第29話 商談に臨む。
「諸君、よく無事に開拓地へたどり着いてくれた。私が開拓団の団長で、間もなく叙爵を受けてここの領主となるヨアキム・バルテだ」
第3次の開拓民たちを前に、ヨアキムさんがそう言葉をかける。開拓民たちも、これから自分たちの領主となるヨアキムさんにそれぞれできる限り丁寧な礼を返した。
今回の開拓民には農民だけでなく、ここで店を開くつもりの平民や工業関係の職人も多い。
その人数はこれまでで最大規模で、冒険者を除いた定住者だけの人数で考えると、開拓地の人口が一気に倍増することになった。
続いてヨアキムさんは、開拓民たちとともにやって来たゲストへと挨拶に向かう。
歩いていったのは一行の最後尾にある、華美ではないものの大きくて作りのしっかりした馬車だ。
そこから降りてきたのは、40代ほどの男性。
「ヨアキム・バルテ閣下。ミケルセン商会の代表、ヘンリッキ・ミケルセンと申します。本日は勝手ながら、こちらクレーベルへと足を運ばせていただきました」
「ミケルセン殿、ご訪問感謝いたします。ただ、私はまだ叙爵前の身なので『閣下』と呼ぶのはお控えください」
「これは失礼を。今後末永くお付き合いさせていただくことを思い、つい気持ちが先走ってしまいました。どうかご容赦ください」
そう言って人の良さそうな顔で笑うミケルセン代表……なんていうか、笑顔が好印象すぎてちょっと胡散臭い。
ちゃっかり「今後末永くお付き合いさせていただく」なんて言っているし、ヨアキムさんとの人脈をいち早く作ってここで大きく商売をする気満々なのがうかがえる。
「なんか、愛想はいいけど油断ならなさそうな人ね、あの代表」
「しっ。聞こえるかもよ」
ぼそっとそんなことを言ってくるマイカにそう返す。
相手は大商会を抱える商人なんだ。地獄耳を持ってたりするかもしれない。
と、ひそひそ話の話題の対象であるミケルセン代表が僕たちの方を見た。
「……!」「!!」
今の今まで勝手に噂していた相手に見られて、僕もマイカも何となく身構えてしまう。
人の良さそうな笑みを携えたままこちらに歩み寄ってきたミケルセン代表は、穏やかな口調で声をかけてきた。
「あなた方が来訪者リオ殿とマイカ殿でいらっしゃいますかな? お2人の御高名は私のようなしがない商人の耳にも入ってきております。お会いできて大変光栄に思います」
「……こちらこそ、ミケルセン商会の王国北西部でのご活躍は伺っております」
「お会いできて光栄です、よろしくお願いします」
なんとか表情を崩さず挨拶を返した僕たちに笑顔のまま頷いて、ミケルセン代表は馬車の方へと戻っていく。
と、彼に促されて、もう1人馬車から降りてきた人がいた。
たぶん若くはない、中年くらいの女性。身長は1mほど。種族はノームらしかった。
「ご紹介いたします。私の部下で、ミケルセン商会で番頭を務めるエイダ・ハーディングです」
「初めまして。エイダ・ハーディングと申します。皆様どうぞよろしくお願いいたします」
上司のミケルセン代表に負けず劣らず人の良さそうな笑顔で、その女性はそう名乗った。
――――――――――――――――――――
シエールからの一行が到着した翌日。
村の方ではまだ慌ただしく新しい開拓民たちの受け入れ作業が続いている中で、領主屋敷ではミケルセン商会との話し合いが行われることになった。
参加するのは領主となるヨアキムさんと、補佐・書記役として従士のティナ。
さらに、来訪者である僕とマイカもなぜか同席することになった。
僕たちは魔物狩りの利益から分け前をもらう立場なので一応は関係者だ、というのが理由らしいけど、ミケルセン代表が僕たちと話してみたいという目的もあるみたいだ。
「このハーディングは少し前まで、ソベラートにある当商会の支店で番頭を勤めておりました。ルフェーブル子爵領からエルスター伯爵領までの輸送・流通に詳しく、商人としての知識や実力も確かなものがあります」
ソベラートはルフェーブル領の中でも東側にある都市で、ルフェーブル領からエルスター伯爵領に街道を通って向かうなら必ず経由する場所だ。
そこで番頭、つまり支店長として長年働いていたのがこのエイダ・ハーディングさん。
寿命の長いノームということもあり、現在87歳、商人としては60年以上働いてきた経験があるという。
ベテランという言葉では足りないほどの熟練商人だ。
特にルフェーブル領からの流通に関しては、あらゆる情報を知り尽くした唯一無二の人材らしい。
「当商会は間もなくクレーベル村となるこの地に支店を設立し、ハーディングに番頭を務めさせたいと考えております。この地の発展のために微力ながらお力添えさせていただければと考え、急なことでご迷惑かとは思いましたが、今回このようにご訪問させていただきました」
つまり、発展著しいこの開拓地、もといクレーベルに、どの商会よりも早く唾をつけに来たということか。
いくら急速に開拓が進んでいるとはいえ、ここはまだ人口200人にも満たない小村でしかない。
そこに隊商の定期便などを通すのではなく、いきなり支店を構えるなんて異例だ。よっぽどここでの商売に期待しているらしい。
「つきましては、この地で得られる魔物の魔石や毛皮、素材の流通に関して、是非とも当商会に取り扱いをお任せいただければと思っております。当商会の販売網ならば、ルフェーブル子爵領外への流通に関しては最大限の利益を上げられますでしょう。そうなると、この地の魔物狩りによる収益も最大化されるものと存じます」
「……それは大変ありがたい申し出です。ミケルセン殿」
「ほほう、それでは「だが、魔物狩りの成果物の全てをミケルセン商会へ販売するというのは承諾しかねます」
勝ちが確定した、という顔をしたミケルセン代表に、ヨアキムさんがそう返す。
「はて、何か問題がございましたでしょうか? 我々はエルスター伯爵領の商会ですが、領を超えて商売をする際の関税についてはもちろんルフェーブル閣下へ規定の割合をお支払いいたします。ルフェーブル子爵領も大きく潤うのは間違いございません」
「もちろん、それは理解しています。ですが私はルフェーブル子爵領に仕える身です。ルフェーブル領内の商会にも、今後クレーベル村の商売に関わる機会を与えたい。魔物狩りで得られる成果物の半分程度はルフェーブル領に拠点を置く商会へと回すつもりです。この点に関しては交渉の余地はありません」
「……なるほど、ルフェーブル子爵領の発展を願うバルテ様のお気持ちは理解いたしました。それでは、そのようなかたちで是非お取引を願いましょう」
ヨアキムさんの言い切る口調に対して、ミケルセン代表は笑顔を一切崩さずにそう返す。
ここでごねるのは得策ではないと即断したらしい。
「それと、もうひとつお願いしたいことが」
「何でございましょう? 我々でお力になれることであれば、是非うかがわせていただきます」
「今後、このクレーベル出身の者を、こちらの支店で従業員として雇っていただきたい。私はこの地を一農村ではなく、都市へと発展させていきたいと考えております。商業の働き口もできるだけ増やしていきたいのです」
「……かしこまりました。最初は下働きの丁稚からとなりますが、よろしいでしょうか?」
「もちろんです」
――――――――――――――――――――
表面上は穏やかな、だけど気を抜けない話し合いが終わって、ミケルセン代表とハーディングさんが退出した後。
「商談なんて経験もないし、くたびれたよまったく」
「お疲れ様でした、ほんとに」
ため息をつきながら椅子の背にもたれるヨアキムさんに、ティナが労いの声をかけた。
「でも、大商会の代表を相手にしっかり話せたんじゃないですか?」
「まあ、魔物狩りの成果物の取引割合を決めるだけだからな。この程度で押されたりしたら領主失格さ」
「……なんかあの代表の人、笑顔だけどちょっと怖いですよね」
「ああ、分かる。あたしも話しかけられたとき、何て返せばいいか戸惑ったもん」
僕のつぶやきにマイカがそう答える。
仕事の話が終わった後、僕とマイカはミケルセン代表から「ご活躍はかねがね聞いている」「商売をすることがあれば当商会にお声がけを」と色々話しかけられた。
下手に何か言質をとられるのも嫌だったので、曖昧な返事で交わすのに苦労した。
「商談への来訪者の同席を希望したのもあの代表だからな。ああして君たち話しかけて、いずれもっと出世するであろう2人へのつながりを作りたかったんだろう。特にリオ殿はもうすぐ貴族になるからな」
やっぱりそういうことか。
どんな言葉や行動の裏にも「利益のため」という目的が見える人と話すのは疲れる。
別にあの代表が悪人というわけではないし、むしろミケルセン商会は誠実な商売をしていると評判もいいらしいんだけど。
商人ならではの、魔物とは違った恐ろしさを持つ人だった。
「そういえば、どうして最後に従業員を雇わせる約束をしたんですか?」
「今後この村の出身者がミケルセン商会で働くようになれば、王国北西部で最大規模の商会と、商取引だけじゃないつながりを持てることになるからな」
ティナの質問にヨアキムさんが答えた。
「いずれうちの出身者がミケルセン商会の中で出世していけば、この地域の大きな魔物が狩り尽くされて取引が終わった後も、あの商会とクレーベルのつながりが残り続ける。それに、うちの出身者がいずれあの商会で経験を積んで独立したりするようなことがあれば、クレーベル発の商会も誕生していくだろう」
「なるほど……そこまで考えていたなんて、凄いですヨアキムさん!」
ティナがそう言ってヨアキムさんを称賛する。まるで僕を褒めるときのカノンみたいだ。
ヨアキムさんは、本気でこのクレーベル村を都市まで成長させるつもりらしい。
「開拓団の団長」ではなく、「ひとつの村を治める領主」へと変わっていく彼の一面を見た気がした。
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