第34話 荒ぶる熊。
叙爵式の翌日の午前には、また開拓地、もといクレーベルに向けて発つ。
ここでもケレンの中では民衆に見送られながら馬や馬車で優雅に出発して、門を出た後は往路と同じくゴーレムの引く小型馬車で急いで帰る、というスタイルだ。
「私たちも貴族になったのだから、急ぎの移動とはいえ、いつまでも荷馬車に揺られるのではいかんな。特にリオは開拓地が安定すれば他の場所に行くことも増えるだろうし」
「ですね……ちゃんと見栄えのする、ゴーレムに引かせる専用の小型車両でも作りますか?」
「そうだな。そういうものがあった方がいいだろう。帰ったらドミトリやデニスに相談するか」
帰路の馬車に揺られながら、僕はヨアキムさんとそんな話をしていた。
ちなみに、以前シエールからの帰りにティナとのことを指摘して以来、ヨアキムさんからは恋愛相談じみた話をときどき振られていて、今では気安く「リオ」と呼び捨てされるようになっている。
公的な場ではお互い「バルテ卿」「アサカ卿」と呼び合うけど、普段の話し方はフランクなままだ。貴族でも友人同士ならそんなものだろう。
――――――――――――――――――――
帰還した当日にヨアキムさんが「クレーベル村の発足」を正式に宣言したことで、ここは正式にルフェーブル子爵領に所属する村となった。
これまでルフェーブル領には3つの街と7つの村があった(これは子爵領としてはかなり少ない)ので、クレーベルは8番目の村だ。
次の大きな予定は、8月にあるヨアキムさんとティナの結婚式。
ルフェーブル子爵をはじめとした領内の全貴族がクレーベルを訪れる大規模なもので、2人の結婚を祝うという目的はもちろん、ルフェーブル領の発展を象徴するクレーベルの安定を願う意味も持つ行事になる。
それまでに、できるだけ建物を増やし、農地を広げ、利益を上げるのが僕たちの当面の仕事だ。
また忙しくも楽しい日々が始まる。
――――――――――――――――――――
「このあたりでいいかな?」
「いや、もう少し村の方に引きつけても大丈夫でしょう」
そんな会話をしながら、僕たち魔物狩りチームはいつものように森の中で魔物と戦いを繰り広げていた。
と言っても、その仕事は楽なものだ。
マイカの「探知」に魔物が引っかかったら、僕がゴーレムに魔物をおびき寄せるように命じて、クレーベルの方へと下がる。
魔物を引きつけてゴーレムが下がってきたところで、じわじわとけん制させつつ、さらにできるだけ村の近くまで引き寄せる。
そして、ヴォイテクさんがよしと判断したところでまたゴーレムに命じて、魔物に止めを刺す。
こうして、今日も危なげなくグレートボアを1引き仕留めた。わざわざ村の近くに誘導してから止めを刺したので、村まで運び込むのも楽だ。
本来なら危険極まりないグレートボアを相手にこんな余裕を持った狩り方ができるのも、無類の強さを発揮するゴーレムたちがいるからこそだろう。
グレートボアの巨体をゴーレムに引っ張らせながら村へと帰ってくる僕たちを、古参の住民たちは驚きもせず横目でちらりと見て、この村に移住してきたばかりの新参者たちは少し驚いた顔で見ている。
グレートボアが引きずられていく光景はここに来てまだ日の浅い住民にとっては珍しいだろうけど、開拓初期からいる者にとっては日常の一風景だ。
夏真っ盛りの6月後半。開拓地はまた賑やかになっている。
実家の土地を継げない自作農の次男以下が新天地を求めて続々と移住してくるのはもちろん、奴隷も増えた。
奴隷商が大量の農奴や労働奴隷を馬車に乗せて出張販売のようなことを定期的に行っていて、そのたびに領主であるヨアキムさんや彼の従士たち、余裕のある自作農が購入している。
その影響もあって、最初は平民ばかりだったクレーベルの人口は奴隷階級の比率が徐々に増えて、ジーリング王国の一般的な人口比に近づきつつある。
ヨアキムさんの従士時代の友人たちがさらに追加で従士として加わって、さらに初期の開拓民から有望な農民が従士に取りたてられたりもしたので、バルテ士爵家に仕える従士家は12にまで増えていた。
クレーベルの人口からすればこの従士の人数はかなり多いけど、今も成長著しいこの村の状況を考えると、これでもいずれ人手が足りなくなるだろう。
人口が増えて農業が活発になれば、家や納屋などの建築の需要が増えて、農具や屋内設備のために鍛冶屋の需要も増える。
職人の移民も少しずつ増えていて、ドミトリさんやデニスさんを中心に、小規模ながら職人ギルドも設立されていた。
隊商などの行き来が多いことから、既に宿屋も2つ出来ている。
1年前はたったの数十人で集団生活を送っていたのが嘘のような発展ぶりだった。
「アサカ様と姐さんに報告があります」
狩ったグレートボアを解体場に預けて今日の仕事の終了を宣言しようとした僕に、ヴォイテクさんがそう切り出す。
僕が名誉士爵に叙されたことで、ヴォイテクさんの僕に対する呼び方も「リオの旦那」から「アサカ様」に変わった。僕の方も立場上、彼に敬語は使わなく(というか使えなく)なっている。
「何? どうしたの?」
「俺たち『荒ぶる熊』ですが、8月でヨアキム様との契約が終わることになりました。なので、それでクレーベルを去ります。それ以降の魔物狩りでは、バルテ士爵家の従士たちが持ち回りでお2人の護衛を務めるそうです」
「……そっか」
もともと開拓地の護衛を務める冒険者は、ひとまず1年の契約でヨアキムさんに雇われていた。
今では僕のゴーレムの戦力が圧倒的だと分かり、クレーベルや街道の周辺も安全が確保されて久しい。
おまけに今は十分な人数の従士が集まっていて、さらに自作農の男たちにも賦役として戦闘訓練が行われている。ひとつの村の戦力としては十分すぎる。
なので、3パーティーいた護衛冒険者のうち、他の2パーティーは6月頭に契約を終えて、既に村を去っていた。
従士たちが来たばかりで仕事のローテーションが組めていなかったこともあって、『荒ぶる熊』は僕たちの護衛として2か月の契約延長が言い渡されていたけど、正式に終了が決まったらしい。
「長らく世話になりました。これで――」
「そのことなんだけど、少し話したいことがあるんだ。装備を解いて少し休んだら、僕の家に来てもらってもいいかな? ひとまずヴォイテクさんだけでいいから」
今のうちに言っておくべきだろう。そう思って、ヴォイテクさんの挨拶を遮る。
この件について既に話していたマイカは何も言わない。
「はい? はあ、分かりやした」
要領を得ない顔のヴォイテクさんにそう言い残して、僕は自分の家に帰宅した。
――――――――――――――――――――
「ご主人様、ヴォイテク様がいらっしゃいました」
「ああ、ありがとうカノン。通してあげて」
帰宅して一息ついた頃、ヴォイテクさんが訪ねてきた。
「失礼しやす」
「いらっしゃい。とりあえずそこに座って」
まだ呼ばれた理由が分からないらしいヴォイテクさんが、少し戸惑ったように椅子に腰かける。
テーブルを挟んだ向かい側に僕も座った。
カノンがヴォイテクさんと僕の前にお茶の入ったカップを置いて下がったところで、早速本題を切り出した。
「今日来てもらった理由なんだけどね。知っての通り僕は先月、名誉士爵に叙された。それと併せて、ルフェーブル子爵閣下からは『特務省長官』という役職を賜っている」
僕の話をじっと聞くヴォイテクさん。
「今はこのクレーベルを拠点に魔物狩りをする日々だけど、いずれはさらに奥地の開拓なり、また別の場所での任務なり、色々な仕事を命じられるようになるだろう。そうなったときのために、僕も従士を持つべきだ、と閣下は仰っていたんだ」
そこまで聞いたヴォイテクさんが、ハッとしたように眼を見開く。どんな要件か察しがついたらしい。
「僕の従士に必要な条件は、僕の護衛を務められる戦闘力と、僕の仕事の補助ができる知力。そして、僕自身がその者を信頼できること。その全てを満たしている人材に僕は心当たりがある」
ゴーレムがいるので『荒ぶる熊』の皆が直接戦うところは見たことがないけど、もともとそれなりに名の知れたパーティーだった彼らの実力が高いのは、周囲の評判を聞いても明らかだ。
何度か冒険者たちの戦闘訓練の様子を見たことがあったけど、素人の僕から見ても、『荒ぶる熊』が他の2パーティーよりかなり強いのは分かった。
新人のイヴァンでも平均以上、リーダーのヴォイテクさんは、そこら辺の冒険者とは一線を画す強さだった。
それに、リーダーとして依頼の場で貴族と話すこともあったという『荒ぶる熊』の皆は、公的な場での礼儀作法についても実はしっかりとした知識がある。ただ腕っぷしが強いだけの冒険者じゃない。
彼らは僕の従士として申し分のない人材だ。それに何より、長く接してきて気心も知れている。
「ヴォイテクさん。いや、ヴォイテク・シュヴァイガー。僕リオ・アサカは、君を従士として登用したい。君だけじゃなく、『荒ぶる熊』の5人全員をだ」
「……本当によろしいのですか。てっきりあなたはルフェーブル閣下から従士家の次男以下の人材でも紹介されて登用するものかと」
「確かに閣下から一度はそう仰っていただいたけどね。部下にするならよく知らない者より、実力があって信頼できると分かっている者がいい。僕は君たち全員を信頼している」
未だに驚きの表情を浮かべるヴォイテク。僕は説明を続ける。
「ひとまず君には従士長として年給5万ロークを、エッカートとタマラとヴィクトルには3万5000ロークを、イヴァンには2万ロークを払う。今年は来月からの半年分を払う」
僕が将来どこかに領地をもらってそこに腰を据えない限り、彼らも定住して自身の農地や農奴を持つことはできない。
それを踏まえて、名誉士爵の従士としてはかなり高額な年収を提示した。不満はないはずだ。
何より、従士家という固い立場を、子孫に受け継ぐことができるのは魅力的な話だろう。
「僕は今は名誉士爵なので爵位は一代限りだけど、来訪者としての寿命が尽きるまでには士爵以上になるつもりだ。そうなれば君たちの子孫にも従士家の地位は受け継がれていく。悪い話ではないと思う。一度、他の皆とも話し合ってみてほしい」
そう言って、ひとまず彼を下がらせた。
それから1時間ほど経って、今度は『荒ぶる熊』の5人全員が訪ねてきた。
うちの居間に入った彼らは、全員が僕の前に膝をついて頭を下げる。
「リオ・アサカ名誉士爵閣下。私ヴォイテク・シュヴァイガーは、この度いただいた従士登用の打診について、謹んで拝命致します。私はあなた様の従士として、忠節を尽くすことをここに誓います」
まず最初に、ヴォイテクがそうはっきり言った。
その後には4人が続いて、それぞれ同じ口上を述べる。
「そうか、ありがとう。僕も主として、皆の忠節に報いることを誓うよ」
「はっ。……アサカ閣下、ひとつだけご相談させていただきたいことがあるのですが、申し上げてもよろしいでしょうか?」
「うん。何かな?」
何だろう。何か説明し忘れたことでもあったかな?
「私は……この機会にタマラと夫婦になろうかと思いまして、従士家の数については4家となっても構いませんでしょうか。後になって申し出るより、最初にお伝えした方がいいかと思いまして……もちろん、夫婦そろって閣下の下で尽力しますことには変わりはございません」
……ほう。そうかそうか。この2人はそうなのか。
立場が不安定で早死にしやすい冒険者は、生涯独身が普通だと以前ヴォイテクから聞いたことがあった。
今までは立場上、あえて結婚はしてなかったということか。
「もちろん構わないよ。是非そうして」
「はっ。感謝申し上げます」
こうして、冒険者パーティー『荒ぶる熊』は解体されて、その全員が僕の従士になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます