第7話 彼女と出会う。
ルフェーブル子爵と出会った翌日の午後、僕は子爵が王都に所有する別邸に招待されて、子爵領から2体運んできたというゴーレムを実際に使ってみた。
その使い心地は、「凄い」としか言いようのないものだった。
ゴーレムたちは、僕が「こう行動してほしい」と考えた通りに動いてくれる。ターゲットを指定して攻撃させることも、敵の攻撃から僕を守らせることも思いのままだ。
それでいて、「殴る」「蹴る」「避ける」といった細かい戦闘動作は自分で考えてくれるのがいい。現代日本風に言うなら「自立制御で動いてくれるAI搭載ロボット」って感じだろうか。
強さも申し分ない。子爵の護衛を務めている領軍の騎士たちと模擬戦をしたら、騎士たちに怪我を負わせないように加減しながらでも余裕で完勝だった。
最後には騎士5人に僕目がけて本気で切りかかってもらったけど、誰もゴーレム2体の防衛線を越えて僕に近づくことすらできなかった。
そもそも、人が手で持てる武器程度では、ゴーレムにほぼダメージを与えられない。表面に少し傷がつく程度だ。
ゴーレムにまともなダメージを与えるには「宮廷魔導士が使うような上級魔法を直撃させるしかないだろう」と騎士たちが評していた。
「申し分ない能力だな。やはり君に声をかけて正解だったようだ」と、ルフェーブル子爵からも言われる。彼の期待にも十分応えることができたみたいだ。
僕にゴーレムを試させる前にも、「魔法の才能」系のギフトと多めの魔力を持った何人かの来訪者にゴーレムを試してもらったらしい。
「才能」持ちの来訪者はゴーレム1体を起動して操るくらいはできたらしいけど、2体目までは必要魔力が多すぎてまともに起動できなかったそうだ。
おまけに「確かにゴーレムは強くて便利だけど、これ1体に1日700以上も魔力を注ぐなら魔法を使った方がメリットが大きい」と言われてしまったという。
それに対して、僕は8000もの魔力を持っているし、そもそも魔法が使えないから、有り余る魔力をゴーレムという器に惜しみなく注ぐことができる。
話を聞くほどに、僕のギフトはゴーレムを使うためのものに思えてくる。
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ゴーレムの有用性を確認した後、子爵と詳しい契約の条件を話し合う。
僕たち来訪者は言葉の上では「食客(お客様待遇の居候)」と呼ばれるけど、実質的には貴族に雇われてギフトの力を提供する部下になるわけだから、義務を負う代わりに報酬をもらうことになる。
僕の当面の主な仕事内容は、昨日も言われたように「北西部の開拓」。
亜竜によって崩壊し、放棄されたままの子爵領北西部に、再び入植する一団を手助けすることらしい。
その他にも「子爵領の危機の際は僕も領軍に編入されて戦う」「いたずらに命を失わせるような命令をされたら拒否することができる」といったいくつかの事項に同意する。
僕の報酬は、まず子爵領に来ることが決まった祝い金として10万ローク(現代日本の感覚で約1000万円)。そして初年は年給10万ローク。これに加えて、子爵家の保有するゴーレム5体も「報酬の現物支給」として僕のものになる。
2年目からは、年給30万ロークが支払われるそうだ。
来訪者の間では、貴族から提示される報酬額は少ない例でも年給50万ローク以上、王家との契約では1000万ローク以上もの金額を提示された例もあるという噂が流れている。
それを踏まえて考えると、年給30万ロークというのはかなり安い。けど、他の貴族に僕のギフトを活かしてもらえず飼い殺しにされるより、ギフトを活かすチャンスをくれる子爵のもとに行きたい。
それに、開拓の進み具合に応じて報酬は上げるし、目覚ましい働きをすれば下級貴族に叙するとも言われた。
結果を出した上で、実力で報酬を勝ち取る方が面白そうだ。
報酬のうち祝い金の10万ロークは、その場で現金で手渡された。現代日本で言うと1000万円くらいの現金を、大した事でもなさそうにポンッとくれる子爵の経済力に恐れおののく。
「貧乏領地」とは言っても、さすがは広大な領地を治める子爵家。その財力は庶民とは桁が違うらしい。
「まずはその祝い金で身の回りの品を買い揃えるといい。明日、王都の商業街まで案内の者を送ろう」
ゴーレムはそのまま連れて行っていいと言われたので、2体を後ろに従えて王宮の別館に帰る。
大きな鎧のようなゴーレムを連れ歩く姿はとてつもなく目立つので、他の来訪者たちからは「すげえ!なんだそれ!」「えっそれ魔法具なの?すごい、こんなのあるんだ!」と大注目だ。
それまで僕は「ちょっと使いづらそうなギフトを授かってしまった子」という目で見られていたので、顔見知りの来訪者たちは、僕がギフトを活かせる道を見つけたことを喜んでくれた。
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翌日の昼過ぎ、商業街へ向かうための子爵家からの迎えが来た。
僕が買い物に行くためだけに馬車を1台出してくれたらしい。案内役には、昨日も顔を合わせた子爵家の使用人が来ていた。
「ジョエル・サジュマンと申します。リオ様、あらためてよろしくお願い致します」
ゴーレムは移動の邪魔になるし歩いているだけで目立つので、別館の自室に置いていくことにした。
ゴーレムたちは特に指示がない場合は僕の後ろをついてくるけど、「部屋で待機しててほしい」と心の中で思ったら、部屋の端で直立不動のまま止まった。
単なる攻撃や防御だけでなく、細かい指示も心に思うだけで理解してくれるらしい。
どこまで複雑な指示を理解できるのか、近いうちに実験してみよう。
馬車に乗り、王都の市街地に出る。
窓から外を見ると、街の中は僕が王都に到着したときと変わらない賑やかさだった。
人間も精霊族も獣人も、多彩な種族が歩く街並み。明るい熱気に満ちている。
やがて、多くの店舗が並ぶ大通りで馬車が停まる。どの店も面積の広い大店ばかりだ。
サジュマンさんによると、このあたりには下級貴族や裕福な平民向けの店が集まっているらしい。
まず買ったのは服。
王宮別館の個室にも上質な服は入っていたし、それをそのまま持って行ってもよかったけど、他の来訪者たちと全く同じというのもつまらない。
ということで、普段着用の服をいくつか仕立ててもらうことにした。現代日本のように大量生産はできないので、この世界の服は既製品よりオーダーメイドが多い。
「今後も来訪者として貴族に会う機会があるでしょうから」とサジュマンさんに言われて、儀礼用の正装として着られるような、やや高級な服も併せて注文する。
僕が来訪者だと知ると、店のオーナーは「来訪者に来てもらえるなんて光栄だ」と上機嫌になりながら対応してくれた。
僕の服を優先的に仕立ててくれるそうで、1週間後には全て完成させるという。
次は旅装を扱っている店に行き、野外で動くための厚手の服やフード付きの外套、丈夫なブーツを注文した。子爵領では僕は開拓団の一員として働くんだから、こういう装備が必ず必要になるだろう。
その後も鞄や普段履きの靴、櫛やタオルなどの日用品、一応の護身用として大振りのナイフなど、この世界で生きるために必要なものを買う。
さらに、魔法具もいくつか買った。
王宮別館でも見かけた「
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一通りの買い物が終わった後、サジュマンさんから「身の回りの世話をさせるために奴隷を1人買われてはどうでしょうか」と言われた。
奴隷ね……
来訪者の中にも、貴族からもらった祝い金で奴隷を買った人は何人かいる。
最初に来訪者が奴隷を別館に連れ帰ったときには、「野蛮な奴隷制度に加担するのか!」と怒り出した人もいて、他の来訪者たちも巻き込んだ大論戦になった。
ユウヤさんの仲裁もあってその場は落ち着いて、「今はこの世界の制度に無闇に口出しするべきじゃない」という結論にまとまったけど……あくまでそれは表面上の話。
今も奴隷容認派と否定派で意見が分かれているし、それで口論になることもある。
僕はどちらかといえば容認派というか、「いきなり国中の奴隷制度改革なんてできないから今は認めるしかないと思う」派だ。
何百年も奴隷制度がある世界で、社会の仕組みから世間の感情まで丸ごと奴隷解放に向けて変えようとするなんて、来訪者全員で王国に反旗を翻したって無理だと思う。
それに、僕たち来訪者は王家や貴族の庇護があってやっと身の安全を保障されている立場だ。下手に社会を混乱させるような活動はできない。
結局、僕は自分の奴隷を買うことにした。
今後来訪者として忙しく働くなら、身の回りの世話をしてくれる存在は欲しい。けど、人を雇おうにも信用できる人材の見極め方なんて分からない。
その点、奴隷なら僕の寝込みを襲って危害を加えようとか、財産を盗んで逃げようだなんて絶対に考えない。この世界で「100%信用できる労働者」を求めるなら間違いない選択肢だろう。
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初めて訪れた奴隷市場は、独特の場所だった。
まず、思っていたほど暗い雰囲気じゃない。
農奴も含めれば人口の半分以上が奴隷で、生まれつき奴隷身分という人も多い。それに「奴隷=虐待や酷使」ではないと分かっているからか、市場に並ぶ奴隷たちはそこまで暗い表情はしていなかった。
まあ、没落した下級貴族の元令嬢とか、口減らしに売られたらしい子どもとか、見ていて可哀想になるほど動揺して泣いているような奴隷も少数いたけど。
さて、この中からどんな奴隷を買おう……といっても、正直悩む。あらためてこういう場に来てみると「人をお金で買う」という未体験の行為に身構えてしまう。
奴隷の価格は大人の労働奴隷が3万ローク前後、魔法が使えたり精霊族・獣人だったりすると4万~6万ローク、子どもだと2万ロークを切る。
祝い金の残りは8万ローク以上あるから誰を買ってもいいわけだけど、だからこそ簡単に決められない。買うからには一生涯面倒を見るつもりで迎えるわけだし。
僕が来訪者だと気づいた奴隷商が、揉み手をしながら寄ってきて「この虎人の奴隷はいかがですか?力も強いしよく働きますよ。今なら5万ロークで、さらに子どもの奴隷も1人お付けします」と話しかけてくる。
そんな通販番組みたいに言われても、いきなり2人も面倒を見られないよ。というか、ゆっくり考えたいからできれば今は声をかけないでほしい。
そう思いながら視線を横に逸らすと、奴隷市場の端の方に、布のかけられた檻がいくつも並んでいるのが見えた。
「あれは?」
「ああ、あれは終身奴隷の入っている檻ですよ。よろしければあちらもご覧になりますか?」
「……はい。ぜひ見たいです」
終身奴隷は年齢も種族もさまざまで、その表情は一般奴隷とは打って変わって暗かった。目が虚ろで生気がまったく感じられない。
奴隷商によると、彼らはここ最近で家族が重罪を犯して、連座の罰として終身奴隷にされたそうだ。
家族の犯罪のとばっちりで一生奴隷身分にされたってことか。それは希望なんて失くすだろうな。
連座で罰せられたとはいえ一応は罪人ということで、ここですぐに買い手がつかないようなら男は危険な鉱山に、女は安くて不衛生で質の悪い娼館に売られるらしい。
奴隷商の説明が聞こえてあらためて自分の運命を想像したのか、何人かの奴隷は泣き出してしまった。
と、その中の1人、ある女の子になんとなく目がいく。
髪は銀に近い透き通るような金髪で、耳が……これまでに見かけた他のエルフほどではないけど、少し尖っているように見える。
俯いているので顔はよく見えない。彼女も泣いてしまっているようで、座り込んだ膝には涙がパタパタと落ちている。
「あの子の顔が見たいです」と言うと、奴隷商は「ほらそこのお前!さっさと顔を上げんか!」と言いながらガンガンと檻を叩く。
その音にビクッと怯えたように顔を上げた彼女の、グリーンの瞳と目が合う。その顔はとても繊細そうで、とても不安そうで……あまりにも庇護欲をかき立てた。
この子もこのままだと娼館に売られて、汚い環境で来る日も来る日も知らない男に触られるのか。奴隷契約の魔法のせいで、死んで楽になることも許されずに。
僕はここにいる終身奴隷を全員助けることはできないけど、この子1人はここから出して、せめてもっとましな環境を与えることができるのか。
そう思ったときには、「この子を買います」という言葉が口から出ていた。
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