第2話 立候補
てくテクTEC社内。
おれ、結城航幸(ゆうきかずゆき)が出社直後に見たのは、気持ち悪いほどに上機嫌な社長の顔であった。
「ふふふーん」
出勤のタイムカードを切るコーナーに社長は居座り、にこやかな顔でおれの顔を見てくる。はっきり言って気色が悪い。
「社長、おはようございます」
「結城君、おはよう! 今日も大変良い日だね!」
「そ、そうっすね……」
おれは頑張って笑顔を作りつつ答える。多分万人から見ると笑顔の欠片すらないとか言われそうだが、これがおれの最大限の笑顔だ。
「ふふーん♪」
白髪が若干混じる髪を揺らしながらこっちを見てくる社長。視線が思いっきりおれの顔に突き刺さって痛すぎる。
明らかに上機嫌の理由を触れて欲しいやつだ! 絶対にそうだ!
そして、その話題に触れない限りおれは絶対にこのタイムカードコーナーから逃れられないっ! おれはそういうのには詳しいんだ!
ゴクリと喉を鳴らして、社長に訊く。
「社長。なんだか、今日はご機嫌ですよね」
その一言に、社長の顔が満面の笑みに変わった。ついでに、髪にアホ毛がぴょこんと飛び出してユラユラとゆれ始めもしている。
「そーなんだよ! よく分かったねー!」
そりゃ、そんなに全体的に上機嫌オーラが態度に表れてしまったら誰だって気付くよ!
「とても嬉しそうな顔なんで、すぐ分かっちゃいましたよー。あははー」
「え! そうなの! やだなー。僕って分かりやすかったかー。でも、皆気付いてくれないから、そんなに表情に出てないのかと思ったよー」
その言葉に、おれはデスクルームの方をサッと見ると、こちらを見ていた全員が一斉におれから視線を逸らした。
おれはこういうコミュニケーションが苦手なんだ! 誰か替わりに言ってやれよ!
と、心の中で叫んでおく。テレパシー使えるやつは今すぐに俺の気持ちを察しろ!
「実はね。こんな公募が始まるらしいんだよー」
社長は一枚の紙をおれに手渡した。其処には『国家事業:新しい国家作りの基盤となるソフト開発プロジェクト』と銘打ってあった。
「国家事業とは規模が大きいですね」
「よりよい国づくりをしていくためにどうしたら良いかの予測プログラムを作るようなプロジェクトらしいんだよ。面白そうでしょー。結城君やってみたくないかい?」
「興味はありますけども……。でも、このプロジェクト公募制ですよね? 入札なんかで勝たないと夢のまた夢でしょ?」
公共事業は基本入札制だ。入札資格を有する企業が入札に参加し、その内容などで国などが企業と業務契約を結ぶというものだ。
このプロジェクトがソフト開発を目的としているのであれば、もちろん、おれたちの会社も入札資格はあるはずである。
ただ、
「面白ければ応募してみればいいじゃなーいって思って、入札には参加する予定だよ」
「へ、へぇー」
こんな小さなソフト会社がそう簡単に入札が通るだなんて、おれはこれっぽっちも思っていなかった。
「入札に成功した暁には、君をプロジェクトのリーダーにしてあげよう。僕の話をちゃんと訊いてくれたお礼にねー。いろいろプラン考えておいてねー。僕は企画書をマッハで作っておくからねー」
社長は更に上機嫌になって社長室へと戻っていった。
「入札ねぇー……。まぁ、無理っしょ」
おれはまるで本気にはせずに、自分のデスクへと移動する。
国が主導するビッグプロジェクトであるなら、それなりの大企業も参戦するだろうし、それこそ、この会社の企画案を見る前には入札が終了しかねない。
この会社の凄いところを頑張って探したとするならば、
【てくテクTEC】という社名のダサさだろう。
“一歩ずつ着実に進んでいくように”という会社理念の下、社長が酒の席でノリと勢いで決めた(と専らの噂である)この社名は、『全国クソダサ社名GP』に二年連続グランプリを受賞して殿堂入りしたという名誉か不名誉かよく分からないものだ。
殿堂入りの時は当時ネットニュースにも大きく取り上げられて、社長の自棄酒パーティに社内全員で付き合ってあげた。
そんなクソダサで悪目立ちしそうな社名で入札を勝ちとろうだなんて、このご時勢で金塊を掘り当てるより難しいことかもしれない。
でも、万が一プロジェクトにおれたちの会社が採用されたら……、おれたちの作ったソフトが国家に貢献するのか……。それはそれで何だか面白そうだなぁ。
一応社長にもプラン考えておいてと言われたし、考えておくか……。
おれは大きなノートを開いて、思いをはせながらプランを練り始めるのであった。
これが最初の第一歩。
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