第21話 危機と出遭う。
帰りの道中は、ブラックフットと一度、オークと一度遭遇した。
「やはりこの辺りにはまだまだ魔物が出るな」とヨアキムさんも言っていたけど、開拓地からシエールまでのルートはまだ安全とは言い難い。ゴーレムなしで移動するのは無謀だろう。
行きに魔石や毛皮や素材を積んでいたスペースに、今はシエールで購入した麦や塩、野菜の酢漬けなどを積んでいる。
どれも開拓地ではだいぶ備蓄が減っていたもので、特に塩は干し肉を作るためにほとんど使い果たしていた。
これでまた干し肉作りを再開できるので、肉の廃棄の心配をせずに魔物を狩れる。
日暮れ前に無事に開拓地へと帰還した僕たちを、皆が出迎えてくれる。
春には追加の開拓民もやってきて、労働冒険者の人員も増やされることをヨアキムさんが報告すると、喜びの声が上がった。
開拓が順調に進み過ぎて現状では働き手が足りなくなっていたので、人員を増やしてもらう確約が得られたのは全員にとっていいニュースだ。
「ご主人様、お帰りなさいませ!」
「ただいまカノン。出迎えありがとう」
馬車の傍まで駆け寄って出迎えてくれたカノンにそう返事をして、シエールでの買い物の成果を荷台から取る。
この時代の本は1冊ずつが分厚くて重い。5冊の本を苦労して抱えながら馬車から降りようとしていたら、「あ、お手伝いします!」と言ってカノンが支えてくれた。
「リオ、おかえり」
「リオ様、おかえりなさいませなのです!」
「マイカもミリィもただいま。ほらマイカ、本も無事に買えたよ」
そう言って、抱えた本をマイカに見せる。
「みたいね、ありがとう。高かった?」
「5冊で8000ローク。少しまけてもらってこの値段だった」
「うわ、たっか……貴重な紙を使って手書きで作ってるだけあるわね」
家に入って荷物を置く。マイカとは「本は2人の共有財産」として割り勘で集めることで同意していたので、半値の4000ロークを受け取った。
「リオ様、これはどのようなことが書かれた本なのですか?」
テーブルに積まれた本に興味津々といった様子でミリィが尋ねてくる。
「これはね、歴史の本と植物の図鑑、それと物語の書かれた本が3冊あるよ」
「冬の間にミリィに読んであげるわね。あと、字も教えてあげる」
「字ですか?嬉しいのです!ミリィも自分で本が読めるようになりたいのです!」
この世界で字を読めるのは一部の知識人だけ。奴隷はもちろん、平民でも識字率は低い。
マイカに言われて喜ぶミリィを、カノンが羨ましそうな目で見ていた。
「カノンには僕が教えてあげるからね」
「ご主人様……ありがとうございますっ」
冬は多くの時間を家の中で過ごすことになる。
カノンに字を教えて、一緒に本を読みながらくつろぐ。想像するだけで今から楽しみだ。
――――――――――――――――――――
数日後には、次のシエール行きのための準備が始まった。今度は最初と比べて相当に大がかりなものになる。
まず、開拓地で得た成果物の輸送。
前回は現状報告がてら少量の魔石や毛皮、素材を運ぶだけだったけど、次は可能な限り多くの成果物をシエールへと運ぶことになる。いつまでも開拓地に死蔵していても意味がない。
さらに、その帰りにはまた肉以外の食料を買い込んで開拓地へと運ばなければならない。行きも帰りも大荷物だ。
それに、労働冒険者たちの帰還もある。
冬の間は彼らの仕事はほとんどなくなるし、そもそも契約が秋までで一度切れる。
このまま開拓民としてここで生きることを決めた人も何人かいるけど、そうでない人たちはシエールへと送り届けないといけない。
ちなみに、ヴォイテクさんたち護衛冒険者の契約は1年単位なので、彼らは少なくとも来年の夏までここに残る。
今回の移動は大がかりなので、ゴーレムたちを足に使うことはできない。
移動速度が落ち、さらに多くの物資と戦闘能力の低い人たちを運ぶことになるので、魔物と遭遇した際の危険性も高まる。
なので、「探知」を持つマイカが移動組に同行して、僕が開拓地で留守を守ることになった。
ゴーレムたちに「ヨアキムさんやマイカを護衛し続けろ」と命令しておけば、休むことなく彼らを守り続けてくれるので、移動組の防御面は問題ない。
そして1週間後。
「じゃあマイカ、シエールの雑貨店に注文してる本の件、よろしくね」
「うん、任せて」
ゴーレムが3体とマイカ、それにヨアキムさん、さらに護衛冒険者も1パーティーが開拓地を離れる。そうなると、一時的に開拓地の人口や戦力は大きく減る。
さらに、僕がゴーレムに魔力補給をできなくなる関係から、マイカたちは今日の朝に発って明日の夕方には帰還するというハードな旅路になる。
移動組も居残り組も危険が高まるので、明日の夜まではどちらも気を引き締めないといけない。
少しきつい2日間になるな、と思いながら、出発を見送った。
それからおよそ4時間後。
なぜか彼らが引き返してきた。それも明らかに慌てた様子で。
「何かあったな……旦那、ゴーレムを2体ともこっち側に呼んでくれ。冒険者どもは戦闘に備えて配置につけ。農民も男連中は武器になるもんを取って集まれ。ティナは女と子どもを集めて負傷者の手当の準備だ」
森を抜けてこちらへと戻ってくる一行を見たヴォイテクさんが、居残り組に指示を出した。
手早い命令に従って全員が動く。
5分もかからずに移動組は開拓地にたどり着いた。一体どれだけ走り続けたのか、馬車を引く馬も徒歩で移動していた人たちも疲労困憊の様子だ。
ただ、幸いにも怪我人が出たわけではないらしい。
「ヨアキム様、何があったんですかい」
「ヴォイテク、戦闘準備は一度解いて大丈夫だ。だが護衛冒険者を全員と、ティナを急いで集めてくれ」
そう言ったヨアキムさんの表情は、緊張感に満ちている。何か異常事態が起きているのは明らかだった。
馬車から降りてきたマイカに駆け寄る。彼女もどこか焦った様子だ。
「マイカ、何があったの?」
「あ、リオ……なんかね、シエールまで行く途中にもの凄く大きな魔物が探知に引っかかって。グレートボアを追いかけて狩るくらい大きな魔物が」
「グレートボアを……?」
開拓を始めて2か月以上が経つけど、未だにグレートボアより大きな魔物なんて見ていない。
「うん。まだ何百mも離れてたんだけど、ものすごい雄叫びみたいな声まで聴こえてきて、それを聞いたヨアキムさんが、すごく慌てた感じで撤退を指示したの」
今でこそゴーレム1体で倒せるようになったグレートボアだけど、本来は軍が対応に当たって、それでも犠牲者が出るような危険な魔物だ。
それを「獲物」として狩るような魔物がどんなものかなんて、ちょっと想像したくない。
「リオ殿とマイカ殿も集まってくれ。対策を話し合う」
そうヨアキムさんに声をかけられて、僕たちは急いで彼のもとに走った。
――――――――――――――――――――
「……キュクロプスが出た」
僕たち来訪者、従士のティナ、そして護衛冒険者たちが集まった前で、ヨアキムさんはそう言った。それにヴォイテクさんが尋ねる。
「おいおいキュクロプスって……間違いないんですかい?」
「ああ、あの咆哮は間違いない。私は10年前にエルスター伯爵家が主導したキュクロプス討伐連合軍に参加して、聞いたことがある」
キュクロプスは、一つ目の巨人のような魔物らしい。
その巨体に見合った凄まじい怪力と、巨体に似つかわしくない俊敏さを持ち、オークやグレートボアすら餌として捕食する。
100年以上も生きるという長命な魔物で、数十年に1度の繁殖期以外は他の個体と群れることはなく、広大な縄張りの中をうろつきながら、1匹で生き続ける。
言わばその地域の魔物の「主」と呼べるような存在で、地上を生きる魔物の中ではほぼ最強。亜竜など災害級のものを除けば、生態系の頂点に君臨しているそうだ。
森や平原、山の奥地にいることが多いので、人里を襲うことは数年に1度あるかないか。
以前に王国北西部に出現したのは10年前で、そのときは各領で連合軍を結成してなんとか討ち倒したらしい。
「よりにもよって、シエールまでの進路上に出た。おまけにグレートボアを追いかけてこちらと300mもない距離まで接近してきたからな。おそらく臭いで気づかれただろう」
「じゃあ、すぐにここまで追いかけてくるんじゃ?」
顔を青くしてそう聞くティナに、ヨアキムさんが答える。
「いや、グレートボアを仕留めたばかりだからな。それをある程度食らうまでは寄ってくることはないだろう。それに、荷物に積んでいた干し肉の山を全て餌として投棄してきた。それも時間稼ぎになるだろう。だが、いずれはここへ来る」
「……ここの戦力は農民や職人の男連中を入れても40人もいねえ。それにゴーレムを加えて、勝てますかね?」
「グレートボアを一撃で仕留められるゴーレムだ。あの鉄槍を頭に直撃させられれば、いくらキュクロプスとはいえ絶命するだろう。あれも生き物に変わりはないのだからな。問題は当てられるかだ」
キュクロプスの体長はオークの倍以上、6mを超えるらしい。おまけにオーク以上に俊敏だという。
その頭をピンポイントに狙って鉄槍で貫く。容易なこととは思えない。
いつの間にか、幹部以外の開拓民たちも、不安そうな表情を浮かべてヨアキムさんの周辺に集まってきている。
「ゴーレムが鉄槍を当てられるか」という言葉を聞いた皆の視線が、ゴーレムの主である僕に集まった。
「……高所から、できればキュクロプスの頭よりも高いところから狙えれば、あの一番大きいゴーレムなら当てられると思います。いえ、必ず当てます」
僕は周りにも聞こえるように言って、5体のゴーレムのうちの1体を指差した。
1体1体が職人の手作りで、おまけに人骨を骨格に使っているゴーレムは、それぞれ体格が少しずつ異なる。
その中でも最も大きな個体は、他のゴーレムより重量があるからか、鉄槍を投擲したときに獲物の急所ど真ん中へと直撃させる確率が高かった。
キュクロプスの素早さがどれくらいかは分からないけど、巨体を持つ生き物である以上は限度があるはず。それに体が大きい分、頭も大きいらしい。
このゴーレムが見通しのいい場所から狙えるなら、勝算は十分にあるはずだ。
「よく言ったリオ殿。では、そのゴーレムに神殿の鐘楼からキュクロプスを狙わせよう。他のゴーレムは、キュクロプスを一か所に足止めするためのけん制に使ってくれ。ヴォイテクたち冒険者はその援護だ」
「護衛冒険者どもには弓で応戦させます。少しは足しになるでしょう」
こうして、キュクロプスを迎え撃つ手筈が決まった。
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