終章1 黒竜の行方

 セントラル竜騎士学園の新入生交流会は例にみないほどの波乱の終わりを迎えた。


学園教師による生徒殺害未遂、国家転覆未遂。そして学園の敷地の地下にいた七体の竜によって生徒が死人は出なかったものの、当事者の彼等の心に深い傷を与えることとなったのは間違い無いだろう。


 今回の事件の全貌はある教師の復讐によって竜騎士時代の同期の息子と王女が狙われた、とされている。


あの地下での出来事は生徒達に不安を与えないようにするために当事者だけの秘密になった。学園長と聖竜騎士団の団長からの言葉に生徒達も詮索することはできない。


 レイモンドに協力したアリオスについてはレイモンドに誑かされたとされ、二週間の停学処分とその間騎士団からの事情聴取を受けることになった。


このどうみても軽い処罰は学園長の一言によって為された事だ。その真意は彼のみぞ知る事だ。


そして当のレイモンドは問答無用で王国最大最強の牢獄に叩き込まれた。王女を危険な目に遭わしたこと、そして黒竜解放という王国への反逆行為はそれに値した。


恐らくレイモンドがその牢獄から出てくることはもうないだろう。


 そうして、事件から数日後イルムとユリスは学園長室に呼ばれた。ドアノブを『左手』で閉めたイルムが前を向くとすぐさま声をかけられる。


「──久しぶりだな、小僧」


「お久しぶりです。グレン騎士団長」


イルムはピシッと背中を伸ばし、敬礼する。イルムに続くようにユリスも背筋を伸ばす。


 学園長室にいたのは二人の男性。一人は学園長であるアルフォンス=ユーベルト。彼は一番奥に位置する大きな席に腰掛けこちらを見ていた。


そして入ってきたイルムに声をかけたのはこの国きっての最大戦力の頂点である聖竜騎士団の団長であり、イルム達の先輩であるアーサー=バルファルトの父親、グレン=バルファルト。


短めの赤髪と黒い肌、そして男らしい肉体と彫りの深い顔。あの親にしてあの子供という事だろう。


「うむ、息子が世話になったみたいだな。礼を言う」


「いえ、当たり前のことです。それにアーサー先輩なら自分達が居なくてもなんとか出来ていたでしょう」


「世辞を言うな。アイツは実践を知らない学生にすぎない。あの黒竜の圧に触れて、腰を抜かしたに違いないだろう。小僧のようにはいくまい。それに騎士団でも無理だろうな。


まぁ、そういうことならもう言わない。今回の件の詳細はキリス少佐から聴いている。……小僧、一つ聞く。黒竜をどうした?」


グレンは世間話とは打って変わった真剣な表情でイルムに問いかける。


黒竜をどうした、その意味は一つ。あの事件の後聖竜騎士団がその地下洞窟に到着した時にはすでに黒竜の姿はなく、竜の死体が六体とイルム、そして気を失ったリアナだけがそこに居た。


 グレンはイルムが軍の、それも『竜殺し』であることを知っている。そしてこの男がどう言うことをしでかすかも良くわかっているつもりだ。


だからこそ問いかける。脅迫するでも責めるでもなくただ事実確認をするだめに。


「……レムリアナ第三王女の守護の任務遂行のため、殺しました」


「死体はどうした?」


「……まるで星にでもなったようにフワフワと光の粒になって消えてしまいました」


イルムは何の気なしに淡々と嘘という名の事実を口にする。本当にあった事実を話す必要性はない。


あの場で見ていたのはイルムただ一人なのだから。騎士団と王国が黒竜という存在を死んだと認識すればいい。


「それを信じろと、お前はそう言うのか?」


「現代の技術では魔力を宿した竜の肉体を全く解明できていない。そう言うことがあってもなんら不思議じゃない。その対象がかの英雄のパートナーであったセオと呼ばれる伝説の黒竜なら、尚更です」


グレンの目から離し、アルフォンスに目を向けたイルムは彼の表情を確認する。


黒竜の話からすればブリューナクとこの学園を創設した誰かは協力して黒竜を封印したことになる、とイルムは踏んでいる。


つまりその協力者は当時の学園長に違いない。そして代々この学園を仕切る歴代の学園長に黒竜の存在を伝えてないわけがない。


「ほっほっほっ、そうか、そうか。黒竜は死んだか。これで一つ私の荷も降りたと言うもの。よくやってくれたのぉ、『竜殺し』殿」


やはり、学園長はイルムの意図に乗るようにそう感謝を述べた。どこか芝居がかったその言葉にグレンは顔を歪めるがイルムはここぞとばかりに乗る。


「辞めてくださいよ。今はこの学園の生徒です。学園長が生徒に敬称なんて使わないでください」


「ほっほっほ、そうかい。……それでグレン殿、まだ何か用が?」


学園長は椅子から立ち上がると、ジロっとその薄く開いた眼光を光らせた。


「──はぁ。まぁ良い、何かあったら小僧お前の責任だからな。俺はもう知らん」


「なんのことか知りませんが、その時は王国巻き込んで無理矢理でも団長を引っ張り出しますのでご心配なく」


ハハッと笑ったイルムはいい笑顔でグレンに満面の笑みを見せる。隣でその笑顔を見たユリスはうわぁと引くように顔を歪ませていた。


そしてグレンもまた、呆れたように彼等を見ていた。


「クーベル、君も大変だろう。こんな相棒では」


「……いえ、もう慣れましたので」


グレンの呼び掛けに一瞬の沈黙の末、そっけなくユリスは答える。そんなユリスにグレンは苦笑いする。この相棒にしてこの相棒かと。


「そうか。……ではこれで俺は失礼します。お時間をお取りしてしまい失礼しました、アルフォンス様」


「お勤めご苦労じゃな、グレン殿」


「はい、ではいずれ。…………小僧、気をつけろよ」


扉に手をかけたグレンは小さくイルムに聞こえる声でそう注意喚起する。


イルムは少し目を開くと、小さく頷いた。それを確認したグレンは満足したように学園長室を出て行く。


 そうして残ったイルムとユリスは学園長に目を向ける。何を考えているかよくわからないお爺さんがそこにいる。


「今回の事件、君達はどう思う?」


そんなごく普通の問いかけ、しかしこれはその裏に潜む大きなものに対してのことだろう。イルムはまだユリスから詳しいことは聞いておらず、その問いはユリスに任せることにする。


「……帝国側の間者からのアクションと捉えるには少し根拠が薄く、断言ができません。レイモンドの証言からは『混沌を望む者』と名乗る男が関わっているということだけが分かりました。


そして、今回の事件の首謀者に王とそして国内の貴族に恨みを持つレイモンドを使い、国家転覆をさせようとした。彼等が国に仇なしていることは確実だと思われます」


ユリスはキリスに送るために作った報告書の文章をまる読みするかの様に一言一句噛むことなくスラスラと言葉を並べた。


幾つか抜けていることはあるが概ね、そう言う事だろう。


イルムとユリスも同じ違和感をレイモンドとそして黒竜に持っていた。その違和感はこれからイルム達の部隊が調べるのを待つと言うことになっている。


 学園長はユリスの報告を聞くと机に置かれた一枚の写真立てに手を伸ばし、ゆっくりと触れる。そこには学園長と王、そして小さな赤ん坊が映っていた。


「ふむ……取り敢えずこちらで入学の際に紛れ込んだであろう鼠どもの始末は終わらせておるが、相手がなんなのかわからん今、リアナを守れるのは君達だけだ。よろしく頼むぞ」


「「はっ!」」




あとがき


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長くなったので昨日のように二つに分けます。


夕方にもう一度更新します。

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