第36話 調査任務。
結婚式から数日後。いつものように魔物狩りを終えてクレーベルに帰ってくると、
「アサカ閣下。バルテ士爵閣下がお呼びです。ご帰宅後、休息を終え次第、行政府まで来ていただきたいとのことです」
とヨアキムさんの従士の1人が伝えてきた。
一度帰宅して装備を解き、一息ついたところで、カノンに「ヨアキムさんが呼んでるらしいからちょっと行ってくるね」と伝えて家を出る。
バルテ士爵家屋敷とは別に最近建てられたばかりのクレーベル行政府に着き、会議室に通されて待っていると、すぐにヨアキムさんも部屋に入ってきた。
「すまんなリオ、帰ってきて早々に」
「いえ、全然大丈夫です。何かありましたか?」
「ああ。先日の結婚式のときにルフェーブル子爵閣下からリオにも話があったと思うが……クレーベルからさらに北西の方に一度調査隊を送れないかと相談されてな。その話をしたかったんだ」
「ああ、あの件ですか」
ルフェーブル子爵領の北西部には、もともと4つの村と1つの街があった。
このうちクレーベルは住民の避難が間に合ったものの、残り3つの村と1つの街は69年前に亜竜によって壊滅して、生存者はほぼいなかったらしい。
そのときに滅びたのがパドメという街で、位置はこのクレーベルよりもさらに北西の方向。かつては領内で第二の都市だったという。
亜竜やその他の魔物によって住民はほぼ皆殺しにされたとはいえ、石造りの街自体は今もそれなりに原型を保っているはず。どうなっているか知りたい。
さらに言うと、一族全滅したパドメ領主の財産や、交易のために置かれていた貨幣など、おそらくかなりの金品がそのまま遺されている。できれば回収したい。
なので、できればクレーベルで調査隊を編成して一度様子を見に行ってほしい……という話を、こないだ会ったときにルフェーブル子爵から聞いていた。
「ただ、これはあくまで君たちに余裕があればの話だ。無理だけはしないでくれ」と念を押されたけど。
ヨアキムさんにも同じ話しがあったらしい。
「俺としては、リオとゴーレムたちの実力、それにマイカ殿のギフトがあれば、ここよりさらに北西部にも進めるんじゃないかとは思う。それにここからパドメまでは、馬でも急げば1日でたどり着ける距離らしい。ゴーレムの足ならもっと速いだろう」
「確かに、僕たちなら問題なく見に行けるでしょうね……特務省の初仕事として調査してみてもいいかもしれません。マイカや僕の従士たちと一度相談していいですか?」
「ああ、もちろんだ」
僕の問いかけに、ヨアキムさんはそう言って頷いた。
――――――――――――――――――――
「――というわけで、僕は北西部の調査に行ってみてもいいんじゃないかと思ったんだけど、皆の意見がほしい」
ヨアキムさんとの話し合いの後、僕は自分の家にマイカと従士たちを集めて事情を伝えた。
「あたしも行ってみてもいいと思うな。正直、最近は毎日同じ作業のくり返しでマンネリ化してきてるのもあるし」
真っ先にそう答えたのはマイカだ。
「確かに、何か月も淡々と魔物狩りばっかりしてるもんね」
森に出て魔物を狩って帰って、また次の日も森に出て……をくり返す日々は、淡々としてて気楽ではあるけど、やっぱり飽きる。
その点では、長年放置された都市の跡地を見に行くのは、気晴らし……というのは変だけど、いい刺激にはなるだろう。
「俺も調査に向かうのは賛成ですが……アサカ閣下とマイカ殿、それに俺たち従士全員で行くとなるとさすがに多くなりすぎますな。移動手段はゴーレムなんでしょう?」
今では僕の従士長となったヴォイテクは、そう提案してくる。
彼の話し方は、言葉遣いそのものが冒険者時代よりも少し丁寧になった印象があった。
「そうだね。パドメまでは道もまともに残ってないだろうから、ゴーレムの背中に抱えられて移動することになる。パドメの金品を回収できたら帰りは荷物が増えるから……僕とマイカと、あと2人くらいが限度かな」
「そうなると、同行するのは俺とエッカートがいいでしょうな。俺以外ではこいつが一番腕っぷしが強い。いざというときは役に立つでしょう」
「もちろんでさあ。任せてくだせえ旦那、じゃねえ閣下」
元々お調子者のエッカートは、従士になってからもこんな感じだった。
「分かった、そしたら今回は2人に頼もう。ヨアキムさんにもそれで伝えとくよ。出発はたぶん1週間後くらいになるかな」
――――――――――――――――――――
特務省の面々で調査に行くと決定したこと、編成は僕、マイカ、ヴォイテク、エッカートの4人になることをヨアキムさんに伝え、その後は細々とした話し合いをする。
ルフェーブル子爵から渡されていた資料をもとにパドメまでの道のりや地形、パドメ内部の作りなどをヨアキムさんと確認して、調査するとしたらどの建物・どの地区を重点的に見るべきかなどを相談した。
こうして何度か打合せを重ねて、いよいよ調査への出発の日になる。
「ご主人様、どうかお気をつけて……」
「大丈夫だよカノン。絶対に無理はしないし、何かあったら引き返す。ちゃんと帰ってくるからね」
少し不安げなカノンをそう言って抱きしめて、キスをしてから家を出る。
集合場所である行政府前にゴーレムを引き連れて行くと、既に調査隊の他メンバーは集まっていた。
「ごめん、遅れた」
「大丈夫よ。まだ集合時間前だし」
ちょうど集合時間になる頃にはヨアキムさんもやって来て、見送りをしてくれる。
「それでは皆くれぐれも気をつけてな。決して無茶はせず、調査が厳しいと思ったら迷わず戻ってきてほしい」
「ええ、分かってます。遅くとも明日の夕方までには帰ってきますよ」
安全を優先するようあらためて言葉をかけてくれたヨアキムさんにそう答えて、僕たちは出発した。
それから数時間、特に不測の事態も危険な場面もなく、順調に進む。
パドメまでは、ゴーレムの足なら順調に進めば半日もかからない距離。
今まで魔物狩りをしていなかった方角なのでさすがに多少は魔物の数が多いものの、グレートボア級が今さら1匹や2匹出てきたところでゴーレムの敵じゃなかった。
不安定な地形をずっとゴーレムの背に揺られて移動していては僕たちがもたないので、途中で何度か休憩を挟む。
「こうして道のないところを進んでると開拓初期を思い出すな……」
「最初も道が森に埋もれたような地形を進んでたよね。懐かしい」
開拓団と一緒に道なき道を進んで、初めて見るオークやグレートボアの巨体に驚きながらゴーレムを戦わせていたのももう1年以上前。
その当時を思い出しながら未知の土地を突き進むのは、最近クレーベルを中心に単調な魔物狩りばかりしていた僕たちにとっては少しワクワクさせられるミッションだった。
普通なら恐れ慄くような魔物がひしめく魔境の中で「ワクワクする」なんて思えるのも、ゴーレムを従えている僕たちだからこそだ。
「そういえば、このあたりの魔物の強さもクレーベルらへんと変わらないのね。もっと危険だったりするのかと思ってたけど」
「そりゃあそうでしょうよ。もともとグレートボアやオークより強い魔物なんてそうそういないんですから」
マイカの呟きにエッカートが答えた。
この北西部奥地ではいつもの魔物の他にも、ハングリーラビットという巨大な肉食ウサギの魔物や、レッドリザードという全長数mの赤いトカゲの魔物なんかがいた。
だけど、強さで言えばどちらもグレートボアやオーク以下。
グレートボアを軽々と倒せる時点で、ゴーレムの強さはこの地域でも頂点にあると言える。
「この調子なら、あと1時間もあればパドメに着けるでしょうな」
このあたりの地図と、方位を確認する魔道具(ヨアキムさんからの貸与品だ)を確認していたヴォイテクがそう報告してくれる。
「そっか。それなら予定通り昼前には到着だね」
――――――――――――――――――――
ヴォイテクの言う通り、休憩を終えて出発してから1時間ほどで、パドメの跡地と思われる城壁の残骸の前まで来た。
「ここか……」
「さすがに城壁はだいぶ崩れちゃってるね」
「いくら石造りとはいえ、70年近く経ってますからね」
ゴーレムを降りて、そんな会話を交わしながら城壁に近づいていく。
崩れて積みあがった城壁に上ってみると、
「うひょお。こりゃすげえな」
そんなエッカートの呟きどおり、目の前には壮観な景色が広がっていた。
かつてルフェーブル領で第2の都市だったというパドメ。その市街地は、今では朽ち果てた建物がひたすら並ぶ遺跡と化している。
「なんか、世界遺産とか見てるみたい……」
「分かる。確かにそんな感じだね」
こうしてしばらく景色に見とれて満足してから、早速調査に移ることにする。
「マイカ、ここから探知で見たパドメ内部はどんな感じ?」
「えーっとね……弱い魔物の群れがいくつかいるわね。どれもゴブリンとかコボルトだと思う。廃屋に住み着いてるみたいね」
「目的地までの進路上には群れはいる?」
ヴォイテクに地図を広げてもらい、それを確認しながらマイカに聞く。
今回の目的地は、かつてのパドメ領主の屋敷と、パドメの交易都市としての中心地だった大商会の建物の2か所だ。
「ちょっと待ってね……こっちの領主屋敷の方は大丈夫。そこから商会跡地に行こうとしたら……このあたりで群れとぶつかると思う」
「じゃあ、ひとまず領主屋敷の方から見てみようか。周りの建物が崩れやすくなってるだろうから、隊列の外側にはゴーレムを配置して、できるだけ広い道の中心を進もう」
そう注意事項を確認して、僕たちはいよいよパドメの内部へと踏み込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます