第26話 援軍が来る。

「エルスター伯爵家からの援軍、ですか……?」



 そうヨアキムさんがティエリー士爵に聞き返した。今は、年が明けて最初にシエールに来てからの会議中だ。



「昨年の開拓地での魔物狩り、あれで最終的に500万ローク近い成果が上がっただろう?魔石や素材の加工・販売でルフェーブル子爵領が相当に潤ったのは間違いないんだが、それを王国内に流通させる過程で、中継地点のエルスター領もかなり儲けたそうだ」



 ルフェーブル子爵領は、王国北西部にツノのように飛び出したかたちで領土を持っている。



 その真南ではタールベルク男爵領という領地がアルドワン王国と国境を接していて、この2領から王国内に向かうには、東隣で広大な面積を有するエルスター伯爵領を通る必要があった。


 大量の魔石や毛皮、魔物の牙や爪などが他領に売られるにあたって、このエルスター伯爵領も相当に潤ったらしい。



「それでだ。シエールの街道が通ることで開拓地からの魔石などの流通がより円滑になるのであれば、エルスター伯爵家が抱える来訪者を、街道整備の援軍として送らせてほしいとルフェーブル子爵家に連絡があったらしい」


「……なるほど」



 エルスター伯爵領が流通の中継地点としてより多く、より早く儲かるためには、開拓地とシエールを早く商人が行き来できるようになる必要がある。



 なので、エルスター伯爵は自領の来訪者を貸し出してでも街道の開通を急がせたい、ということか。



「まあ、エルスター伯爵ならこちらに対して姑息な工作などはされないだろう。お互いが得をするための純粋な協力の申し出と考えていい。ルフェーブル閣下もそうご判断された上でお認めになったのであろうからな」



 エルスター伯爵家は周辺の子爵領や男爵領といった小規模な領地をまとめる、王国北西部の盟主のような役割を務めている。


 すぐ隣に位置するルフェーブル子爵家とも繋がりは深く、信頼関係も厚いので、「協力するふりをしてこちらの開拓によからぬ茶々を入れてくる」ような心配はないらしい。



「では、こちらも迎える準備を整えておきましょう。リオ殿もそれでよいな?」


「はい、もちろんです」



 ルフェーブル子爵からの連絡では、1月の20日頃にはエルスター伯爵家の抱える来訪者がシエールに着くそうだ。


 伯爵本人が直々に連れてきて、顔合わせのためにルフェーブル子爵もシエールまで来るらしい。



 その頃に僕たちもまた開拓地からシエールに来て、挨拶を交わしたり街道整備の具体的な打ち合わせをすることで決まった。



 その後は開拓地から運んできた冬の分の魔物狩りの成果を確認してもらう。


 外で活動できる時間が少なかったので秋よりは大幅に減ったものの、それでも200万ローク近い金額になった。



「これで、ヨアキムのルフェーブル子爵閣下への負債は完済になる。以降の成果物は、開拓地の純粋な収入となる。後は街道が通ればお前も正式に叙爵だ。よかったな」



 開拓が始まってからわずか半年と少しで、開拓地は費用を回収して黒字になってしまったらしい。


 ティエリー士爵にそう言われて、ヨアキムさんは一瞬黙り込むと、



「そう、ですか……これでついに俺も、バルテ士爵家の復活を……」



 と、自身の挙げた成果を噛みしめるように呟いた。



 その翌日、開拓地への帰路で。



「リオ殿。これほど早くに開拓費用を回収して、開拓地がクレーベル村として独立できる目途が立ったのは、貴殿たち来訪者のおかげに他ならない。この恩は忘れない」


「いえ、そんな……開拓が順調に進んでるのは、ヨアキムさんの指揮があってこそです。僕もまだまだクレーベル村で働くんですし、これからもよろしくお願いします」


 ――――――――――――――――――――


 それから2週間と少しが経って、エルスター伯爵家の来訪者と顔合わせをする日が来た。


 顔合わせには僕もマイカも立ち会うので、初めて来訪者が2人とも開拓地を離れることになる。


 ゴーレムをいつもより多めに開拓地に配置して、いつものように早朝にシエールに向けて出発した。



 数時間後、シエールの行政府の会議室で、まずはルフェーブル子爵と顔を合わせる。



「リオ殿にマイカ殿、それからヨアキムも、久しいな。元気そうで何よりだ」



 半年以上ぶりに再会するルフェーブル子爵と、僕たちはそれぞれ挨拶を交わした。



「開拓の進捗は詳しく聞いている。凄まじい成果ではないか。既にルフェーブル領内の経済が上向き始めているぞ。リオ殿もマイカ殿も、私の期待以上の結果を出してくれているな」



 人口1万人の領地で、たったの数か月で数百万ロークもの利益が湧いて出たんだ。既に開拓の経済効果が様々な面で表れ始めているらしい。


 ルフェーブル子爵もかなりご機嫌らしく、表情が柔らかい。



「お役に立てて何よりです、閣下」


「僕も、ご期待にお応えできて嬉しいです」


「それに、キュクロプスまで斃したと聞いたぞ。それもリオ殿がほぼ単独で。まさに英雄だな」


「そんな……閣下からいただいたゴーレムたちのおかげです」


「だが、それもまたリオ殿の力に他ならん。叙爵の件は聞いていると思うが、後で詳しい話をせねばな」



 その後は、最近のケレンや子爵家の人たちの様子を聞いたり、逆に開拓地の話をしたりと、しばらくお互いの状況を語り合った。



「では、そろそろエルスター伯爵閣下とあちらの来訪者との顔合わせに入ろう」



 そう言って、ルフェーブル子爵がエルスター伯爵を呼ぶように行政府の従士に命じる。数分も待たずに、伯爵が来訪者を連れて入室してきた。



「開拓地からわざわざご苦労。私がエルスター伯爵家の現当主、グスタフ・エルスターだ」



 そう名乗るエルスター伯爵に、僕たちは平民が貴族に向ける礼をする。



 あらかじめ聞いていたけど、エルスター伯爵はドワーフだ。現在126歳で、200年近い寿命を持つドワーフとしてはまだまだ壮年の世代。


 なんというか、「ドワーフ」と聞いてイメージする通りのワイルドな人物だった。



「そっちの男の方が『一つ目殺しの人形使い』か?思ったより華奢だし、あまり勇ましいようには見えんな」



 いきなり僕に向かってそう言うエルスター伯爵。僕が戸惑ってルフェーブル子爵を見ると、



「ああ、リオ殿がキュクロプスを斃したことは近辺では既に噂になっていてな。そういう二つ名が付いているぞ」と説明された。



 とりあえず伯爵には「私はゴーレムを使って戦えますが、私自身は弱いので……」と苦笑いで返す。


 一つ目殺しの人形使いか……格好いいのかこれは?




「閣下、まずは挨拶を済ませませんと」


「おお、すまんすまん。こっちがうちの来訪者のシュンだ」


「初めまして。シュン・ミヤケと言います。よろしくお願いします」



 伯爵に紹介されて挨拶をくれたのは、20代前半、僕より少し年上くらいに見える男性。


 王宮別館にいた頃に見かけたかな?少なくとも直接話したことはない。優しげな表情で、いかにも好青年な雰囲気を漂わせていた。



「リオ・アサカです。こちらこそよろしくお願いします」


「マイカ・キリヤよ。よろしく」



 挨拶を済ませて全員が座り、ようやく話し合いに入る。



 シュンさんは「風魔法の才能」のギフトを持っていて、街道整備では「風の刃エアカッター」で森の木を切り倒すかたちで協力してくれるらしい。


 エルスター伯爵がシュンさんをこちらに「貸す」期間は、ひとまず1か月。


 それで街道の整備が進んだペースを見て、場合によってはもう少し長くシュンさんが力を貸してくれるそうだ。



「それでだ。木を切るからには木材が大量に出来るだろう?それなんだが、全部うちにくれんか?来訪者を貸す報酬代わりだ」



 そう伯爵が提案すると、ルフェーブル子爵が言い返した。



「全ては難しいですね。こちらも開拓地を抱えています。木材はいくらあっても足りない」


「……木を切るのはうちのシュンだぞ?」


「運ぶのはうちのリオ殿のゴーレムです。それに、木材が手に入るのも、うちがここまで開拓を進めてきたからでしょう」



 険悪、とは言わないまでも、ピリッと張り詰めた空気が漂う。どちらも貴族家当主だ。引く気配はない。



 思わぬぶつかり合いを前にして息を飲む。隣のマイカも緊張した様子だ。ヨアキムさんまで固まっている。


 前を見ると、シュンさんも予想外の事態なのか、表情が強張っていた。



 と、その張り詰めた空気をエルスター伯爵がいきなり断ち切った。



「……ぶっはっはっは!冗談だよ!いくら何でも全部寄越せなんて言わねえよ」


「だと思いましたよ。茶番に付き合わせないでください」



 ルフェーブル子爵も気安い雰囲気でそう返す。よかった、どちらも本気で意見を割ったわけじゃなかったらしい。


 エルスター伯爵はこれが素なのか、完全にべらんめえ口調になって話を続ける。



「にしても、俺から目え逸らさずに張り合うたあ、ちったあ領主らしくなってきたじゃねえか、ああ?フィル坊よお」


「もう私も39ですし、家を継いで4年目です。いい加減『フィル坊』と呼ぶのは止めていただけませんか」


「生意気言うんじゃねえ、俺あお前の親父がガキの頃から領主やってんだ。お前なんてまだ赤ん坊みてえなもんよ」



 さすがは100歳を優に超えたドワーフ。領主としてはルフェーブル子爵の大先輩らしい。



 にしても、フィリップ・ルフェーブルだから「フィル坊」か。自分の雇い主がまるで幼児のようにあしらわれているのは少し面白い。



「じゃあ6:4でどうだ?そっちが6だ」


「いえ、開拓を進めてきたのはこちらです。7:3でこちらが多くいただきたい」


「んん、まあいいだろ。じゃあそれで手を打とう」



 こうして、僕たちはしばらくシュンさんと一緒に働くことになった。

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