第25話 冬を過ごす。その2 

「さらに、暗黒卿は衝撃の事実を明かします。彼によると、実は天空騎士と今まで戦いを共にしていた姫は、赤ん坊のときに騎士と生き別れた、双子の妹だったんです!」



「うおお!なんてこった!」「そんな真相があったなんて!」「鳥肌立っちまったよ!」



 僕は今、元の世界の某SF大作をファンタジー風にアレンジして、開拓民の皆に語り聞かせている。以前にルフェーブル子爵に語ったものをそのまま流用しながら。



 こうなったのはマイカのせいだ。



 この世界は娯楽が少ない。なので、屋内に籠ってばかりの冬は誰もが退屈しがちになる。


 冬も後半になると、さすがに少し息の詰まるような閉塞感が漂う。


 そこである日、神官のシーラさんと「皆を楽しませて開拓地全体を明るくする催しができないか」という話をしていたマイカが、



「そういえば、リオは物語を話して聞かせるのが上手ですよ?ルフェーブル子爵閣下が大ハマりして延々リオに物語をねだるくらいに」



 と言ったらしい。



 その結果、神殿の礼拝の間を借りて、僕がもとの世界の物語を語って聞かせるイベントが開かれることになってしまった。


 その第一回目が大変な好評を得てしまい、以降も冬が終わるまで、週に2回開かれる定期イベントになってしまった。



 別に嫌とは言わないし、皆に喜んでもらえるのは嬉しいけど、僕はどちらかというと人前で話すのが苦手だ。


 なるべくドラマチックに、ダイナミックに語ろうとするけど、そんなときに不意に観客と目が合ったりしたらかなり恥ずかしい。



 視線を下げると、そこにいたのは元凶のマイカだ。身振り手振りを交えて勇ましいストーリーを語る僕ともろに目が合ったマイカは、「ぶっ」と吹いた。笑いやがった。



 急に気恥ずかしさを自覚しながらも、なんとかその日予定していたエピソードを語り終える。


 満足げな観客たちは、僕に拍手を送ってそれぞれの家に帰っていった。



「お疲れさまでした、リオさん。今日もとてもお上手でした」



 そう労いの言葉をくれるのは、開拓地の神殿を管理する神官シーラさんだ。



「どうも……前から思ってたんですけど、こんなに娯楽性の高い物語を神殿で語ってしまって大丈夫なんですか?」


「ええ、神自体を否定したり、悪を肯定するような物語でなければ問題ございません。むしろ、勧善懲悪のお話は民の教育に良いものとして神もお喜びになります」



 小さな村などでは、旅の吟遊詩人に娯楽として物語を語ってもらう際に、会場として村の神殿を貸すこともあるらしい。



 なので、僕がこうしてエンタメ性たっぷりのストーリーを語ることもまったく問題ないそうだ。


 前から思っていたけど、この世界の信仰はかなり融通が利くというか、色々とフランクな印象がある。



 神殿の入り口には、ヨアキムさんとティナも立っていた。



「途中から聞いていたが、なかなか語るのが上手いじゃないか」


「うんうん。あんなに面白い話をスラスラ語れるのは凄いですよ。リオさんなら戯曲家にもなれそう」


「そう言えば、以前ルフェーブル閣下がいずれはケレンに劇場を建てたいと仰っていたな。そうなったらリオ殿も戯曲を書いて上演してもらえばいい」


「いや、僕はもとの世界で見たり読んだりした物語を語ってるだけで、自分で話を考えたわけじゃないので……それを自分の作品として発表することはできません」



 わりと本気で提案してくる2人に、僕は苦笑いでそう返事をして神殿を後にした。



 異世界まで来れば著作権も関係ないのかもしれないけど、それでもさすがに人の作品を盗作はできない。


――――――――――――――――――――


「さっむ……」



 開拓地の外れでゴーレムたちに森を切り開かせながら、そう呟いて手に吐息を当てる。


 晴れた日の昼間なら多少は日差しの暖かさもあるとはいえ、やっぱり長時間は活動できない。



 そろそろ戻るか、と振り返ったら、カノンがこちらに歩いてくるのが見えた。



「カノン、どうしたの?もうお昼?」


「はい、ご主人様。昼食のご用意ができたのでお知らせしに参りました」


「そっか、寒いのにありがとうね」



 僕もカノンも外套の上からさらに毛皮を羽織ってモコモコだけど、外にさらしている手は冷たい。


 2人でくっついて、手を繋ぎながら家に帰る。



 帰宅してすぐにカノンにお茶を淹れてもらい、家の共用スペースのテーブルに座る。マイカとミリィも一緒だ。


 全員分のお茶が揃ってから食べ始めた。



「いただきます」



 こんがりと焼いたホーンドボアの塩焼きとキャベツの酢漬けを挟んだパンにかぶりつく。


 がっつりと食べ応えがあって美味しい。



 当初は食事と言えば魔物の肉と大麦のポリッジばかりだった開拓地も、冬に入る前には窯が完成してパンを焼けるようになっていた。


 そのおかげもあって、最近はサンドウィッチが昼食の定番メニューだ。



「今日も美味しいよカノン。ありがとう」


「ふふっ。喜んでいただけて嬉しいです」



 そう微笑み合って肩を寄せ合いながら食べる僕たちを見て「またイチャイチャと……」と呟いたマイカは、



「今日も美味しいわよ~ミリィありがと~」



「うひひ、よかったのです~」と、いきなりミリィと頬ずりし合っていた。



 こちらへ対抗心を燃やしているらしいけど、その張り合い方でいいのか?


――――――――――――――――――――


「もうそろそろ街道沿いの狩りも完了ですかね」


「そうだねえ。最近は姐さんの『探知』に大物が引っかかることもめっきり減ったからねえ」



 グレートボアに襲いかかるゴーレムたちを見ながら、僕は護衛についてくれているタマラさんとそんな会話を交わしていた。



 12月も後半になれば、寒さも落ち着いて少しずつ春の兆しが見えててくる。


 寒さもだいぶ和らぎ、以前とそれほど変わらないペースで魔物狩りを行うことができるようになっていた。



 最近はゴーレム2体を開拓地の防衛に残し、5体のゴーレムと僕、マイカ、そして『荒ぶる熊』から2名という編成で狩りに行くことが多い。



 ゴーレムが複数体もいれば、もうグレートボアだろうと瞬殺だ。開拓地まで死体を運ぶのが面倒だからと、獲物を見つけたら開拓地の近くまでおびき寄せてから狩るほどの余裕ができている。



 淡々と狩りを続けてきた成果か、開拓地とシエールを結ぶ街道の周辺1kmほどには危険な魔物はほぼいない。


 年が明けて春になれば、いよいよシエールと一般の行き来ができるようになるだろう。と思っていたけど……



「ただ、道と森が近すぎるのが危ないね。まだ無理だろうさ」



 とタマラさんが言った。



「見通し悪いなとは思ってたけど、やっぱりこれって危険なんですね」


「ああ。森が近いと魔物も道の傍まで寄りつきやすくなるからね。行商人を通すには不安だろう」



 普通は、街道から少なくとも20m程度は森を切り開いて周囲を見通せるようにする。


 そうしなければ、森から街道へと魔物が飛び出して、奇襲を仕掛けてくる危険があるからだ。


 だけど開拓地からシエールまでの道は、まだ土を踏み固めてルート上の邪魔な木を切り開いた程度。道のすぐ左右にはまだまだ木々が並んでいる。



 いくら常人の何倍ものペースで木を切れるゴーレムたちでも、道沿い全てを切り開くにはもうしばらくかかるだろう。



「じゃあ、春になってもまたしばらくはこうして森で作業ですね」



 そんな話をしているうちに、ゴーレムたちは手早くグレートボアを斃してしまった。



 今回狩った個体は特に大きい。ゴーレム4体がかりでグレートボアの死体を引き摺りながら開拓地へと帰る。



 ちなみに、キュクロプスに止めを刺した大柄なゴーレムは、僕の中でなんとなくお気に入りの1体になって、いつも自分の直接の護衛として傍に置くようになっている。


 今もグレートボアの運搬には回さず、僕の隣に控えさせていた。


 言わば僕の専用機だ。「ルーク」というニックネームも付けたし、いずれ魔法塗料で色まで専用カラーにペイントしようと思っている。


――――――――――――――――――――


 この世界にも、「新年を祝う」という文化はあるそうで、1月1日には「新年祭」という祭りが開かれた。


 シーラさんの主導のもとで今年の平和や豊作を神に祈り、ヨアキムさんが開拓団の全員に労いと激励の言葉をかける。


 それが終われば食事だ。この日のために丸1日以上かけてじっくりと丸焼きにされたホーンドボアをはじめ、いつもより少し豪華に作られた食事を皆で屋外で食べた。



 年明けともなれば、もう春と呼んで差し支えないくらいには空気も暖かい。



 賑やかな昼食会場の中で、ヨアキムさんに声をかけられる。



「祭りの最中に仕事の話ですまんが、数日後にはまた一度シエールに向かおうと思う。今回はマイカ殿に留守を、リオ殿に同行を頼みたい」


「はい、もちろん大丈夫です。シエールとの行き来もようやくまた再開ですね」


「ああ、まったくだ。冬の間は完全に連絡を絶っていたから、早くこちらの無事を伝えたいよ。魔物の魔石や素材もまた大量に溜まっているしな」



 今年の5月には僕の叙爵も控えているし、それまでには確実に街道を開通させて、ヨアキムさんも正式に士爵位を得られるようにしたい。



 新しい開拓民や労働冒険者たちも来るし、また忙しい日々が始まる。

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