第5話 この世界を知る。

 宮廷魔導士に僕のギフトの詳細を記録するよう指示して、サヴォア侯爵が僕の方を向く。



「リオ殿。聞こえていたと思うが、貴殿のギフトは『膨大な魔力』だ。ただし魔法の素質はない」



 サヴォア侯爵の説明では、魔法を使うには魔力だけではなくて、その魔法の属性の「素質」というものが要るらしい。


 魔法使いになれるレベルの魔力を持つ人間なら、最低でも1つ以上は魔法の素質を持っているのが普通だという。


 僕のように「魔力は大量にあるのに魔法の素質はない」という例は、彼の知る限りないそうだ。



 なので、僕がこの世界でギフトを活かすとしたら「魔法具を使う」のが最善だと言われた。



「魔法具って、魔法の力を再現した道具のことですよね?僕がこの世界に来て見たのは灯りや湯沸かしのような日常的な魔法具ばかりなんですが……魔法具を使うだけで来訪者としての価値を発揮できるものなんでしょうか?」


「魔法具と言っても様々だ。魔力切れの心配をせずに軍事用や産業用の特殊魔法具を連続使用できるとなれば、そのギフトでも来訪者として十分な働きができるはずだ」



 そもそも魔法具とは、魔力を直接注いだり、魔物からとれる魔石を取りつけたりして魔法を再現するもののことを言うらしい。


 魔法の素質がなく、魔力が少ない人が「火種フレア」「灯りライト」「沸騰ボイル」といったごく簡単で、魔力消費量の少ない魔法を再現できるのが魔法具の利点だそうだ。


 そして、なかには攻撃魔法を放てるものだったり、広範囲の土木作業を一気にできるようなものだったりと、大きな効果を持つ魔法具もあるらしい。


 ただ、そうした「特殊魔法具」は高価で希少。それに魔法具で魔法を再現するのは、普通に魔法を使うのと比べて魔力の消費量が倍以上になるという。



 特殊魔法具は一般人では魔力が足りなくて使えないし、貴族にとっては高価で効率の悪い特殊魔法具を揃えるより、各属性の魔法使いを部下として迎えた方がよほど勝手が良い。


 実用に向かない特殊魔法具はどちらかというと工芸品・美術品としての色合いが強く、一部の物好きな魔法具職人が作り、好事家の貴族や豪商がコレクションしているようなものらしい。


 でも、僕の魔力量なら、そうした特殊魔法具を実用レベルで使いこなせるだろう、ということだった。



 つまり僕は「本人には何の力もないけれど、常人には使えない超強力な装備を使いこなせる」ような人間らしい。



「貴殿が来訪者としてこの王国で力を発揮することを期待する。今日は以上だ。もう下がりなさい」



 別館に戻ると、ユウヤさんや、昨日話して仲良くなった来訪者の人たちが待ってくれていた。



「おかえり、リオ君のギフトはどんなものだった?」



 そう聞いてくるユウヤさんに、僕は苦笑いを返した。


――――――――――――――――――――


 ギフト解析の儀式が終わって数日は、のんびり過ごして王都までの旅の疲れを癒す。


 途中で何度か例の「特殊魔法具」を僕が本当に使えるかどうかの実験もさせられたけど、問題なく使用できた。


 魔法具のおかげとはいえ、大きな火の玉を撃ったり電柱のように太い氷柱を撃ったりするのはなかなか刺激的な経験だった。



 そして王宮に来て1週間ほど経った頃、僕は他の数十人の来訪者と一緒に館の一室に集められる。


 そこには眼鏡をかけた白髪の、学者然とした初老の男性がいた。



「私はジーリング王国文部省のアラム・ザイツェフです。これから皆さんには、この王国の社会制度を学んでいただきます」



 どうやら今から、この世界のことをまったく知らない僕たちのために、詳しい説明があるらしい。1週間ほど期間が空いたのは、ある程度の人数にまとめて説明するために、新しい来訪者が王宮に集められるのを待っていたんだろう。


 そこからは、王国のこと、貴族社会や身分制度のこと、種族のこと、魔法のことなど、黒板への板書と口頭で延々と説明が続いた(ちなみに、僕たち来訪者は言葉と同じようにこの世界の文字も不思議と理解できる)。まるで学校の授業だ。



 まず、この王国のこと。これはノーフッド士爵に教えてもらった知識と被る部分も多かった。


 このジーリング王国の今の国王はエドワード・ジーリング7世で、43代目になる。


 王国自体は1041年の歴史を持っていて、1200年ほど前に覇権を握っていたある帝国の崩壊後、小国の乱立と戦乱が続いた200年ほどの暗黒期を経て、各小国を統一するかたちで初代国王がこの国を興したらしい。


 王国はアステア大陸南部のやや西寄りにあって、東はレギオン王国と、西はアルドワン王国と接している。


 南は海に面していて、その先のイリオン大陸北部には、アールクヴィスト共和国という国があるらしい。


 北にはディオス山脈という巨大な山々が走っていて、亜竜やワイバーンなどの竜種が住みつき、人が立ち入ることは不可能だという。



 東のレギオン王国は規模でも発展度でもジーリング王国と同じくらいで、一応は友好的と言える関係。


 一方で、西のアルドワン王国は規模では拮抗しているけど発展度はやや下、国境ではたびたび小競り合いが起こり、「敵国」と言ってもいい緊張状態にある。


 そして、南のアールクヴィスト共和国は文明的にはジーリング王国を上回るほど豊かだけど、国としての規模は小さい。関係は良好で盛んに貿易も行われている。


 これが、ジーリング王国を取り巻く現在の状況らしい。



 この他にも王国の1000年以上の歴史や、その中で主な大貴族家がどうやって興されていったかが語られたけど、さすがに一度で覚えるのは厳しい情報量だった。


 ザイツェフ氏も僕らが一度に覚えられるとは思っていないようで、「追々覚えていけばいいでしょう」と言っている。



 次に、貴族社会と身分制度について。


 このジーリング王国では、当然ながら国王と王家が頂点にいる。


 そしてその下に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵という順で上級貴族の爵位が並び、さらにその下に下級貴族である準男爵と士爵が続く。


 上級貴族は領地や特権を保障されることと引き換えに王家に忠誠を誓い、下級貴族は上級貴族の領地内でさらに街や村などの小規模な領地を与えらる。


 ただし、貴族の全員が領地を持っているわけではなく、軍人や官僚(法衣貴族)として王家や上級貴族に仕える者もいる。


 最下級の士爵になると数もかなり多く、その経済事情もさまざまで、貧しい村を治める士爵よりも平民の豪商の方がよほど裕福な場合も多いそうだ。ノーフッド士爵が自分を「木っ端貴族」と言っていた理由が分かった。



 貴族の下に来るのが平民。自作農や職人、商人、兵士や下級の文官などがこの身分になる。


 僕たち来訪者は王家や貴族に雇われてそこの「食客」という立場になるので、身分上は平民だけど、どこに行ってもそれなりの礼遇を受けるという。



 そしてその下には奴隷。なんと奴隷がこの王国の人口の半分以上を占めているらしい。


 その多くが農奴で、その他にも肉体労働や雑用を務める奴隷、戦闘奴隷、性奴隷などがいる。


 代々農奴として生きる者、借金返済の代わりに自分や家族を奴隷として売る者、罪を犯した罰として奴隷落ちする者など、奴隷身分にいる理由は様々。


 奴隷と主人は契約魔法で結ばれていて、奴隷は主人を害したり、命令に逆らったり、勝手に自殺したりできないようにされている。


 解放される条件も「借金奴隷として〇年働く」「数万~数十万ロークを支払って自分を買い戻す」など様々。


 特に重いのが「終身奴隷」で、契約魔法で一度その身分になると、一生涯解放できなくなるらしい。


 一族全員死刑になるほどの重罪を犯した者の家族が、連座での処刑を免れる代わりに落とされるような、奴隷身分の中でも最下層のものだそうだ。



 次に、種族について。


 アステア大陸南部で最も多いのは、ごく普通の人間。身体能力も寿命も魔力も平凡で、際立った個性も弱点もないからこそ最大多数として発展してきたとされている。


 そして、寿命が長く、豊富な魔力や魔法素質を持つ傾向にあるのが精霊族。エルフやドワーフ、小柄なノーム、2m以上の巨体を持つゴリアテなどを指す。


 ドワーフやノーム、ゴリアテは150年~200年の寿命を持ち、さらにエルフは1000年以上の寿命と、晩年まで若いままの容姿を保ち続ける不老長寿の特性を持つ。


 最後に、人間と動物の特長を併せ持つ獣人。寿命は人間と大差なく、筋力や聴覚、嗅覚など身体面では人間よりも高い能力を持つ者が多い。


 ただし魔力や魔法素質に関しては人間より劣るとされていて、魔法使いレベルの魔力や素質を持つ者は限りなく少ないそうだ。


 ジーリング王国と直接関わることはまずないけど、アステア大陸北部や他の大陸では、精霊族や獣人が多数を占める国もあるらしい。



 そして、魔法について。


 この世界の魔法は、自然界にはたらきかける「火」「水」「風」「土」の4属性魔法と、生物に直接はたらきかける「光」「闇」の魔法に大きく分けられる。


 4属性魔法については僕たちがゲームなどをもとに想像する「魔法」のイメージそのままだけど、いくら魔法と言っても、大地や天気を操ったり、1人で戦争の結果を左右するようなな力はない。


 あくまで「通常の武器より強力な遠距離攻撃ができる」「生活や仕事の上で便利な能力が使える」程度のものらしい。


 ただし、ギフトとして魔法の才能を授かった来訪者なら、この世界の一般的な魔法使いよりは格段に威力の高い魔法を扱えるだろう、と言われた。


 光魔法と闇魔法は生き物の身体や心に作用するもので、光魔法は怪我や病気の治療、身体能力の向上などの効果を持つ。


 闇魔法は逆に体調不良を引き起こしたり、精神を追い詰めたり、暗示をかけたりする効果がある。奴隷契約の魔法もこの闇魔法に分類されているらしい。



 魔法の素質を持って生まれる者は数十人に1人くらいはいるけど、「魔法使い」と呼べるほどの魔力を持つ者は数百人に1人しかいない。


 魔力の量は「火種フレアを起こすだけなら5」「炎の矢ファイアアロー1発で30」などポピュラーな魔法をもとにある程度数値化されているそうで、それをもとに僕は「魔力およそ8000」と計測されたらしい。


 ちなみに、体内の魔力は睡眠時に徐々に回復し、6時間で完全回復するそうだ。



 魔法具は、魔法が放たれるときの魔力の動きを観測・解析して図式化し、さらに特定の魔法素質を持つ魔物の素材を使うことで、「魔力を通すだけで魔法を再現する」という機能を実現した道具のこと。


火種フレア」や「灯りライト」といった簡単な家電程度の魔法具でも庶民ではなかなか買えない程度に高価で、特殊魔法具には先日説明されたように、高価な珍品扱いらしい。



 次に、宗教について。この世界の(少なくともこの国の)宗教は実にシンプルだった。


 アステア大陸南部からイリオン大陸にかけては、ただ「神」と呼ばれる唯一絶対の神が信仰されていて、都市や村には神殿がある。


「神殿」と言ってもそのサイズは都市や村の規模によって様々で、デザインはなぜか、地球で言うところの教会によく似ている。


 各国の首都レベルの神殿には「貨幣を作る魔法具」が備えられているそうで、そこでは「神託に基づいて、神から命じられた量の貨幣が作られている」らしい。


 この仕組みがいつ作られたかは不明。また、魔法具に関する情報も神殿内部のごく一部の者しか知らない。


 人々の宗教的・道徳的な拠り所というだけでなく、貨幣を作る組織としての役割があることから、神殿は世俗社会から独立して一定の地位を維持している。



 と、こうした怒涛の説明を、僕たち来訪者は数日かけて受けていった。



 あと、誰か他の来訪者が質問していたけど、ゲームみたいにレベルやHPみたいなシステムはないらしい。


――――――――――――――――――――


 最後に説明されたのは、僕たち来訪者について分かっていること。



 来訪者は普通の人間と異なり、召喚されたときのまま年を取らない。


 そして、寿命は「召喚されたときからおよそ150年」と言い伝えられているらしい。


 来訪者のギフトは一代限り。というか、そもそも僕たち来訪者は子供を作ることができない。これは過去の来訪者に共通していたことだそうだ。



 年を取らず、子孫も残せず、150年もの時を生きる。かなり衝撃的な情報のはずだけど、なぜか僕は動揺しなかったし、他の来訪者たちもショックを受けなかった。


 この異様な平常心は、もとの世界への未練をまったく感じなかったときの感覚によく似ていた。

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