第22話 巨人を狩る。

「誰も下にいねえな?よし旦那、壊してくれ」



 そう言ったヴォイテクさんに頷いて、僕はゴーレムを使って鐘楼の屋根を破壊する。


 ここの神殿は小さいので、鐘楼も狭い。そのままではゴーレムが鉄槍を振るう十分なスペースがなかったので、仕方なく壊すことになった。


 崩れ落ちた屋根は神殿の入り口前の広場に落ち、石材が散乱する。



「シーラさん、すみません。神殿の建物を壊してしまって」


「いえ、神殿はまた直せます。試練を乗り越え、世界を発展させるために生き続けることこそが真の信仰です。神もきっとお許しになります」



 神官のシーラさんは、謝る僕に優しくそう言ってくれた。



 神殿の鐘楼からは、開拓地の集落へと入る道の入り口あたりがちょうど見通せる。


 他の4体のゴーレムや冒険者たちでここへキュクロプスを足止めして、その頭に鉄槍を叩き込むのが僕たちの作戦だ。



 鉄槍は今までに鍛冶師のドミトリさんに増産してもらっていたので、現在は3本ある。このどれかを当てることができなければ、僕たちの勝利も命も絶望的だ。


――――――――――――――――――――


 全員が配置についた。


 時刻は既に正午を過ぎている。もうキュクロプスがいつ現れてもおかしくない。



「カノン、本当によかったの?ここは一番危ないよ」



 僕は開拓地の入り口に一番近い建物の屋根にいる。


 最前線とも言えるポジションで、戦闘を眼前に見下ろすことになる。キュクロプスにゴーレムたちが突破されたら、まず命はない。


 だけど、ゴーレムたちの状況を見て柔軟に運用できずに突破されれば、開拓地の全員の命が危うくなる。だから自分で志願してここにいることを選んだ。



 そして、その横にはカノンも付き従っている。



「ご主人様が最も危険な場に立つのに、私だけ安全な場所にはいられません。もしも今日私たちが死ぬのなら、私はご主人様の奴隷としてその横で死にます」



 その表情には一切の迷いもない。



「大丈夫。僕は死なないし、カノンも死なせない。これからまだ一緒に生きるんだ」


「……はい」



 そのときだった。



「もうすぐ来ます!」



 後方からマイカの声が響く。探知範囲内にキュクロプスが引っかかったらしい。


 それから1分と経たずに、森の木々がガサガサと揺れ動く音が聞こえて、



「ゴオオオオオオッッ!!」



 という凄まじい咆哮が響き渡った。


 オークやグレートボアとも比べ物にならない、生き物としての格がまったく違うことを知らしめるような雄叫び。


 油断したらこの声の威圧感だけで意識を持っていかれそうなほど、本能的な恐怖が沸き起こる。



 そして、森の中を抜けて出てきたのは、見上げるほどの体躯の巨人。


「体長6mを超える」と言葉で聞くのと、実際に目にするのは全く意味が違う。その威圧感は想像を絶するものがあった。


 その手には、木をへし折って枝をちぎり落としたような、ほぼ丸太そのままの棍棒を持っている。



 こちらを「餌の群れ」と見なしたのか、キュクロプスはもう一度咆哮を上げて迫ってきた。



「よし、放て!」



 ヨアキムさんの指示に合わせて、護衛冒険者たちが一斉に矢を放つ。


 キュクロプスの顔目がけて飛ぶ10本以上の矢。


 そのうち何本かは肩や頬、額に刺さったものの、キュクロプスは大して痛そうなそぶりも見せずに、刺さった矢を少し煩わしそうに払っただけだ。


 矢は分厚い肌を貫けていないのか、血も出ない。



 その足元へ、4体のゴーレムが突っ込んでいく。2mのゴーレムたちも、キュクロプスの前ではまるで小人だ。


 ゴーレムたちを薙ぎ払うように棍棒を振り抜くキュクロプス。ゴーレムたちのうち2体はその下を潜り抜けるように躱して、1体は跳躍して躱して、


 棍棒を両腕で受け止めようとした最後の1体が、まるで玩具の人形のように吹き飛ばされた。



「うわっ」



 ゴーレムが力負けして吹き飛ぶという初めての事態を見て、思わず声が漏れる。



 残る3体は走った勢いのままキュクロプスの足に突っ込み、膝に拳を叩きつける。


 ゴーレムの重量が乗った打撃を受けてさすがに痛そうな声を上げるキュクロプス。それでも骨が折れたような様子はない。


 グレートボアやオークなら四肢がへし折れるほどの攻撃を食らったはずのに、なんて頑丈さだ。



 その間も冒険者たちはキュクロプスの上半身に目がけて矢を放つけど、こちらは火の粉ほどの効果もなさそうだった。



 ゴーレムたちは無謀にも、そのままキュクロプスの足を全員で攻撃しようとする。


 どうやら「一旦引いて距離を置く」という思考がないらしい。今になって新しく分かったゴーレムの意外な弱点だ。


(1体はキュクロプスの後ろに回り込んでもう一度突進を。2体は攻撃せず足にまとわりついて邪魔に徹しろ)と、初めて戦闘中に命令で介入した。



 さっき吹き飛ばされたゴーレムも壊れたわけではなかったようで、戦線に走り戻ってくる。この1体にも後ろから突進するよう命令した。



 足の周りをちょろちょろと動いては進むのを妨害するゴーレムたちに、鬱陶しそうな表情を見せるキュクロプス。後ろから駆け寄ってくる2体のゴーレムには気づかない。このまま気づくな。


 と、足元にいた1体がキュクロプスの腕に捕まり、そのままぶん投げられた。こちらに。



「くそっ!」「きゃあっ!」



 カノンを庇うようにしてその場に伏せる。僕らの頭上を吹き飛んでいったゴーレムが、そのまま後方の建物に突っ込む重い音が響く。



 その直後、加速した2体のゴーレムが、真後ろからキュクロプスの足に突入した。


 ゴーレム2体分のタックルを膝裏にもろに食らったキュクロプスは、さすがに踏ん張り切れずに膝をつく。



(今ならっ……!)



 僕がそう思った瞬間、


 後ろから「ぶおんっ」と風を切る音を鳴らしながら飛んだ鉄槍が、膝をついて動けないキュクロプスの頭に真っすぐ進み、その単眼のど真ん中に、吸い込まれるように突き刺さった。


――――――――――――――――――――


「実質、リオ殿が単独でキュクロプスを倒したも同然だな。貴殿の名前はこの成果と併せて、ルフェーブル領内はもちろん、領外にも広く知られることになるだろう」



 キュクロプスの死体を見下ろしながら、ヨアキムさんがそう言った。



 今はゴーレムや冒険者たちが、キュクロプスの硬い肌を切って頭や手などの「討伐の証拠」を回収する作業の真っ最中だ。


 幸いにも怪我人はなく、ゴーレムたちも多少の傷や凹みができたものの、全機が無事だった。



「そこまでですか……」


「ああ、キュクロプスなんてそもそも数年に一度しか出現の話は聞かないし、現れたとなればその地域一帯の領軍から精鋭が集められて討伐部隊が組まれるものだ。単独で斃した者がいるなんて言っても、普通は大ぼら吹きだと思われて相手にされない」


「そんなに……くり返しの話になりますけど、強いのは僕のゴーレムであって、僕自身が強いわけじゃないんですよね……」


「だが実際、リオ殿は個人で100人隊に匹敵する力を自由に操れる。今回の戦いでそれを示す成果も上げた」



 ……最初に王都でルフェーブル子爵からゴーレムの話を聞いたときは、「これなら僕も来訪者としての価値を発揮できる」と思っていた。


 だけど、いつの間にか個人では持て余すほどの価値と力を持ってしまったらしい。



「この話が広まれば、おそらく貴殿を自領に引き抜こうとする大貴族なども出てくるだろう。それを防ぐためにも、ルフェーブル閣下は貴殿を食客扱いではなく、正式に庇護下に置こうとするのではないか?」


「えっと……そうなると、僕の立場はどう変わるんでしょうか?」


「ひとまずルフェーブル閣下の名のもとに、名誉士爵にでも叙されるだろうが……正直私にもよくわからんな」



「単独でキュクロプスを斃す」というあまりにも現実離れした僕の成果を前に、ヨアキムさんが少し遠い目になっている。



「まあ細かいことは今はいいだろう。確かなのは、私たち全員が、貴殿に命を救われたということだ。開拓団を代表して礼を言わせてくれ」



 そう言って手を差し出してくるヨアキムさんに、僕も「はい」と答えて握手を交わす。



 その後も開拓団の皆が口々に僕にお礼を伝えてくれた。


 ティナ、マルクさん、ドミトリさん、デニスさん、シーラさん、さらに農民や冒険者たちまで誰もが称賛してくれて、まるで英雄だ。実際そう言えるだけの働きができたんだろうけど。


 ヴォイテクさんには「途中でゴーレムが急に戦い方を変えたの、あれは旦那が自分で考えて動かしたろう。よくキュクロプスを目の前にしてうまく判断できたもんだ。誇るべきだよ」と言われた。



 マイカからも「助かったわ。リオのおかげよ、ありがとう」と、面と向かって感謝を伝えられる。お互い少し照れがあったけど。


 ミリィも「私たちを、私の大切なマイカ様を守ってくださってありがとうございます!」と言ってくれた。


――――――――――――――――――――


 その日の夜。


 自室に戻って、やっと体の力が抜けてベッドに倒れ込む。死が間近に迫るほどギリギリの戦いを初めて経験して、さすがに疲労困憊だ。



「ご主人様……」



 僕に寄り添うように、カノンも隣で横になる。そのまま抱きしめられた。



「今回はさすがに、ちょっと怖かったかな」



 来訪者として弱気な態度を見せられないからずっと気を張っていたけど、当然怖くもあった。


 カノンの腕に優しく包まれて、やっと体の力が抜ける。



「……ご主人様は、1人でキュクロプスを斃した英雄として広くお名前が知られるだろうと聞きました。きっとお立場も変わるのだと思います。そうなっても、私をお傍に置いてくださいますか?」


「当たり前だろ。僕はカノンが好きだ。今ではカノンがこの世で一番大切だと思ってる。この先何があっても、カノンを傍に置くよ。その邪魔をするなら王国丸ごとだって敵に回してやる」



 心細そうにそう聞いてきたカノンに即答する。


 昼間に死闘をくり広げたからか、今もまだ気持ちが高ぶっているらしい。ちょっと自分らしくない過激な例えが出た。



「……では、私はご主人様にとって、国やお立場よりも大切な存在ですか?」


「もちろん。比べるまでもないよ」


「……ふふっ。嬉しいです」



 カノンの笑う顔がいつもよりさらに愛おしく見えて、顔を寄せる。


 唇を重ねた。

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