分できるように社長自らメンバーを組んでいるくらいだ。

 おれは大学のゼミで挑んでいた人工知能プログラミングが得意分野で、他のメンバーは、姫野が数値化の計算プログラム、真白と田中がデータの集積収集置換、佐上・飯田はデータベースのソートプログラムが得意分野となっている。組み分けも、その得意分野に倣って行った。

「人工知能が得意分野だなんて、尊敬っす! 憧れるっす」

「結構骨が折れる作業だけどな」

 簡単に終わるような量のコードではないので、文学の超大作を作っているような気分になってしまう。

「どうせなら、心とか宿ってくれると、SFみたいで面白いと思うっすけど」

「あー、それはないな」

「え?」

 おれの答えがどうやら予想外らしく、田中は驚きの表情をする。

「どうしてっすか?」

 田中がそう聞き返そうとした時、


 17時を告げるチャイムが鳴り響いた。


「はい、仕事おわりー!」

 社内からそういう声があちらこちらから聞こえてきて、皆いそいそと帰宅準備を始める。

 てくテクTECは17時定時退勤で、申請をしない限り基本的に残業は認められていない。だから、みんなそそくさと帰り支度を始めるのだ。

 そんな姿を横目に俺はまだ帰宅準備を一切しない。

「先輩帰らないと」

「結城、また暫く泊り込むのか?」

 田中の心配を他所に、佐上がおれに訊いてくる。

「折角のリモート勤務が終わっちゃったし、一週間はそのつもり。お泊りグッズはある程度持ってきたし、食料も部屋に備蓄してるのがまだ残ってるから」

「気をつけろよ」

「はいよー」

「田中帰るぞ、結城はこういう奴だから」

 何か言いたげな田中の背中を押しつつ、佐上が帰っていった。

 おれは誰も居なくなったデスクルームで黙々と作業を続行する。


 おれは学生時代からずっと引きこもりだ。

 基本的に動きたくない性分なので、一週間程度は同じ場所に留まるという自分でも変わった性格だなって思っている。

 なので、リモート勤務では家に、会社勤務では暫く会社に引きこもるという生活を行っている。

 しかしここはホワイト企業なので、残業や泊り込むということが出来ない。そこで、入社するとき社長に土下座して、おれ専用のお泊りスペースを作ってもらったのだ。

 そこには、自分で持ってきた布団や食料が部屋には完備されていて、暫く暮らすことが可能になっている。

 大学時代、ゼミの中では『陽キャの如月、陰キャの結城』と言われ、ジメジメと生きてきたけれども、まだその生き方から脱出出来ていない。


 そんな事を考えながらパソコン画面と睨めっこしつつ、想いを馳せる。


 幸福度測定ねぇ。せめて、コイツは色んなところから“幸せ”を与えられていって欲しいな。


  そう願いを込めて、

「さよなら三角~、また来て四角~っと」

 おれは軽快にキーボードを叩いて、このプログラム名を仮ではあるけれど、


 “Sachi”と命名した。

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