第27話 道を通す。

 エルスター伯爵との会談を済ませた夜、僕とマイカとヨアキムさんは、ルフェーブル子爵と食事を共にしながら今後の話をしていた。



「5月にはリオ殿は名誉士爵に叙されるが、そうなると正式に私に仕える下級貴族となる。それでよいかな?」


「もちろんです閣下。光栄に思います」



 ルフェーブル子爵には単にゴーレムをもらっただけでなく、僕が価値を発揮して生きる道を示してもらった。まだまだ返しきれない恩がある。



 それに、人柄も信頼できる人だと分かっている。これからずっとこの世界で生きていくんだから、こういう人のもとに身を置きたい。



「それはよかった。そして、その時期には街道も完成するだろう。開拓地も正式にクレーベル村とし、ヨアキムも士爵へと叙する予定で進めよう。困難な開拓だが、よくぞここまでやり遂げたな」


「……光栄です、閣下」



 ヨアキムさんは神妙な表情で、力強く答えた。



「さて、それでだ。ヨアキムは領地持ちとなるが、リオ殿は私に直接仕える下級貴族となる。そうなると、子爵領行政府での位置づけをどうするか考えねばならない」



 ルフェーブル子爵領も他の多くの上級貴族領と同じく、領地運営のための行政府を持っている。


 その内部はいくつかの部署に分かれているものの、ざっくり文官と武官に分けられる。



 武官は開拓出発前に訓練をしてくれたラングレー士爵がトップに立ち、文官のトップにも専任の士爵がいるらしい。



 そこへ、いきなり僕が下級貴族として加わることになった。



 おまけに、開拓での働きが反映されて、僕とマイカ今年の年給は50万ロークに大幅アップするらしい。そうなると、ラングレー士爵や文官トップの士爵よりも遥かに高給取りになってしまう。


 僕が彼らの下に位置づけられたら、待遇や力関係が問題になる。



「そこで、リオ殿の所属先として、新たに特務省を設立することにした」


「特務省……ですか?」


「そうだ。と言っても、特に決まった仕事内容や役目があるわけではない。君を置くための形式的な部門だな」



 子爵の直接の家臣になった後も、僕はマイカと一緒に当分クレーベル村に拠点を置いて開拓を手伝うことになる。



 いずれクレーベル村の運営に来訪者が必須ではなくなれば、さらにその先の開拓を進めるなり、子爵のもとで他の仕事をするなり、新しい役目を持つ。


 言わば、僕とゴーレムたちは、領内で臨機応変に立ち回って働く遊撃部隊になるわけだ。



 そのための肩書として、僕には「ルフェーブル子爵領行政府 特務省長官」という役職が与えられるらしい。



「そして、マイカ殿も食客扱いではなく特務省の所属というかたちにしたい。ゆくゆくは君にも名誉士爵の位を与えて、正式に子爵家の庇護下に加わってもらいたいと思っている。どうかな?」


「光栄です!ぜひお願いします!」



 仕事や生活は変わらないものの、これで僕とマイカは正式にルフェーブル子爵領の行政組織に所属する一員になる。


――――――――――――――――――――


 翌日には開拓地へと帰る僕たちに、シュンさんも同行する。


 今回は話し合いのために急ぎで来ていたので、帰りもゴーレムに馬車を引かせながら一気に移動した。



「ここが開拓地か……たった半年でここまで村を作り上げたんだろ?凄いな」


「まあ、もともと廃村だった場所で一部の建物も残ってたので、まったくのゼロから開拓したわけじゃないんですけど……それでも、かなりいいペースで進んでますね」



 すでに「村」と呼んでいいほどに発展している様子を見て驚くシュンさんにそう返す。



 年が明けてから新しい開拓民や労働冒険者もやって来て、人口は3桁に達した。さらに、第3次の開拓民の募集もされているらしい。


 この3次開拓民には、農民だけでなく、追加の魔石職人、魔物の毛皮や素材を扱う職人、宿屋などの店舗経営者も集まっているそうだ。



 シュンさんは滞在中、ヨアキムさんの住む領主屋敷に宿泊することになる。



 そちらに荷物などを置いてもらい、屋敷の会議室で街道整備の具体的な工程確認に入った。ヴォイテクさんたち『荒ぶる熊』のメンバーも一緒だ。



「――では、伐採が万事順調に進めば、ちょうど1か月ほどで街道整備も完了するだろう。開始地点から7割までの工程で得た木材は開拓地に、以降のものはエルスター伯爵家の木材としてシエールに運ぶ、ということでいこう」



 会議の翌日から、早速伐採にとりかかることになった。


――――――――――――――――――――


「じゃあ、魔法を使うね……それっ!」



 そう言ったシュンさんの手から衝撃波が放たれて、目の前の木を通り抜ける。と、木はその切断面からゆっくりとずれて傾いていき、地面に倒れた。



「うわっすごっ……!」



 横でマイカが呟く。うん、確かにこれは凄い。



「ゴーレムを使っても1本切り倒すのにそれなりの時間がかかるのに、それを一瞬ですか……」


「普通は木を切るなら『風の刃エアカッター』でも何発かかかるらしいんだけどね。俺はギフト持ちだから、魔力効率を落とさずに威力を上げられるんだ」



 魔法は種類ごとに効果範囲や威力がある程度決まっていて、多少は注ぐ魔力を増やしたり減らしたりして調節できるけど、無理やり1発の威力を数倍まで強めたりすると途端に魔力の消費量が跳ね上がるらしい。


 だけど、『魔法の才能』系のギフトを持つ来訪者たちなら、この世界の一般的な魔法使いよりも魔法の調節の融通が利く。


 だからこそ、シュンさんは「精神集中・魔法生成・発動」という過程を何度もくり返すことなく、一発の魔法で数発分の威力を発揮できるそうだ。



「にしても、ほんとに『攻撃魔法』って感じね……初めて見たかも」


「確かに、こういうタイプの魔法を見るのは僕たちは初めてだね。凄い」



 開拓地には光魔法使いのティナがいて、開拓作業中に怪我人が出たり、冬に病人が出たりしたときに、彼女が回復魔法を使っているのは何回か見たことがあった。


 ティナの手から光が出て怪我人や病人がみるみるうちに回復していくのも凄かったけど、シュンさんの魔法はそれとは違った衝撃がある。



「驚いてもらえてよかったよ。どんどん切っていくから、周囲の警戒や運搬の方よろしくね」


「ええ、任せて!」「頑張ります。ゴーレムが」



 切り倒した木は街道まで付いてきてもらった労働冒険者たちに枝を落としてもらい、それをゴーレムが開拓地まで運ぶ。


 シュンさんのおかげで、街道整備は当初想定していた数倍以上のスピードで進んでいった。


――――――――――――――――――――


 仕事を終えて夜には、シュンさんと夕食を共にすることも多い。


 僕とマイカはほとんどずっと開拓地で暮らしてきたので、外の情報を色々と見聞きしてきたシュンさんの話は貴重だった。



「そっか、『一つ目殺しの人形使い』か。それはまたインパクトのある二つ名だね」


「自分的には、ちょっと怖い呼び方だなあと思ってるんですけどね……」


「でも、他にも二つ名で呼ばれてるような来訪者はけっこう多いらしいよ?」


「他にもいるの?どんな二つ名?」



 シュンさんの話に、マイカがそう返す。



「そうだな、例えば……王宮別館にいた頃、皆のまとめ役になってくれてたユウヤさんっているだろ?あの人、土魔法で穀倉地帯に新しい耕作地をもの凄い勢いで作り上げてるらしくてね。『畑将軍』なんて呼ばれてるらしい」


「それは……」「ちょっと微妙かも……」


「あははは、俺も正直そう思うよ。後は、『爆炎のアキラ』なんて呼ばれてる火魔法使いが西部のアンベール辺境伯のところにいたな。その人は周りから呼ばれるようになったんじゃなくて、自分からそう名乗ってるらしいけど」


「自分からなの!?」


「ああ。かなり目立ちたがり屋な人らしくてね。ほら、アンベール辺境伯領ってアルドワン王国との紛争の最前線だろ? 積極的に戦場に立って、もの凄い戦果を上げてるらしい」


「それ、人を相手に戦ってるってことよね?色んな意味で凄いわ……」


「だね。俺も攻撃魔法はけっこう色々使えるつもりだけど、さすがに人間を相手に戦争できる気はしないよ。せいぜい魔物相手までだな」



 僕も、いくらゴーレムたちがいるからといって、自分から進んで戦場に立ちたいとは思えない。


 自称とはいえ「爆炎のアキラ」なんて二つ名が王国北西部まで知られるくらいだから名前に見合う強さがあるんだろうけど、とても真似はできない。



「ああ、アルドワン王国といえばさ。あっちの国の領土内にもやっぱり来訪者が召喚されてるらしい」


「ってことは、あっちも戦場に出てきてるってこと?」


「そうそう。その『爆炎のアキラ』が戦ったわけじゃないらしいけど、戦場で人間離れした強さを発揮してた男が敵側にいたらしくてね。兵士たちの話では、ほぼ確実に来訪者だろうと言われてるそうだよ」


「……」



 これはかなりショッキングな情報かもしれない。


 今でこそ魔物がひしめく魔境を挟んでいるけど、ルフェーブル子爵領も一応はアルドワン王国と隣り合う位置にある。


 もしかしたら、向こうも来訪者を使ってこちらの方角に魔境の開拓を進めているかもしれない。


 どちらにしろ、西の方向に開拓を進めていけば、いつかはアルドワン王国と直に国境を接することになるだろう。



「……いつか、向こうの来訪者とぶつかるようなことがないといいけど」



 マイカも同じことを考えていたみたいで、少し暗い顔でそう呟いていた。

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