第28話 人を通す。
「やっぱりこっちに近づいてきてるみたいね。木が倒れる音に反応してるみたい。リオ、対応をお願い」
「オッケー。じゃあシュンさん、一旦作業をストップしましょう。僕がゴーレムで迎え撃ちます」
次々に木を切り倒していたら大きな音が響く。その音に反応して、まれに魔物が近づいてくることがあった。
作業を中断して少し経った頃、森の中から巨体が近づいてくる。オークだ。
こちらに気づいて吠えながら走り出したオークに、僕の傍に控えていたルークを突っ込ませる。
オークが殴りかかってくるのを横に跳んで躱し、腕を振りぬいて隙ができたオークの頭を鉄槍で素早く突き抜いた。
「……オークでも一瞬か。ゴーレムは相当強いって聞いてたけど、本当なんだな」
これまでの作業中にもコボルトやブラックフット、ホーンドボアが出てきたことはあったけど、オークほどの強敵は今回が初めてだった。
それすら簡単に仕留めたゴーレムの強さを見て、シュンさんも驚いているらしい。
一方で、こんな光景をとっくに見慣れているマイカは「これでまた儲けが出たわね」なんて言っている。
これからは、魔物から得られる利益は丸ごとヨアキムさんの開拓地領主としての収益になる。
魔物狩りは「ルフェーブル北西部から魔物の危険を排除する」という目的だけでなく、「開拓地に収益をもたらす」という意味合いも強くなってきた。
そこで、僕とマイカは魔物狩りから得られる利益の5%ずつを、討伐報酬としてもらえることになった。
なので最近、僕たちは魔物の襲来を「お金が自分から走ってくるボーナスタイム」だと感じるようになっている。
「オークだから、魔石と素材を合わせたら2万ロークはいくかな?」
「そうね、報酬は1人あたり1000ローク以上。美味しいボーナスだわ」
普通なら恐怖の対象でしかないオークも、僕たちにとっては歩く大銀貨だ。
――――――――――――――――――――
結局、シュンさんが来て1か月後には予定通りに街道の整備が完了した。
しっかりと踏み固められた道と、その両側に広がる平地。森に挟まれた危険な獣道ではなく、しっかりと「街道」と呼べるものが伸びている。
「壮観ね」
「だね」
最初は道とも呼べない平原や森を通り、その後は少しずつ道の整備をしてきた僕やマイカにとって、開拓地とシエールがこんなに立派な街道で結ばれたのは感無量だった。
「お役に立ててよかったよ。これで開拓地との流通がスムーズになればうちのエルスター伯爵領も潤うし、お互いWin-Winだな」
「ですね。本当にありがとうございます、シュンさん」
「シュンがいなかったら倍以上の時間がかかっていたと思うわ。ありがとう」
その日はもう時間も遅かったので、一旦開拓地へと戻る。
そして翌日、シュンさんをシエールまで送るために開拓地を出発した。街道の開通を報告するために、ヨアキムさんも一緒だ。
「本当に街道が完成したのだな……何というか、壮観だな」
「あはは、ヨアキムさん、この間のあたしと同じこと言ってますね」
「そうか? だが本当だろう。1年前は踏み込むことさえできなかった北西部の魔境に、これほどの街道が通ったんだ。シュン殿には感謝しかない」
今日はゴーレムに馬車を引かせていたので、半日とかからずにシエールにたどり着く。
シュンさんはエルスター伯爵領から来ていた迎えと合流して帰ってしまうので、これでお別れだ。
「じゃあ、リオくんもマイカさんも元気でね。仕えてる領地も隣同士だし、きっとまた会うこともあるだろうからそのときはよろしく」
「はい、シュンさんもお元気で」
「帰りも気をつけてね」
――――――――――――――――――――
シュンさんと別れた後は、ティエリー士爵と今後の話し合いだ。
いつものようにシエール行政府の会議室で待っていると、それほど経たずにティエリー士爵が入ってきた。心なしか表情が明るい。
「無事に街道が通ったと聞いたぞ。3人とも本当にご苦労だった」
労いの言葉で迎えられる。士爵にとっても、自分の治めるシエールと開拓地とを自由に行き来できる道ができたのは相当嬉しいらしい。
「次はいよいよ人の行き来を試すことになるが、最初にそちらへ行かせるのは第3次の開拓民にしようと思う。それでいいか?」
「問題ございません」
ティエリー士爵の問いに、そう答えるヨアキムさん。
「よし。ではそれでいこう。時期はおよそ2週間後になるだろう。そちらでも受け入れの準備をしておいてくれ。そのときに商人も同行するだろう。ミケルセン商会の代表が来るそうだぞ」
「代表が自ら、ですか?」
「ああそうだ。開拓地は発展著しいからな。できるだけ早く商会の支店を置く気なんだろう」
ミケルセン商会は、エルスター伯爵領の領都ヴェルヒハイムに本店を構える、ジーリング王国北西部では最大規模の商会だという。
それほど大きな商会の代表が、わざわざ開拓地まで来る。ルフェーブル子爵領だけでなく、周囲の領地からも開拓地は大きな期待をされているらしい。
「それと、街道完成を以て、お前も士爵に叙されることが確定した。開拓地もお前の叙爵を以て『クレーベル村』となる」
ティエリー士爵のその言葉を聞いて、ヨアキムさんの手にぐっと力が入り、表情が引き締まる。
「そうなれば、お前も従士を抱える立場になるわけだが……候補はいるか?」
「はい。領軍にいた頃の同輩や、ケレンで従士として働いていた頃の後輩などに声をかけたい者が何人か」
ヨアキムさんは父親が早くに亡くなって20代で従士家の当主となったそうだけど、本来ならまだ親世代が現役で従士家当主をしているような年だ。
なので元同僚には従士家の次男以下が多く、その中から信頼のおける者を迎えて、新しく「バルテ士爵家に仕える従士家」を興させるらしい。
「そうか、では今この羊皮紙に名前をまとめてくれ。本人に連絡が回るようにしておく」
――――――――――――――――――――
翌日。開拓地に戻って、ヨアキムさんが開拓地の皆を広場に集合させる。
「――それで、5月の私の叙爵を以て、この開拓地は正式に『クレーベル村』として認められることになった。諸君の尽力のおかげだ。領主として礼を言おう」
その報告を聞いて、皆から歓声が上がる。
これで「開拓民」ではなく「クレーベル村に住む自作農」になるんだ。人生をかけてここへ来た農民たちにとって、これ以上喜ばしいニュースはないだろう。
報告を終えて広場を離れるヨアキムさんに、ティナが駆け寄って「おめでとうございますヨアキムさん!」と声をかけている。
この開拓地では、ルフェーブル子爵家の従士はヨアキムさんを除けばティナだけだった。
魔法使いとして能力を発揮するだけでなく、事務的な面でもヨアキムさんの補佐役になっていたのが彼女だ。
今回の報告は、ティナにとっても嬉しいことだろう。
――――――――――――――――――――
それからおよそ2週間後。ついに、シエールから第3次の開拓民たちがやって来る予定の日が来た。
ゴーレムに護衛させない、人だけでの初めての行き来だ。
「……無事に来ますよね!」
「大丈夫だよ。この2週間で街道周辺を何度もマイカと見回ったからね。少なくとも街道にオークやグレートボアが近づくようなことはまずないよ」
僕は村の物見台の上で、ティナと一緒に街道の方を見守っていた。
今では神殿の鐘楼ではなく、見張りをするためのちゃんとした物見台が作られている。
ちなみに、キュクロプスと戦った日にゴーレムでぶち壊した鐘楼も、今ではちゃんと直っていた。
物見台にティナが配置されたのは、光魔法で視力を強化して街道を見張り、シエールからの一行が来たらすぐに気づけるようにするため。
僕が配置されたのは、万が一魔物から追われながら開拓民たちがやって来るような事態があったらすぐにゴーレムを救援に向かわせるため。
こうして高いところで見張りをしながら喋っていると、開拓の初期、午前中ずっと周囲を監視していた頃を思い出す。
「やっと、やっと街道が完成して、クレーベルがまた村として認められるんです……ヨアキムさん、いつも開拓地のことを考えて、寝る間も惜しんでずっと頑張ってたんです。無事に街道の安全性が確認されてほしいんです」
……ヨアキムさんがこの開拓に凄まじい覚悟を以て臨んでいたのは僕たちも知っているつもりだけど、部下として間近でその奮闘を見てきたティナは、より強く彼に共感しているらしい。
「ヨアキムさんとティナが頑張って開拓地の運営を安定させてくれたから、僕やマイカや『荒ぶる熊』の皆で安心して魔物狩りを進めることができたんだ。今日まで念入りに魔物を排除してきたんだから、絶対に大丈夫」
「……ですよね!」
そうして話しながら街道を見張り続けていた数十分後。
「あ!来た!」
そうティナが嬉しそうに叫ぶ。魔法で視力を強化した彼女がやっと気づいたくらいだ。僕からはまだ視認できない。
数分経って、やっと僕にも一行が向かってくるのが見えた。
「私、ヨアキムさんに知らせてきます!」
そう言って物見台の階段を駆け下りていくティナ。
僕は一応シエールからの一行が開拓地内に入るまで見届けてから、足早に物見台を降りる。
一行が到着したことで、ついに安全に通行できる道が開拓地まで通ったと証明された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます