第23話 季節が巡る。

 結局、次のシエール行きはキュクロプスとの戦闘から3日後になった。



 本当はマイカが移動組に同行するはずだったけど、キュクロプスを斃した件の報告もあるので、今回まで僕がシエールに付いていくことに。


 僕ばかり街に帰らせてもらうことをマイカに謝ったら「いいのよ。キュクロプスを斃した英雄として褒めてもらっておいで」と笑って送り出してくれた。



 キュクロプスとの遭遇という大事件が起きた前回とは打って変わって、今回の移動は何事もなく平和に進む。


 早朝に開拓地を発って、魔物とまったく遭うことなく夕方にはシエールに着いた。


 日暮れも近く、多くの人は仕事を終える時間だけど、僕たちが到着したと連絡を受けたティエリー士爵はすぐに面会してくれた。



「移動ご苦労だった。1週間ほどでまた来ると聞いていたが、少し遅かったので心配したぞ。何かあったか?」



 そう言葉をかけてくれるティエリー士爵に、ヨアキムさんが答える。



「ええ、実はキュクロプスが出ま「何っ!? キュクロプスだと!? 一大事ではないか!」



 驚きのあまりヨアキムさんの話を遮るティエリー士爵。



「ええ、なので「それでキュクロプスは今どこに!? 開拓地はどうなっているのだ!? ルフェーブル閣下にも報告して領軍を集めねば!」



 取り乱すティエリー士爵をなだめるように、ヨアキムさんが声をかける。



「……ティエリー士爵閣下、どうか落ち着かれてください」


「あ、ああ。すまん。どんな報告でも受け止めねばな。よし、聞こう」



 悪い知らせを受けると思い込み、覚悟を決めた表情になる士爵を前に、ヨアキムさんが続ける。



「キュクロプスが出現し、開拓地が襲撃を受けました。それをリオ殿のゴーレムと護衛冒険者たちで迎え撃ち、ゴーレムによってキュクロプスは討ち倒されました」



 静まり返る室内。


 討伐された、という言葉を聞いて、ティエリー士爵は呆けたような表情になった。



「……今、キュクロプスを討ち倒したと言ったな?聞き間違いではないな?」


「はい。確かにそう申し上げました」



 そう言いながらヨアキムさんが取り出したのは、両手で抱え上げる必要があるほど大きく膨らんだ革袋。


 それを開けて、中からキュクロプスの頭を取り出した。



「これがその証明になります。お確かめを」


「お、おおう……間違いない。キュクロプスだ」



 信じられないものを見るような表情で、そう答えるティエリー士爵。



「しかし、よく開拓団の戦力だけで斃せたな。まともに戦える男手は40人もいないはずでは?」


「私や冒険者も多少援護に回りましたが、実質リオ殿がゴーレムのみで斃しました」



 そう聞いたティエリー士爵は、僕の後ろに立つゴーレムを見上げた。



「ゴーレムで……これが無類の強さを持っていることはもう分かっているつもりだが、キュクロプスまで仕留めるほどか。俄かには信じられん」



「恐れながら閣下。ゴーレムを以てしても勝つのはは容易ではありませんでした」



 キュクロプスはゴーレムの攻撃でも簡単に倒れない強敵だったことをヨアキムさんが語る。



「……そんな中、リオ殿は自ら戦闘の最前線に立ってゴーレムを操り、自身の判断と戦術によってキュクロプスの動きを止め、ゴーレムの鉄槍の一撃で仕留めたのです。これはリオ殿の戦果です」



 ヨアキムさんの言葉を受けて、ティエリー士爵は意外そうな顔で僕の方を見る。


 気持ちは分かる。僕はそういう勇ましい活躍をするタイプには見えないだろう。



「そうか、リオ殿がか。失礼ながら貴殿はあまり……自ら前に出て戦おうとする気質の人物には見えなかったが。私の見立てが間違っていたようだ」


「いえ。僕も開拓団の仲間たちを守らなければという思いがあったからこそ行動できました。普段の僕は見た目通りの小心者です」


「あまり謙遜なされるな。1人でキュクロプスを討ち倒すなど、紛れもなく英雄と呼べる行いだ。ルフェーブル子爵閣下にも報告せねばな」



 その後は、僕がキュクロプスを斃したことの報告やその成果への対応も含め、ヨアキムさんとティエリー士爵が細かい打合せを続ける。



 ヨアキムさんも言っていたけど、僕はおそらく名誉士爵に叙されることになるらしい。


 単独でキュクロプスを討ち倒した功労者にはそれくらいの栄誉を与えないと、ルフェーブル子爵が他の貴族から領主としての器を疑われてしまうそうだ。



「それに、キュクロプスの出現や討伐情報ともなれば、周辺の領主や王家にも報告しないわけにはいかん。そうなればリオ殿は良くも悪くも注目を集めるだろう。叙爵には、貴殿を正式に庇護下に置く意味もある」



 ルフェーブル子爵が僕に爵位を与えて庇護下に置けば、他の貴族はもちろん、王家でさえ子爵の同意なく僕を強引に引き抜くような真似はできなくなる。


 よかった。貴族の揉め事に巻き込まれるなんて嫌だ。



「これから冬になるので、王家への報告は春を待つことになるだろう。それから情報が広まるまでの時間を考えると……叙爵はおそらく半年ほど後になるのではないか?」



 少なくとも、僕の立場や周辺が慌ただしくなるのはもう少し先らしい。


――――――――――――――――――――


 ティエリー士爵との話し合いを済ませた後も、僕はいくつか済ませるべき用事がある。



 まずは、新しいゴーレムの受け取り。前回聞いていた、追加のゴーレム2体がシエールに届いているらしい。


 行政府の倉庫に案内されて、まだ起動していないゴーレムたちと対面する。


 床に寝かせて置かれた2体に容量いっぱいまで魔力を注ぐと、ゴーレムたちの体に力が宿って立ち上がった。



「おお、このように起動するのか。凄いな」



 興味本位で倉庫までついてきたティエリー士爵が、ゴーレムの起動に立ち会って感動した様子だった。お気に召したなら何よりだ。



 次はもうひとつの用事、前回注文した本の受け取りを済ませに行く。


 もう夜なので雑貨店は閉めてあったけど、裏手の住居の方に回ってドアを叩き、店主を呼ぶ。


「誰だこんな時間に?」と不機嫌そうにドアを開けた店主は、僕を見ると表情をがらりと変えて満面の笑みになった。



「これは来訪者リオ殿!」


「すみません、こんな夜分に。明日の早朝には発たないといけないものですから……届いている本があれば買わせていただきたいのですが、大丈夫でしょうか?」


「はい、はいもちろんです!すぐに店の方からお持ちしますので!」」



 店に届いていた本は4冊。合計の代金6000ロークあまりを支払い、すぐに退散した。


――――――――――――――――――――


 開拓地へと帰還してからの日々は、忙しくも平和だった。



 本格的な冬の到来までに、もう何度か開拓地をシエールを往復して冬越えの食料や生活物資を買い集める。


 次回以降は、マイカも無事にシエールに帰ることができた。


 よほど都市に行けたことが嬉しかったのか、本だけでなく冬服や装飾品、化粧品のようなものまで買っていたみたいだ。



 キュクロプスの習性から考えると、このあたりに新しいキュクロプスが流れ着いて棲みつくのは相当先のことになるので、少なくとも今後10年は出現の心配はしなくていいらしい。


 それ以外の魔物はもうゴーレムの敵ではないし、ゴーレムも7体にまで増えてさらに戦力が充実した。


 これからは大きな戦いも危険もなく、また淡々と毎日の開墾や狩りをこなすことになるだろう。



 僕が次にシエールに帰ったときには、キュクロプス討伐の報を受けたルフェーブル子爵からの言伝も届いていた。


 それによると、来年の5月、開拓地からシエールまでの街道が確実に完成して開拓作業がひと段落しているであろう時期には、僕を名誉士爵に叙することが正式に決まったそうだ。


「名誉」付きの爵位は1代限りの限定的なものだけど、儀礼的には他の貴族と同じように扱われるらしい。



 開拓地全体への朗報もあった。


 春には新しく募集された開拓民が30人ほど来るそうで、労働冒険者も20人以上が送り込まれるらしい。


 冒険者たちを含めれば、開拓地の人口はついに大台の100人を超えることになる。



 全てが順調なまま、開拓地の日々は進んでいく。



 空気は少しずつ冷たくなって秋の終わりを伝え、やがて本格的な冬がやってきた。


――――――――――――――――――――


「ふー、さっむ……」



 いくら冬とはいえ、全ての屋外作業がストップするわけではない。忙しい開拓地では尚更だ。


 晴れた日の昼間は集落周辺の木を伐採して森を切り開いたり、シエールまでの街道を少しずつ作り進めたりと、無理のない範囲で開拓を続けていた。



 今日の分の仕事を終えて、自宅に帰る。



「お帰りなさいませ、ご主人様」



 笑顔で僕を出迎えたカノンは、すぐに温かいお茶を淹れたカップを差し出してくれた。



「ただいまカノン、ありがとう」



 カップを受け取って自室に入り、ベッドに腰かける。カノンも自分のカップを持って隣に座ってきた。


 2人でぴったりと寄り添いながら、湯気の立つお茶とお互いの体温で体を温める。



「……この世界に来てよかった」



 幸せな出会いと少しの波乱を経て、異世界での新しい人生は続いていく。

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