第4話 魔力だけはある。

 王都の栄え方は圧倒的だった。アレス村どころか、サンスタッドとも比較にならない。


 ブロックで綺麗に整備された、幅20mはありそうな大通り。そこに面して並ぶ建物もひとつひとつが大きくて、これまではせいぜい3階建てのものしか見なかったのに、ここでは5階建てを超えるものも見られた。


 行き交う人々の種族もさらに多彩だった。


 白い肌にとがった耳のエルフもいれば、ずんぐりした体格で顔が髭に覆われたドワーフもいる。2mを超える大男が荷物を運んでいたり、逆に1mもない小柄な女の人がダチョウのような生き物に乗って移動していたりもした。



 王都に入ったときから見えていたけど、王宮も相当に大きい。その敷地だけでちょっとした街くらいの規模がある。


 ノーフッド士爵の部下の一人が王宮へと先行して報告に向かっていたので、僕たちが入り口についたときには、もう出迎えが来ていた。


 王宮に仕える官僚だという男性とノーフッド士爵が事務的な連絡を交わした後、官僚の人についてくるように促された。ノーフッド士爵とはここでお別れらしい。


 別れ際、ノーフッド士爵からは「それでは、来訪者殿の今後の健闘を祈る」という固い挨拶の後に、少し表情を崩しながら「見知らぬ世界に来て戸惑っていると思うが、気を強く持って頑張りなさい」と言葉をかけられた。


 最後の一言は軍人としての任務上の言葉ではなく、彼個人の言葉だったようだ。


――――――――――――――――――――


 移動中、まずは名前と年齢を聞かれたので、「アサカ リオです。19歳です」と答える。この世界で初めてちゃんと名乗った気がする。


 官僚さんは「『リオ』が名、『アサカ』が姓で間違いありませんか」と確認しながらそれを羊皮紙に書き記すと、ここまでの旅への労いの言葉や、今後の説明を語ってくる。


 それによると、来訪者は王宮内の別館に集められて、来訪者召喚の時期が終わって全員が揃うまで、そこでしばらく暮らすことになるらしい。


 館では全員に個室が与えられて、食事は食堂に行けばいつでも用意されるし、娯楽室も図書室も広い庭も、さらに男女別の浴場まであるという。


 そこまで贅沢にもてなされる理由を聞いたら、「来訪者の皆様は王国の宝と言うべき存在です。王国の威信をかけて、あなた方に不自由な思いをさせるわけにはいきません」と言われた。


 ジーリング王国の待遇の良さを見せておくことで、ギフトという強い力を持った来訪者たちを味方に引き入れたいってことか。



 来訪者たちの暮らす別館は、王宮の敷地内でもさらにまた内壁に囲まれていた。内壁の門の前に、僕と同じ日本人と思われる男性が立っている。


 彼は僕に笑いかけながら言った。



「やあ、初めまして。色々大変だっただろう。もう大丈夫だよ」


――――――――――――――――――――


「別館の案内は僕が引き継ぐので」とこの日本人男性が言うと、官僚さんは「明日はアサカ殿のギフト解析の儀式があるので、午後にお迎えに上がります」と言って戻っていった。



「僕はサイトウ ユウヤだ。よろしく」


「アサカ リオです。よろしくお願いします」



 内壁の門をくぐり、庭を通って館まで歩く。庭では他の来訪者たちがテラスのようなスペースで座って話したり、サッカーのような遊びをしたりしていて、僕を見て「今日新しく来たの?」声をかけてくれる人もいた。


 他の来訪者たちは皆この世界の普通の服を着ているので、謎素材の真っ白な服を着ている僕は目立つ。ユウヤさんからは「まずその服を着替えた方がいいだろう」と言われた。


 館に入り、僕にあてがわれた個室に着く。部屋の前には館付きのメイドさんが立っていて、「何なりとお申しつけくださいませ」と挨拶してくる。


 灯りの魔法具やお湯を沸かす魔法具など部屋の生活用品の説明があるので、着いたばかりの来訪者にはメイドが付いてくれるらしい。


 最初は来訪者一人ひとりに専属のメイドがつく予定だったけど、「ずっと使用人にいられるとストレスになる」という声が出て却下になったそうだった。


 現代日本でメイドが傍で控えるような生活をしていた人なんてほとんどいないだろうし、仕方ないだろうな。



「1階のロビーで待ってるから、着替えたら降りておいで」とユウヤさんに言われたので、ひとまず自分の部屋に入る。メイドさんもついてきた。


 部屋の中は、アレス村やサンスタッドの客室と比べて明らかに豪華だった。現代日本のレトロで高級なホテルだと言われても信じられる。


 メイドさんは僕に部屋の設備を説明した後、ベッド横のクローゼットを開けた。そこには、この世界のごく一般的な服が何着か入っていた。


 派手さはないけど上等そうな服の中から、適当に1つ選んで着る。



 この世界に来たときのこの真っ白い服は、なぜか召喚から1週間ほどで溶けるように消えてしまうそうだ。他の来訪者たちの服がそうだったらしい。


 1週間誰にも見つからなかったら、全裸で自然の中をさまようことになっていたと思うと笑えない。



 着替えてロビーに降りると、「せっかく天気がいいから庭で色々話そうか」とユウヤさんに言われた。


 テラスのようにテーブルや椅子の置かれた場所があって、そこに座る。僕が新しい来訪者だと知って、ユウヤさん以外にも何人かが集まって話を聞きに来た。



 ユウヤさんは、来訪者たちの話をまとめるリーダー的な役割を務めているらしい。


 王宮に着いた4人目の来訪者だったそうで、「来訪者同士で自分たちの状況やこの世界のことを話し合っているうちに、自然とそういうポジションになっちゃったんだ」と笑っていた。


 彼の説明で、いくつかのことが分かった。



 まず、来訪者は最年少で15歳、最年長で30歳。


 そして、住んでいた場所がなぜか西日本に寄っているそうだ。一番東でも三重県までの出身者で、西は沖縄まで。今のところ、日本以外の国からの来訪者はいない。それらの理由は不明だ。


 人口の多い地域の出身者が集中しているというわけでもなく、どの府県からもほぼ等しい割合で召喚されてるらしい。



「あと、ちょっと変なことを聞くようだけど、リオくんはもとの世界で生活や仕事に悩んだりはしていなかったかい?生きるのに疲れたとか、どこか別世界に行きたいとか考えたことはなかった?」



 引きこもりで将来に悩んでいた話をすると、ユウヤさんや他の来訪者たちはどこか納得した様子だった。


 これは来訪者同士で話しているうちに判明したことで、程度の差はあれど全員が何かの理由で「現実が生きづらい」「人生から逃げたい」と考えていたらしい。


 さらに、「来訪者はもとの世界での生活に未練を感じない」というのも全員に共通しているそうだ。


 いくら人生に悩みを抱えていたとはいえ、全員揃って不自然なほどにもとの世界への執着がほとんど見られないので、「あの精神世界を通るときに思考を操作されたんだろう」という結論で一致していた。


 召喚された日の夜に僕が考察したことは、おそらく正しいみたいだ。



 ギフトに関しての話も聞いた。皆もうギフト解析の儀式を受けて、自分の能力を知ったらしい。


「火魔法の才能」「水魔法の才能」のような分かりやすいものから、「一時的に身体能力を数倍まで高める力」「瞬間移動」「透明化」のようなユニークな特殊能力まで、人それぞれらしい。


 ちなみにユウヤさんの能力は、「土魔法の才能」だったそうだ。


 それぞれギフトの詳しい内容を実験したり、ギフトを活用するための訓練を始めたりしているという。


 僕は明日がギフト解析の儀式だったな。楽しみでもあるし、変なギフトだったらと思うとちょっと不安もある。



 来訪者についてのユウヤさんの説明が終わると、後は皆で雑談をしながら過ごした。


 久しぶりに共通の話題がある人たちに囲まれて話が弾む。数日前まで自分が人見知りの引きこもりニートだったのが嘘みたいだ。


――――――――――――――――――――


「それでは、来訪者リオ・アサカ殿のギフト解析を始めさせていただきます」



 次の日の午後。王城の一室で、僕は宮廷魔導士だというローブ姿の男性の前に座っていた。


 部屋は学校の教室ほどの広さで、宮廷魔導士の後ろには、一目見ただけで高貴な身分の人物だと分かる初老の男性と、護衛らしい完全武装の騎士が立っている。


 初老の男性は、この王国の内務大臣だというサヴォア侯爵閣下。ギフト解析の儀式は、証人として大臣クラスの要人に見届けられながら行われるらしい。



 宮廷魔導士の指示に従って、僕は目の前に置かれた水晶に両手を当てて目を瞑る。と、まるで心臓を直接撫でられるような、身体の中が奇妙にざわつく感覚があった。


 いいと言われるまで水晶から手を離してはいけないと言われ、ざわつく違和感にじっと耐える。


 ギフト解析は30秒ほどで終わった。



「……リオ殿のギフトは『膨大な魔力』です」



 水晶を注視しながら、宮廷魔導士が言う。それに対してサヴォア侯爵が聞いた。



「『膨大な魔力』というと?」


「言葉の通り、通常の人間と比べて遥かに多い魔力を持っていることが彼のギフトです。数値換算でおよそ8000というところでしょうか」


「ほう、それはまた……凄まじいな」



 その数字がどれくらい凄いのか分からなくて困った顔をしていた僕に、「普通の人間の魔力は50もない。一般的に『魔法使い』と呼ばれる人間でも魔力は200から300ほどで、500もあれば王家に召し抱えられて宮廷魔導士になれる」とサヴォア侯爵が説明してくれた。



 ということは、僕の魔力は王国お抱えの宮廷魔導士16人分か。確かに尋常じゃないな。



「それで、この来訪者リオ殿にはどのような魔法の素質が?」


「それが……彼に魔法の素質はありません」


「何?確かか?」


「はい。全属性まったく反応がありません」



 宮廷魔導士は困惑した表情で、サヴォア侯爵も難しい顔をしている。それを見て僕も不安な顔になる。何だか雲行きが怪しくなってきた。



「魔力だけが膨大にあり、しかし魔法は使えない。ということはギフトの使い道は……」


「魔法具なら素質がなくても魔力を注げば扱えるはずなので……そういった面では活躍の場があるでしょうか」


「来訪者のギフトは独特なものが多いが、これはまた際立って癖のある能力だな……」



 聞いているだけでもなんとなく予想ができた。



 魔力だけはある。それ以外には何もない。それが僕のギフトというわけだ。このギフトがこの世界でどれほど価値があるのかはまだよく分からないけど。

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