第3話 かみ合ったハグルマ

 庁舎内。


 公募を始めてから半月で相当数の企画案が庁舎へと送られてきた。

 このプロジェクトが始まってから発足された官庁のメンバーたちで寄せられた内容を吟味、査定していく。

 国家の根幹となりえるようなプロジェクトに対する期待も大きければ、それに参加しようとする企業からの熱気も凄かった。

 小さい中小企業から今や世界をまたに駆ける大企業まで多種多様だ。

 企画案も製作期間や着手金額など結構な差異が出来ている。

 通常公共事業は入札金額の安いものを選ぶのが通例だったりするのだけれども、今回のようなプロジェクトは安すぎてもクオリティ品質を下げてしまう恐れもあるため、よくよく吟味していかないといけない難しさがあった。

「大企業は示し合わせたかのように同じような内容だなぁ……」

 有名企業たちが送られてきた企画書は、まるでコピーペーストしたかのように似通った内容のものが多かった。

 一方、中小企業は金額や製作期間などのブレ幅が大きい。なかなかこれは選定に骨が折れそうだった。

 メンバーの中には面倒くさがって、

「もう、有名企業のどれかに決めてしまうのが一番早いと思うのですが?」

 机の上に連なっている山積みの資料を読むことさえ諦める職員までいる始末だ。

 いや、総理に啖呵を切った手前、妥協するわけにはいかない。

 その時、

「ふっ……ふふっ……」

 一人の女性職員がとある企画書を持ってプルプルと笑っていた。

 緊迫した部屋に響き渡る笑い声はかなり目立つ。

「……どうしたんだい? そんなに面白いことでも書いているのかい?」

「あっ、すいません大臣。この企画書を作った社名が面白くて。つい、笑っちゃって」

 女性職員から企画書を受け取る。その企画書には、

「てくテク……てっく?」

 そう社名が書かれていた。

「なんか、軽快に歩いてそうな社名だなぁーって思っちゃったら面白くて」

「てくテクって聞いた事あるぞ。たしかクソダサ社名GPかなんかで殿堂入りしたっていうソフト会社だ。ネットニュースで見たことある」

 別の職員が社名についてそう話し始めた。

「でも、超ホワイトな会社らしくて社長が経済雑誌に出ていたのを見たことある」

 プロジェクト内はその【てくテクTEC】の話題で盛り上がり始めた。

 改めて私は企画書をじっと見つめた。社名が変わっているのが一番印象に残ってしまいがちだが、想定製作期間が半年と各企業が提示してきた期間の中でもっとも短いのがその次に目に入る。それに、ソフト納品後のメンテナンス等のアフターサービスも自社で行うとも明記されてあった。

 なるほど、この会社が良いかもしれない。

「よし、プロジェクトはこのてくテクTECに任せようと思う」

 私は承認の判をその企画書にドンと押してやった。

「えっ!?」

 突然の決定に、プロジェクトメンバーである職員たちの顔が唖然としていたのは言うまでも無かった。


 さて、この企画書を明日の定例会議で皆に提案して承認しよう。


 ***


 おれたちの会社が企画書を送りつけて三週間後。


 とある時代劇の悪党たちを成敗するシーンでお馴染みの軽快なBGMがスマートフォンから流れ始める。

 会社の社長専用の着信音だ。

 おれは目を瞑ったまま、手探りでブロック栄養食の空き箱の中に隠れているであろうスマホを掘り当て始める。

 微かに震えてるスマホ君をなんとか探り当て、電話に出る。

「もしもし? おはようございます」

「おはよー、結城君。とはいってももうお昼だけどねー」

 社長からそう言われて薄目を開けて時計を確認する。時計は午後1時を指していた。

「社長。おれは今リモートウイークに入っているって言ったじゃないですかー」

「うん。ちゃんと申請貰ったからね。存じているよ」

 会社で申請さえすれば、任意の期間リモートワークが可能だ。おれはソレを使って、今の期間リモートワークとして家に引きこもっているわけである。

「だから、何か用事があるならメールで寄越してくださいよ。わざわざ電話してこなくてもいいですから」

「メールだといつ読んでくれるかわからないから、直接連絡しようと思ったまでだよ。ソレほど重大なことなんだ」

「重大なこと?」

 おれは眠い目を擦りながら起きあがって、社長に訊き返す。

「この間言っていた公募の話があっただろう?」

「あー、国家プロジェクトのヤツですか?」

 再び、おれは眠さでうつらうつらと船をこぎ始める。

「それがねー、なんと。入札成功しちゃったんだよー★」

「……は?」

 社長の突然の爆弾発言に眠気が一気に吹き飛んで、開いた口が塞がらない。

「え? それ、マジで言ってます?」

「もちろん。先ほど担当庁から連絡が来てね、ぜひともウチに任せたいということだ。社名の響きも気に入ったとも言ってくれたよ。いやぁー、うれしいなぁー」

 社名を良い意味でイジってくれたということも、社長のご機嫌ポイントらしい。

「もう、社名をダサいだなんて言わせないぞ★ ってなわけで、リモートワーク中悪いけど明日はどうしても会社に出てきてくれないかな? プロジェクトの発足式もしたいし、メンバーは僕の方で考えておくけど、方針とか決めておかないといけないからね」

「えー……」

 おれは、基本的に家に出ないと決めたら暫くは家に居たい派だから会社に行くのが凄く億劫なんだけどなぁー……。

「結城君のことだろうから、家から出たくないって言いたげだけど、僕が引きずってでも連れて行くから。明日朝9時にそっちに向かうから、よろしくね!」

 ブチっと社長との電話が切れた。

「えー……、明日会社なのぉ……。生きたくなーい」

 俺はぺたりとまた床に転がった。明日のことを考えるととんでもなく憂鬱であるけども、

「それにしてもまさか我が社が決まるなんてな」

 一大プロジェクトを任されることになってしまったおれたち。


 ――ハグルマが動き始めた。

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