第39話 王宮へ飛ぶ。
「そうか。そんなことが……」
クレーベル行政府の会議室。領主であるヨアキムさんを中心に、妻であり補佐官のティナ、そして僕、マイカ、ヴォイテク、エッカート、さらには今回の話し合いの議題でもあるアカリが集まっていた。
一度マイカの家へと連れて帰られたアカリは、『
「とりあえず、ルフェーブル閣下にこのことを報告しなければと思うんですが……」
「そうだな。さすがに私たちで対応するには手に余る。ことによっては王家の指示を仰がねばならん。一刻も早く伝えるべきだろう。ティナ」
「はい。すぐに報告書を書きますね」
ヨアキムさんの言葉で、ティナがルフェーブル閣下への報告の手紙を書くために退出する。
「さて、問題はそれまでの対応だが……私の屋敷の客室にでも滞在してもらうか?」
「あの、よければ私の家に泊まらせてあげてもいいですか? 同じ日本人の女性同士の方が気も休まると思いますし」
「マイカ殿がそれで構わないのであれば……アカリ殿、あなたもそれでいいか?」
「あ、あの、はい!」
「そうか、ではそうしよう。色々とあって疲れているだろうから、ルフェーブル閣下からのご指示が返ってくるまでしばらくゆっくりと休んでくれ」
ヨアキムさんがそう言って退出の許可を出したので、アカリはマイカに連れられて帰っていった。
2人が部屋を出て少し間を置いた後。
「リオ。彼女におそらく害意がなく、アルドワン王国の斥候や刺客という可能性もまずないとは分かっているが……」
「はい。万が一という可能性もあるので、しばらく目を離さないようにしておきます」
「すまんな。頼む」
――――――――――――――――――――
その後、アカリを一人でクレーベルに置いておくわけにはいかないので僕たちの魔物狩りはしばらく休みにして、彼女にこの世界のこと、この国のこと、ルフェーブル子爵領のこと、クレーベルのことを説明する。
クレーベル内を案内しながら色々と教えているうちに、彼女も少しずつ自分が「さまざまな種族が共存するファンタジー異世界の国」に生きていることを実感できてきたようだった。
ルフェーブル子爵閣下への報告を早馬で送ってから3日後には「国王陛下へもご報告するのでそのまま待つように」という返事が到着した。
国内の主だった大貴族の家には「王家と緊急連絡をとるための通信の魔道具」があり、東隣のエルスター伯爵もそれを持っているそうで、ルフェーブル子爵が彼に頼んで国王に急ぎの連絡を入れるらしい。
そして、ルフェーブル子爵から返事が来たおよそ1週間後、予想外のかたちで次の指示が届いた。
「ルフェーブル子爵家の馬車がこちらに向かわれているそうです! アサカ閣下におかれましては、急ぎ行政府に参られるようバルテ閣下よりご指示が出ています!」
ヨアキムさんの従士がそう連絡を届けに来たので、僕はルフェーブル子爵を迎える最低限の見栄えのためにカノンに手伝ってもらいながらに大急ぎで軍服を着こむと、慌てて行政府まで向かう。
そろそろ次の指示が来るかと思っていたけど、まさかいきなりルフェーブル子爵自ら来るとは思わなかった。
そう思いながら行政府に着くと、マイカにも連絡が言っていたようで、彼女もアカリを連れて来ていた。
それからさほど待たずに、従士の報告通り、ルフェーブル子爵家の人間が乗る専用の馬車がクレーベルに入り、行政府の前に到着した。
「ルフェーブル子爵閣下、ようこそクレーベルへお越しくださいました」
ヨアキムさんがそう言いつつ、その場にいた全員が臣下の礼でルフェーブル子爵を出迎える。アカリも周りを見て空気を読んだのか、ちょこんとその場に座って頭を下げていた。
「皆顔を上げてくれ。急にすまんな。事が事だったので、私が直接出向いて話をした方がいいだろうと思って来させてもらった」
そう言いながら馬車を降りたルフェーブル子爵。
「それで、新しく見つかった来訪者というのは……ああ、彼女か」
「はいっ! あ、あの、アカリと申しますっ」
「この領を治めるルフェーブル子爵家の現当主フィリップ・ルフェーブルだ。よろしく頼む」
「は、はいっ! よろしくお願いしますっ!」
この地域で一番偉い人の登場に、緊張した様子のアカリ。そんな彼女に対してルフェーブル子爵はそう言葉をかけた。
そして、ルフェーブル子爵の後に続いて馬車から出てきたのは、
「ユリさん?」
以前シエールで顔を合わせた、王家に直接仕える来訪者で「瞬間移動」のギフトを持つユリさんだった。
「えっ。前にシエールで会ったっていう?」
「そうそう」
僕の呟きにマイカが驚いた表情で聞く。
「リオくん、久しぶりね。それとそちらがこの領にいるもう一人の来訪者の人ね?」
「マイカっていいます。よろしく」
「こちらこそ、よろしくね」
彼女がルフェーブル子爵領までやって来たということは、それだけ王家が今回のアカリの件を重大な事だと考えているということか。
まあ、死んだと思われていた来訪者の発見なんて、確かに大事だろうけど。
「それでは、行政府の会議室を開けてありますので、ひとまずそちらへ」
ヨアキムさんがそう呼びかけて、僕たちは行政府に入った。
――――――――――――――――――――
行政府の会議室に、ルフェーブル子爵とユリさん、そしてヨアキムさん、僕、マイカ、アカリが集まる。
「エルスター伯爵を頼ってこの件を王都へ伝えたところ、新しく見つかったという来訪者殿を一度王宮へ招き、ギフトの解析や今後の扱いについての話し合いをしたいという内務大臣サヴォア侯爵閣下のご意向を賜ってな。迎えのためにナミオカ卿が『瞬間移動』でこちらへ参られたのだ」
ルフェーブル子爵がそう事情を話してヨアキムさんと言葉を交わしている間に、ユリさんに小声で聞く。
「『ナミオカ卿』というと、ユリさんも叙爵されたんですか?」
「ええ。陛下から名誉女爵の位を賜ったわ。領地は持ってない宮廷貴族だけど」
「じょ、女爵ですか……」
僕より2つも爵位が上だ。いきなり上級貴族とは、さすが王家直属の来訪者。
「そういうリオくんも名誉士爵になったって聞いてるわよ。やるじゃない、『一つ目殺しの人形使い』さん」
「……二つ名まで知ってるんですね」
「王都でもけっこう話題になったわよ? リオくんは来訪者の中でも特に有名な一人ね」
物騒な二つ名はちょっとどうかと思うけど、話題になるのはまあ悪い気はしない。
「――というわけなので、ナミオカ卿の『瞬間移動』で私とそちらのアカリ殿、それからバルテ卿、アサカ卿とゴーレムが王宮へと報告に向かうことになった」
「僕もですか? それにゴーレムも?」
「アサカ卿の活躍や二つ名については陛下もご存じの様子でな。一度どんな来訪者なのか会ってみたいそうだ」
「わ、分かりました……」
国王陛下か。
今は確か40代半ば。若い頃は自ら西の紛争地帯に出向いて王国軍を指揮し、一方で東では今ほど仲が良好じゃなかったレギオン王国との関係を大きく進展させたと聞いている。
自ら前に出ての目まぐるしい活躍から「疾風王」の異名でも呼ばれているとか。
転移した当初は二選級の来訪者だった僕は王宮での勧誘パーティーで遠目に見たくらいで、直接言葉をかけられるほどではなかった。
予想外の成果を上げている僕を見てみたくなったらしい。光栄ではあるけど緊張するな。
「出発は明日になる。おそらく国王陛下に拝謁することになるので、バルテ卿とアサカ卿はそれぞれ儀礼服の準備をしておくようにな。急な話だが頼むぞ」
「はっ」「畏まりました」
「アカリ殿は……一人では不安もあろう。マイカ殿も彼女に付き添って王宮まで同行してほしいが」
「もちろんです閣下」
こうして、僕たちは急きょ王宮に向かうことが決まった。
――――――――――――――――――――
王宮へ出発する当日。
「今さらになって緊張してきたなあ……ちょっと怖いなあ……」
僕は「サヴォア侯爵との話し合い」という本題よりも、「国王陛下への拝謁」という予定の方に怖気づいていた。
今でこそアサカ閣下なんて呼ばれているけど、もともと僕は引きこもりのニートだったんだ。
いきなりこの国の最高権力者にお目通りなんて、緊張しない方がどうかしている。
しかも、どうせまた「武勇とは違って軟弱そうな男だ」とか思われるんだろうし。
「大丈夫です、ご主人様は王都でもお名前が広まるほどの英雄なのですから。国王陛下からお会いしたいと言われるなんて凄い名誉です。どうか胸を張ってください」
昨日の軍服に続き、貴族としての儀礼服を着るのをカノンに手伝ってもらいながら、そう励まされる。
「ありがとう……せいぜい国王陛下のご機嫌を損ねないように頑張るよ」
そう言っていつものようにカノンとキスを交わすと、集合場所になっている行政府へと向かった。
王宮へ向かう人員が集まったら、いよいよ出発だ。
「それでは今から『瞬間移動』を行いますので、皆さん私の腕のどこかに触れてください」
そう言って両手を伸ばすユリさんに従って、僕たちは彼女の腕に触れる。
「では、行きます」
次の瞬間、視界が一瞬揺らいだかと思うと、僕たちは既に王宮内にいた。
当たり前だけど、本当に瞬間移動だ。実際に体感してみると凄まじい。
「それでは、後の案内は官僚の者が引き継ぐので、私はまた皆さんがお帰りになられるときに」
僕たちにそう言い残すと、彼女は出迎えの兵士とともに下がっていった。
入れ替わるように登場した上級官僚らしい男性が言う。
「ルフェーブル子爵閣下、並びにご同行の皆様方。ようこそ王宮へお越しくださいました。王国内務大臣サヴォア侯爵閣下にお目通りいただきます。どうぞこちらへ」
まずはアカリの対応についてサヴォア侯爵と話し合うため、彼の後に続いて王宮を進んだ。
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