第6話 ゴーレムを知る。

 最終的に、ジーリング王国が確保した来訪者は141人になったらしい。


 残りの来訪者は、東のレギオン王国と西のアルドワン王国に召喚されているだろう、ということだった。



 他の2国でどのくらいの来訪者が無事に確保されたかは不明だけど、ジーリング王国内では2人の来訪者が王国軍に保護される前に魔物に襲われたり飢えたりして遺体で発見され、4人が遺体すら発見されずに終わった。


 それを聞いた僕たちは、ユウヤさんの提案のもと、来訪者全員で彼らの冥福を祈る時間を作った。



 そしてその数日後から、僕たち来訪者は、ある意味で戦いと呼べる日々を送ることになる。



「ああ、リオくん、お疲れさま……」



 午後の王宮別館。ユウヤさんが笑顔で、しかしとても疲れた表情で、そう声をかけてくる。僕も疲れた笑顔で返した。



「ユウヤさん、お疲れ様です……この後はどこに参加する予定ですか?」


「王国南東部の穀倉地帯を治めてるとかいう伯爵のお茶会に招待されてるよ。夜はキールストラ侯爵主催の晩餐会だ」


「ああ、夜はそっちに行くんですね。僕はアンベール辺境伯主催の方に参加することにしました」


「そっか、お互い大変だな」



 王国の保護した来訪者が王宮に揃い、基礎知識の教育も終わると、ついに王家や貴族による来訪者の勧誘合戦がスタートした。



 その主戦場となっているのが、王家や国内有数の大貴族が主催するパーティーだ。


 来訪者と、男爵以上の上級貴族とをマッチングする、言わば異世界の合同就職説明会。


 王家主催のものから大貴族主催のものまで、さまざまなパーティーや晩餐会、お茶会に連日招待されながら、「こんな条件でうちに来ないか」と本格的な勧誘を受けていく。



 特に強力なギフトを持つ来訪者は、20人ほどが王家から破格の待遇を提示されて早々に「内定」が決まったらしい。


 ただ、あまりにも王家が来訪者を独占すると貴族から激しい反発が起こるので、王家のスカウトはそれで終わり、


 残る120人あまりの来訪者を巡って、貴族たちはできるだけいい人材を確保しようと激しい戦いをくり広げていった。


 それに付き合わされる僕たちは、連日昼は立食パーティー、午後はお茶会、夜は晩餐会に足を運ぶことに。


 挨拶や食事、ワイン(この国では飲酒の年齢制限はない)の大攻勢を受けて、精神と胃を疲れさせていった。


 それでも、どの貴族のもとに迎えられるかによって自分の人生が左右されるんだから、なるべく多くの場に足を運ぶ。



 ちなみに、僕には王家からの声はかからなかった。


 特殊魔法具を実用レベルで扱えるとはいえ、優秀な魔法使いを宮廷魔導士として多く抱えている王家にとっては「特筆すべき人材」というほどではなかったらしい。



 貴族たちからは一応は声がかかるけど、それも「もしもうちに来たいならぜひ言ってくれ」という程度。


 高価な特殊魔法具がないと能力を発揮できない僕は来訪者としては扱いづらく、貴族たちにとって「確保できたらラッキー」程度の存在らしかった。


 それでもパーティーには一応呼ばれるし、呼ばれたらできるだけ前向きな勧誘をもらうためにも向かう。


 このままおまけ的な扱いで適当な貴族に拾われて、飼い殺されるような事態は僕だって避けたい。



 その夜は、王国西部の貴族派閥を束ねるアンベール辺境伯主催の晩餐会に足を運んでいた。



 王都のアンベール辺境伯邸のホールで、今夜も「もしうちの領地に興味があれば是非」という消極的な誘いをいくつか受ける。


 ここでも僕はおまけ扱いらしい。「この世界で前を向いて生きていこう」と意気込んでおいて、早くもちょっとくじけそうになってきた。


 少し休憩しようとテラスに出る。風に当たりながらワインの酔いを醒ましていると、不意に声をかけられた。



「お疲れかな」


「あ、いえ……えっと、大変失礼ですが、以前お声がけいただいたでしょうか」



 来訪者の中では二線級の僕に、わざわざテラスに出てきてまで声をかける物好きな貴族もいるのか。


 そう思いながら尋ねる。敬語が下手なのは勘弁してほしい。


 30代半ばほどに見える、他の貴族と比べるとあまり野心的な雰囲気のない人間の男性。この人とはまだ挨拶を交わしたことはなかったはずだ。



「いや、お初にお目にかかる。王国北西部に領地を持つ子爵のフィリップ・ルフェーブルだ。よろしく頼む、リオ・アサカ殿」


「……こちらこそ、よろしくお願いします。ルフェーブル閣下」



 少し驚いた。


 これまで僕に話しかけてくる貴族は、僕の名前やギフトの内容をろくに把握していない人ばかりだった。


 それなのにこのルフェーブル子爵は、僕の顔を見て、リオ・アサカだと知った上で話しかけてくれたらしい。



「ルフェーブル子爵領は、確か王国西部でも北の方に位置していたと記憶していますが……」


「ほう、うちのような貧乏領地の場所を知っているか。これは驚きだ」


「いえ、そんな……豊かな自然に囲まれた土地だと聞いています」



 特殊魔法具を使える僕は「軍事力の足しにでもなれば」と思われているのか、西隣のアルドワン王国と睨み合っている西部閥のパーティーに誘われることが多い。


 自然と西部の貴族から(消極的とはいえ)勧誘を受けることが多くなっていたので、自分でも主な西部貴族の名前や、その領地の位置をなるべく勉強するようにしていた。



 ルフェーブル子爵領は西部の中でも最北にあって、北にはディオス山脈が、西にはアルドワン王国との間に強力な魔物がひしめく平原地帯がある……という土地だったはずだ。


 そして、人口は確か、領全体でなんとか1万人に届く程度。子爵領としては小規模で、彼の「貧乏領地」という言葉も謙遜ではなく本音の自虐なんだろう。



「ははは、『豊かな自然に囲まれた』などと言うと聞こえはいいが、ただの田舎領地だ。北はディオスの山々に塞がれて、西には凶悪な魔物が跋扈している。他の貴族領と比べて魅力的とは言い難いだろう」



 そう言いながら、子爵は一度言葉を切って間を置く。そして続けた。



「だが、我がルフェーブル子爵家なら、君のギフト『膨大な魔力』をこの王国内でも最大限に活用できると考えている。だから私は、ぜひとも君を我が領に迎えたいと思って声をかけた」


 ――――――――――――――――――――


「君のギフトをこの王国内でも最大限に活用できると考えている」だって。


 これまで僕が受けてきた消極的な勧誘と比べて、なんて前向きなアピールだろうか。正直めちゃめちゃ嬉しい。



 嬉しいけど、まだ決めたら駄目だ。なぜ彼が「最大限に活用できる」なんて強気なことを言ってくるのか、なぜピンポイントで僕を狙っているのかをちゃんと聞かないと。



「それは……とても嬉しいお誘いです。ぜひ詳しくお話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか」


「ああ、もちろんだ。少し長くなるが説明させてほしい」



 そう言って、ルフェーブル子爵はテラスに置かれていた椅子に腰かけ、僕にも座るよう促した。


 テーブルを挟んで反対側の椅子に座り、子爵の方を向く。



「そうだな、まずは我が領の歴史から軽く話した方がいいだろう」



 ルフェーブル子爵領は、およそ600年前に、当時の来訪者によって興された領地らしい。


 初代ルフェーブル氏は、ギフト「火魔法の才能」を駆使して王国北西部の平原を支配していた蛮族を討伐。


 その働きを認められ、まずは男爵に叙されて平原を領地として与えられた。



 来訪者は子供を作れないけど、ルフェーブル氏は晩年に養子を迎え、その養子の子孫たちが「ルフェーブル」の姓を受け継ぎながら領地を開拓。やがて子爵領へと陞爵された。


 300年前には新たに召喚された来訪者たちがルフェーブル領よりもさらに北西に開拓を進め、また男爵領が興された。


 そこへの流通拠点になったルフェーブル子爵領は、最盛期を迎えたという。



 その流れが変わったのは、今から68年前。


 ディオス山脈から降りてきた亜竜が暴走し、ルフェーブル領の西にあった男爵領は瞬く間に崩壊。男爵の一族も亜竜によって全滅した。


 ルフェーブル領も1つの街と4つの村を失ったものの、王国軍の精鋭が救援に駆けつけて壮絶な戦いの末に亜竜を打ち倒したので、領全体の壊滅は免れたらしい。


 とはいえ、甚大な被害を受け、北西への流通拠点という機能も失ったルフェーブル領は大きく混乱。かつての勢いも豊かさも失われてしまった。



 先々代、先代のルフェーブル子爵の尽力で、現在はようやく領としての安定を取り戻したらしい。


 だけど、今ではすっかり「田舎の貧乏領」に成り果てていて、3年前に先代から爵位を受け継いだ現ルフェーブル子爵がここからどう再興を成すか、西部貴族たちから期待されて(というか様子見をされて)いるという。



 ちなみに、崩壊して無人になった男爵領跡やルフェーブル子爵領の北西部は、今では強力な魔物が巣食うようになっているそうだ。


 なので、その地域をいかに開拓し、再び人が住める土地にするかが現ルフェーブル子爵の抱える課題らしい。



「それはまた……閣下の一族は、壮絶な戦いの中を生き抜いてこられたのですね」


「戦いか。確かにそうだな。亜竜の暴走はもちろん、その後も飢えや貧困との戦いが続いた。私が幼い頃は領内もまだ経済的な混乱が続いていて、子爵家とて楽な生活ではなかったよ」


「それで、その北西部の開拓のために僕を勧誘したい、ということですか?」



 だとしても、なぜ僕にピンポイントで声をかけたんだ?僕のギフトが特に開拓に向いているとは思えない。



「ここからが本題になる。長くなってすまないが、もう少し話に付き合ってほしい」



 亜竜討伐後、領の立て直しのための金策に行き詰った子爵家を救ったのが、数代前の当主から受け継がれてきた「骨董品」のコレクションだった。


 裕福だった頃に代々の当主たちの趣味として買い集められた美術品や珍しい特殊魔法具の数々が、かなりの値で売れて財政を助けたという。


 そんな中で、長らく「売れ残り」として屋敷の倉庫に残り続けたのが……「ゴーレム」という魔法具だったらしい。



「ゴーレム、ですか?」


「ああ、ゴーレムだ。これがあるから、我が領は君のギフトを最大限活かせると考えている」



 ゴーレムは、今から200年ほど前に当時高名だった職人が作った特殊魔法具らしい。


 魔力図式を刻んだ骨格を魔法金属の体で覆ったもので、身長は2mほど。光魔法を応用した複雑な魔力図式によって、魔力を通した者の意のままに動く。


 その能力は極めて高く、戦力としても労働力としても、1体で屈強な男10人分の力を発揮したという。



 ただし、凄まじく魔力を食う。その消費量は1体を1日動かすのになんと700~800。



「王国内でも屈指の魔力量を誇る宮廷魔導士がなんとか動かせたものの、魔力を使いすぎた影響で半日と持たず気絶した」という逸話が残っていて、安定してまともに使いこなせる者はいなかったそうだ。


 全部で10体ほどが作られたものの、実用品としては使い物にならず、かといって工芸品としては武骨すぎて華がない。


 結局ゴーレムたちは、特殊魔法具としては安値となる1体数万ローク程で好事家たちに売られていった。


 そのうちの5体が、裕福だった頃のルフェーブル子爵家に買われ、現在まで保有されている。


 他のゴーレムはどこかの貴族か豪商あたりが持っているだろうけど、「5体もまとめて保有している物好きは我が子爵家しかないはずだ」と言われた。



「来訪者の中にこのゴーレムを活用できる者がいるかもしれない」と考えていた子爵は、来訪者のギフトをまとめた資料から僕の「膨大な魔力」に目を留めて、僕に声をかけると決めたらしい。



「君ならば、おそらく子爵家の持つ5体のゴーレムを同時に操ることも容易いだろう。そうなれば、君は凄まじい力を持つことになる」



 なるほど。


 そのゴーレムたちを使いこなせれば、僕は1人で数十人分の戦力や労働力になる。僻地の開拓にはうってつけの人材だろう。



「待遇では他の貴族家には及ばないだろうが、我が領は君が真価を発揮できる場を用意できる。だからどうか我が領に来て、領民たちのために力を奮ってほしい」


「……是非、前向きに検討させていただきたいです」



 僕の目をまっすぐに見据えたルフェーブル子爵の言葉を聞きながら、僕はそう答えた。



 今まで他の貴族から受けた消極的な誘いと、この人の誘いは質がまったく違う。この人は僕がちゃんとギフトの真価を発揮できる方法を提示して、僕を迎えようとしてくれている。



 詳しい契約条件を聞くまでは確定ではないけど、僕はきっとこの人の領地に行くだろう。

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