第35話 結ばれる。
8月になり、ヨアキムさんとティナの結婚式を間近に控えた時期。
この地を治める上級貴族のルフェーブル子爵が来訪して、さらに他の貴族たちまで来るということもあって、クレーベルは彼らを迎えるための宿泊先の確保や宴会の用意などに追われていた。
さらに、エルスター伯爵まで一度クレーベルを見てみたいので来ると言い出したから大変だ。しかもその手紙が届いたのはわずか2週間前。
「こっちが勝手に来るのだから歓迎は不要」とは書いてあったらしいけど、自分たちの主君よりさらに階級が上の大貴族が来るのだからそういうわけにもいかない。
バルテ士爵家の屋敷に、ルフェーブル子爵一家の分とは別で、さらにエルスター伯爵を泊めるための客室を大急ぎで用意することになった。
さらに、ルフェーブル領内の下級貴族たちやその従者たちの宿泊先を確保するために、街の宿屋や従士たちの家、それでも足りず僕の家や平民たちの家まで動員されている。
人を泊めることもあるだろうからと、自宅を建てるときに客間を作っていてよかった。
数日前にもなると、出席する貴族たちが続々と到着する。
「ルフェーブル子爵閣下。並びにモニカ様、アリソン様。ようこそクレーベルへお越しいただきました」
「ああ。出迎えご苦労」
自分たちの主家であるルフェーブル子爵が来た時には、ヨアキムさんもティナも、僕もマイカも、さらには従士一同も揃って出迎える。
「ほお……報告では聞いていたが、思っていた以上に村らしくなっているではないか。ここがルフェーブル領北西部の中とは、未だに信じられん気持ちもあるな」
家々が並ぶクレーベルの光景を見回してルフェーブル子爵が言う。
彼にとっては、「北西部の復興」という自家の先々代からの夢がかたちになったのがこのクレーベルだ。感慨深いものがあるんだろう。
「これでもまだ発展途上です。今もなお新しい家屋の建設が進んでおります。今後はさらに栄えた村へ、やがては街へど成長していく予定です」
ヨアキムさんも誇らしげにそう答えていた。
その後も続々と貴族たちが到着し、僕たちはそれを出迎える。
そして、いよいよ結婚式当日がやってきた。
――――――――――――――――――――
「唯一絶対なる神が見守られるこの神聖な場において、汝ヨアキム・バルテはこのティナを妻とし、喜びの全て、悲しみの全てを分かち合い、その身が大地へと還るときまで、添い遂げることを誓うか?」
「誓います」
「その誓いは今このとき、神のもとへと確かに届き、受け入れられたであろう。では次に、唯一絶対なる神が見守られるこの神聖な場において、汝ティナは――」
度重なる改修によって今ではほぼ新築同様になったクレーベルの神殿で、神官のシーラさんの進行のもとで、粛々と結婚の儀式が行われる。
ヨアキムさんとティナそれぞれが誓いの言葉をはっきりと口にした後に、シーラさんが「神の名のもとで2人の結婚を認める」という内容の口上を述べて、さらに2人の右手をとる。
シーラさんの両手から、2人の右手へと青い光が放たれた。
シーラさんは魔法使いと呼べるほどの魔力量ではないものの、神官としての仕事に必要な程度には闇魔法を使えるらしい。今の光は彼女によって、ヨアキムさんとティナの結婚を証明する契約魔法がかけられたものだ。
この契約魔法自体には体に影響を与える直接的な拘束力はないものの、然るべき場(行政府など)で闇魔法使いが調べれば、その2人が神殿で儀式の末に夫婦になっていることが分かるという。
この契約魔法をもって、ヨアキムさんとティナが夫婦になったことがシーラさんによって宣言される。
出席者たちが拍手を送る中で、2人はお互いを見つめて微笑んだ。
――――――――――――――――――――
儀式が終われば、後は宴会だ。
出席した貴族たちがバルテ家屋敷の庭で料理と酒を囲む一方で、クレーベルの広場でも、領主によって肉や酒が振る舞われて領民たちがお祭り騒ぎを起こしている。ヨアキムさんの従士たちや僕の従士たちもそっちで楽しんでいることだろう。
貴族側の宴会場では、ヨアキムさんが領内の他の下級貴族たちに囲まれて話している。
一方でティナは、夫と一緒にクレーベルまで来た各貴族家の夫人たちと話したり、故郷の村からこの日のために来たという自身の両親と話し込んだりしていた。
彼女の実家は農奴も持たないような貧しい自作農で、光魔法の素質と多くの魔力を持って生まれた彼女は、10歳にもならない頃に従士に登用されて家を出たらしい。
ティナの両親は我が子が貴族夫人になったことを喜びつつも、貴族ばかりが集まるこっちの宴会場ではやっぱり居心地が悪かったらしく、ティナと話した後は広場の方に戻っていった。
今日の僕は、はっきり言って暇だ。
自分も主役の一人だった叙爵式のときとは違って、今日はただの出席者の一人。他の貴族たちとは叙爵後の晩餐会でもう散々話した。
ラングレー士爵やエルバ士爵と多少雑談したり、エルスター伯爵から「うちのシュンが世話になったな」と声をかけられて挨拶を交わしたりした以外は、宴会場の端の方で静かにしていた。
「退屈そうね、リオ」
そんな僕に声をかけてきたのは、アリソン様だった。
「いえ、そのようなことはありませんアリソン様。ただ今日の主役はヨアキ……バルテ卿ですから。私は目立たないようにしていようかと」
「あら、なんだか喋り方まですっかり貴族になってきちゃったのね。最初に会った頃はもっと初々しかったのに」
「私も今はルフェーブル子爵家に忠誠を誓った貴族ですから」
確かにこの世界に来た当時の僕はもっとおどおどしていたけど、さすがに当時8歳、今でも9歳のお嬢様に「最初に会った頃のあなたは初々しかった」なんて言われるのは複雑な気分だ。
「アリソン様も、一段とお美しくなられましたね」
「あら、それは遠まわしに去年の私が子どもっぽかったって言いたいのかしら?」
「い、いえ、決してそんなわけでは」
「うふふ。なんてね。冗談よリオ。確かにあのときは私もお子ちゃまだったわ。でも来年で10歳、お父様の名代として仕事を任される年になるんですから、いつまでもお転婆ではいられないの」
この世界の成人は15歳だけど、上級貴族の子息ともなれば、10歳からは当主が出るほどではない行事への出席や領内の視察など、簡単な仕事をこなすようになるらしい。
「それに、もうそろそろ他の貴族家から縁談の申し出も入ってきてるしね」
「そうなんですか……私たち来訪者の感覚では、アリソン様のお年を考えるとずいぶん時期の早いお話に思えます」
「貴族ではこのくらいで婚約者が決まるのは普通よ。私も成人すれば、すぐにお父様の決めた相手に嫁ぐことになるわ。お父様なら少しは私の好みも聞き入れてくださるとは思うけどね。貴族にとっては結婚も仕事ですから」
……未だに現代日本の感覚も色濃く残ってる僕たちからしたら、酷な話だ。
「だからあなたをお婿にもらってあげるって話も、申し訳ないけどご破算ね」
そういたずらっぽく笑いながら、アリソン様は宴会場の中心の方へ戻っていった。
ずいぶん大人っぽくなられたとは思うけど、たぶん少し無理して大人びようと振る舞っている部分もあるんだろう。貴族令嬢は大変だ。
――――――――――――――――――――
宴会も楽しく盛り上がって終わり、翌日には下級貴族たちやルフェーブル子爵、エルスター伯爵がそれぞれの領地へと帰っていくのを見送って後片付けをして、ようやく一息ついた後。
「リオさん、カノン、お待たせしました。外の片づけを手伝っていたら遅くなってしまいました、申し訳ありません」
「いえ、こちらこそ無理を言ってすみません」
ここはつい昨日、ヨアキムさんとティナの結婚の儀式が開かれた神殿の礼拝場。
僕とカノン、それにマイカやミリィ、元『荒ぶる熊』で今は僕の従士となったヴォイテクたち、さらに開拓初期メンバーで僕と親しい人たちが集まっていた。ヨアキムさんとティナまで来ている。
そしてたった今、僕たちが待っていた神官のシーラさんが到着した。
「それでは、始めましょうか」
これからやるのは、僕とカノンの結婚の儀式だ。
とはいえ、この国の法律では奴隷とそれ以外の身分の者とでは結婚の契約魔法をかけてもらうことはできない。
終身奴隷のカノンは奴隷身分から解放されることもないので、僕とカノンが正式に夫婦として契約を結ぶことはそもそもできない。
だけど、気持ちの上では僕たちは恋人だ。それ以上だ。
だからこの機会に、かたちだけでも結婚の儀式を行って、それを親しい人たちに見届けてもらいたかった。
あらかじめシーラさんに形式だけ儀式を執り行ってもらうことができるのか聞いてみたら「儀式の本質は契約魔法を結ぶことではなく神の御前で誓いを捧げること。何の問題もありませんわ」と笑顔で承諾してくれた。
僕たちの他に集まってくれた皆は、この儀式を見届ける証人だ。
昨日のヨアキムさんたちと同じように、粛々と儀式は進む。
「――唯一絶対なる神が見守られるこの神聖な場において、汝リオ・アサカはこのカノンを妻とし、喜びの全て、悲しみの全てを分かち合い、その身が大地へと還るときまで、添い遂げることを誓うか?」
「誓います」
まずは僕がそう答える。
「その誓いは今このとき、神のもとへと確かに届き、受け入れられたであろう。では次に、唯一絶対なる神が見守られるこの神聖な場において、汝カノンはこのリオ・アサカを夫とし、喜びの全て、悲しみの全てを分かち合い、その身が大地へと還るときまで、添い遂げることを誓うか?」
「……誓います」
カノンが言葉のひとつひとつを噛みしめるように答える。
「その誓いは今このとき、神のもとへと確かに届き、受け入れられたであろう。それぞれの誓いを神の御許たる神殿において結び、この場に集った神の敬虔なる信徒たちをその証人とし、今ここにこの2人が夫婦となったことを宣言する」
これで、僕たちは夫婦だ。身分が違おうと、誰が何と言おうと、神殿で神の名のもとにそれが宣言されて証明された。
「ご主人様、これからもずっとお傍でお仕えします。私は世界一幸せな終身奴隷です」
皆から祝福の拍手を受ける中で、カノンが目に涙を浮かべながらも笑顔でそう言ってくる。
「……これからも、僕がカノンを幸せにするからね。愛してるよ」
「はい。私も、愛しています、ご主人様」
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