第40話 疾風王エドワード・ジーリング7世。
王宮内には、国王や重臣たちが何かしらの用件を抱えてきた貴族や官僚と話し合いをするための部屋がいくつもあるらしい。
僕たちがサヴォア侯爵と面会するために訪れたのは、そんな部屋のひとつ。
王国内務大臣ロベール・サヴォア侯爵は、僕の来訪者としてのギフト解析に同席したときと変わらない、鋭い目つきで僕たちの方を向いている。
「――状況は分かった。新たな来訪者の発見を隠すことなく、王宮へと報告をくれたルフェーブル子爵の王国への忠節に感謝する」
「はっ。私は国王陛下の忠実なる臣なれば、このような重要事項についてありのままお伝えするのは当然の責務にございます」
「そして、クレーベル領主のヨアキム・バルテ士爵、またルフェーブル子爵領特務省長官のリオ・アサカ名誉士爵にも同じく感謝しよう。来訪者はジーリング王国の発展を左右する宝とも言える人材だ。今回の発見については陛下もお喜びになることだろう」
ヨアキムさんと僕は、黙って頭を下げる。
「さて、それではこの新たな来訪者――アカリ殿の王国内における今後の処遇だが」
「畏れながらサヴォア閣下。彼女に関してはルフェーブル子爵領内で、ルフェーブル子爵家に仕える下級貴族によって発見されたものでありますからには、我が領に迎えさせていただきたく……」
「ほう。ルフェーブル子爵領には既に2人の来訪者がいて、さらに欲しいと申すか」
「来訪者が召喚された当初、王国軍による回収が諦められたうちの一人が彼女であると聞き及んでおります。即ち、彼女は王国による保護の外にあった来訪者であり、ルフェーブル家の家臣によって保護された今、その庇護の権利はルフェーブル家のもとにあると愚考する次第にございます」
少し威圧するようなサヴォア侯爵に対して、涼しい顔でそう返すルフェーブル子爵。
この人はこの穏やかな顔をいつも崩さない。迫力で相手を押し潰すのではなく、「決して自分のペースを乱さない」というかたちで貴族同士の政争に臨むタイプらしい。
「……よかろう。そなたに道理がある」
対するサヴォア侯爵も、アカリを王家で引き取るのはさすがに理屈が通らないと端から考えていたようで、彼女への興味を失くした風であっさりと手放す。
発展著しいルフェーブル子爵家との関係を、来訪者一人を巡って悪化させるべきではないと判断したのか。アカリに来訪者としてそこまでの価値はないと判断したのか。
当のアカリはオロオロしながら、ルフェーブル子爵とサヴォア侯爵を交互に見て彼らの会話を聞いている。
話し合いに先立ってアカリのギフト解析が行われたけど、その結果は「鉄壁の肉体」という言葉で出た。
どんな刃物でも傷がつかず、大きな衝撃を食らっても骨や内臓が破壊されない。痛みも感じない。そういうギフトらしい。
さらに、数値にして1500ほどの魔力と「火魔法の素質」持ち。
物理攻撃が一切効かず宮廷魔導士以上の魔力を持つ魔法使いともなれば、個人としては破格の能力だ。
それでも、既に選りすぐりの来訪者を抱える王家にとっては是が非でも欲しい人材ではないらしい。
「では、そのようなかたちで陛下にもお伝えし――」
「国王陛下の御入来です!」
サヴォア侯爵が話し合いを終わらせようとしたところへ、部屋の入口に警備として立っていた騎士がそう声を張る。
その言葉を聞いて、まずルフェーブル子爵とヨアキムさん、そして僕が弾かれたように臣下の礼を取り、一歩遅れてマイカが膝をつき、さらに遅れてアカリがあわあわと戸惑いがちに見よう見まねで座った。
唯一サヴォア侯爵は大臣という立場だからか、ゆっくりと頭を下げるだけに留まる。
おいおい。いきなり不意打ちで登場なんて聞いてないよ。
本来ならこの後、また別の部屋に移って国王陛下に拝謁する予定だったはずだ。
「よい。皆面を上げろ。立って楽にしろ」
その言葉で、僕たちは顔を上げて立ち上がる。
そこには間違いなく、ジーリング王国第43代国王エドワード・ジーリング7世がいた。
身長はおそらく180cmを優に超える偉丈夫。こうして間近で見ると、その表情からこれまでの経験と活力に裏打ちされた自信が漂う、壮年の迫力がある人物だった。
これが「王者の風格」というものなのか、その場にいるだけで空気を圧するような存在感がある。
国王は値踏みするように僕たちを見回すと、まずサヴォア侯爵に向かって言う。
「ロベール、いつまで話しておるのだ。待ちくたびれたので私の方から来てやったぞ」
「陛下。彼らと話し始めてから1時間と経っておりませんぞ。いささかせっかちなのではないですかな?」
ライオンのような気迫を放つ国王に向かってサヴォア侯爵がそう気安く言うのは、内務大臣という立場があってこそなんだろう。
「そうか、まだそんなものか。今日は他に謁見の予定もなく退屈だったものでな。許せ」
サヴォア侯爵のせっかち呼ばわりを気にした風でもなく流すと、国王はルフェーブル子爵に歩み寄った。
「フィリップ・ルフェーブル子爵。昨年の来訪者勧誘の晩餐会以来だな。息災そうで何よりだ」
「はっ。陛下におかれましても、ご健勝のことと――」
「堅苦しい挨拶はよい。別に公的な場ではないのだ。それよりも亜竜に荒らされた北西辺境の開拓に成功したと聞いているぞ。見事な功績だ」
「恐れ入ります。これも我が領に仕える家臣と来訪者たちの働きがあってこそです」
ルフェーブル子爵はそう言って僕たちの方を手で示した。
「その者らがそうか?」
「はい。開拓団を率いてクレーベル村を確立したヨアキム・バルテ士爵と、開拓に多大な貢献を成した来訪者のリオ・アサカ名誉士爵、そして同じく来訪者のマイカ・キリヤ殿でございます」
ルフェーブル子爵の紹介を受けて、ヨアキムさんから順に名乗る僕たち。
「そうか。大儀であった。褒めて遣わそう……それで、『一つ目殺しの人形使い』とやらがお前か」
僕の前まで近づいて見下ろしてくる国王。
その顔は機嫌がよさそうではあるけど、これほどの迫力を持つ絶対君主に間近で注目されるのは心臓に悪い。彼がライオンなら僕の心境はネズミだ。
「細いし小さいな。キュクロプスを一人で殺した男には見えん」
うん、そう言われると思った。
「これが噂のゴーレムとやらか? どのように動かす?」
「はい。これは……このように、魔力を注いだ私の意思の通りに動きます、陛下」
そう説明しながらゴーレムに臣下の礼をとらせてみる。
国王はそんなゴーレムに近づいて装甲を手でバシバシと叩きながら、
「面白いものだな。それに身体は魔法鉄か。動きもグレートボアを殺せるほど速いと聞いたぞ。これが何体いたのだったかな?」
「7体保有しております」
「そうか。戦場にでも立てば無類の強さを発揮するであろうな。王国軍に来る気はないか?」
「はっ……その、わ、私はルフェーブル子爵閣下から名誉士爵の位を賜った下級貴族でありますので」
「冗談だ。貴族家の家臣を勝手に奪わん程度の分別はある。軍に欲しい人材なのは本当だがな」
国王とルフェーブル子爵の顔を交互に見ながら顔を引きつらせていたら、からかうようにそう返された。
「それで……ああ、新しい来訪者の件でお前たちは来たのだったな。どれだ、この者がそうか?」
ようやく本題に触れた国王は、今のところ唯一名乗っていないアカリを消去法で件の来訪者だと判断したらしい。
「は、はいぃっ、あの、あ、あ、アカリと申しましゅ!」
ガチガチに緊張しながら噛んだアカリ。普段はマイペースの極みのような彼女だけど、ルフェーブル子爵なり国王陛下なり「すごく偉い人」を前にすると固まる性質らしい。
「そうかそうか。場所が場所だったので昨年は迎えに行けずすまなかったな。よくぞ生きていたものだ。苦労をかけた」
「あ、あの、いえ、そ、そん、そんな、だい、大丈夫ですっ」
「ロベール、この者の扱いについてはどうなった?」
「彼女については王国軍が回収を諦め、その後ルフェーブル領の者が保護した来訪者ですので……そのままルフェーブル領に置くということで決まりましたが。よろしいですかな?」
「構わん。王家は何もしていないのだからな。分捕る筋合いもあるまい」
国王はサヴォア侯爵の判断をそのままあっさりと認める。
「用件も済んだな。ルフェーブル子爵、お前たちは今日帰るのか?」
「はっ。急なことで陛下のもとへ馳せ参じ、拝謁の機会を賜りましたものですから、本日中に暇を告げさせていただこうかと――」
「早く帰って自領の仕事に戻りたいというわけか。お前たちも忙しかろうからな。ユリに早く送ってやるよう命じておこう。それではな」
そう言うと、さっさと部屋を出ていく国王。
話すだけ話して気が済んだら退場か。嵐のような人だったな。
本題のはずのアカリについてはあまり興味を示さずに、どちらかというと「一つ目殺しの人形使い」の僕の方に野次馬的な関心があるようだったし。
「陛下も相変わらず気ままな方だ。貴殿らもいきなりのことで気疲れしたであろう」
少し呆れたように言うサヴォア侯爵に、ルフェーブル子爵が「まあ、いささか驚きましたな」と顔色一つ変えず答える。本当かよ。
一方の僕たちは汗ダラダラだった。何事もなく拝謁(と言えるのか?)が終わって一安心だ。
「では……もう話もないな。以上で会議を終えようか。陛下へのお目通しも済ませてしまったからな。ここにナミオカ卿を呼ぶので、しばし待っておくように」
そう言い残して、サヴォア侯爵も部屋を出ていった。
ようやく見知った顔ぶれだけになって肩の力が抜けた空気になる中で、ルフェーブル子爵が苦笑しながら言う。
「皆驚いただろう。私は陛下に何度かお会いしているので分かっていたが、君たちは初めてのことだっただろうからな」
「はあ、何というか……」
そこで言葉を途切れさせるヨアキムさん。
気持ちは分かる。王宮内で国王陛下のことを「マイペースで慌ただしい方だった」と言うわけにもいかない。
「もともと若い頃は王国内を飛び回って活躍されたことで名を高められた御方だからな。その気質を今でもお持ちになるのか、常人から見ればいささか忙しく見える振る舞いをなさることも多い。上級貴族の間では『疾風王』の異名もからかいの意味が含まれているくらいだ」
確かに、良くも悪くも疾風と表現するのがぴったりな人だった。
そんな話をしているうちに、ユリさんが僕たちをルフェーブル領へと帰すためにやって来た。
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