第8話 彼女に好かれる。
「こちらの奴隷ですか?珍しいクォーターエルフではありますが、魔法も使えなければエルフの血を持つわりに見た目がいいわけでもありません。特に際立った技能もありませんよ。他にもっといい奴隷もいますが、本当によろしいのですか?」
奴隷商は少し驚いたように言う。
この子の耳が少し尖っているのは、エルフの血が1/4流れているかららしい。
エルフは容姿端麗な人が多いとは聞いていたけど、この子はクォーターエルフの中でも美人ではない方なのか。
現代日本だったらアイドルになれるレベルだと思うんだけどな。
王宮の講義で「エルフはずば抜けて長寿」という話を聞いたけど、クォーターエルフの寿命はどうなんだろう。
奴隷商によると、エルフの血が持つ長寿の力はハーフエルフになると500年以下にまで下がり、クォーターエルフとなると寿命は200年程度だそうだ。不老の力も一生は続かず、晩年20年ほどかけて老化していくらしい。
そして、この子は今20歳だという。来訪者の僕の寿命が150年なので、この子は僕よりも少し長生きするのか。
でも、この子の生涯のほとんどは僕が面倒を見られるし、いずれ僕が死んだ後のこの子の境遇も、今から考えていけばどうにかできるはず。
それに、なんとなく目についただけだけど、なんだか放っておけない。やっぱりこの子を迎えよう。
珍しいクォーターエルフということもあって、この子の価格は6万ロークだった。
奴隷市場の中に置かれたテント内に案内され、売買の証明となる書類にサインして代金の金貨6枚を渡す。
その後しばらく待つと、彼女が連れてこられた。檻で見たときは顔や髪が汚れていたけど、今はきれいに洗われているように見える。終身奴隷の証だという紋様が首を一周するように刻まれていた。
「ほら、この御方がお前を買われるんだ!異世界からの来訪者様だぞ、よかったじゃないか!ちゃんと挨拶をせんか!」
そう言いながら奴隷商が彼女を引っ張って僕の前に立たせる。可哀想だから乱暴に扱うのは止めてあげてほしい。
自分の買主が来訪者だと聞いたからか、彼女は少し驚いた表情で顔を上げる。
「……カノンと申します。どうぞよろしくお願いします、ご主人様……」
「僕は来訪者のリオ アサカだよ。よろしくね」
これが、僕とカノンが初めて交わした会話だった。
――――――――――――――――――――
奴隷市場お抱えの闇魔法使いが「お手を取らせていただきます」と言いながら僕の手を握り、反対の手でカノンの手を掴む。
青白い光が僕らを包み、僕の中の魔力が少しカノンに流れていくような感覚があった後、
「これで、奴隷契約の魔法は完了でございます」
こうしてカノンは正式に僕のものになった。
サジュマンさんから「後は特に買い揃えるものもないでしょう」と言われたけど……
時間がまだ大丈夫か確認して、カノンの身の回りのものを買いに行くことにした。
今のカノンは、粗末な貫頭衣を身に着けているだけ。おまけに裸足だ。
ジョエルさんによると終身奴隷の服装は皆こんなものらしいけど、さすがに女の子をこの格好のまま連れ歩くのは可哀想すぎる。
というわけで、馬車で平民街に向かってもらい、服屋に入る。今回は早くまともな服を買ってあげたいので、一から仕立てるのではなく吊るしのものが多い店を選んだ。
僕が好きな服を選んでいいと言うと、カノンは「ですが、ですが、これは平民の方が着る服です。高いです。私は終身奴隷なのに……」とものすごくオロオロしている。
「カノン。僕は自分の傍に仕える奴隷にはなるべくきれいで質のいい服を着せたいと思っているんだ。僕が君にこういう服を着せたくて買うんだ。だから僕のためだと思って、自分が着たい服を選んでほしいな」
そこまで言って、ようやく彼女が選んだのは黒くてシンプルなワンピースだった。
「これがいいの?」
「はい……黒が好きです。私が小さいときに死んでしまったお父さんの髪や瞳を思い出すんです……あ、ご主人様の髪や瞳も黒なんですね」
そう言ってカノンが僕の目を見る。さっきまでずっと不安そうだった彼女の口元が、少しだけほころんだように見えた。
「じゃあ、これを買おう。一着だけだと足りないだろうから、他にも何着か買っておこうか」
カノンが選んだ服と似たデザインのものをいくつか選ぶ。何着も買ってもらえると思っていなかったのかカノンはかなり恐縮した様子だったけど、さっきと同じように言ってなだめた。
カノン自身が選んだ一着に店内で着替えてもらうと、さっきまでの粗末な恰好から見違えた。めちゃめちゃ可愛い。
僕よりも少し背が高いのもあって、カノンの方が主人の僕なんかよりよほど華があるように見えた。
その後もいくつかの店を回り、僕と同じようにカノンの外套やブーツも注文して、鞄や靴、身の回りの品も買った。
その間ずっとカノンは「私、ただの奴隷です……本当にこんなにいいものばかり、たくさんいいのですか……?」と不安そうにしていた。
そのたびに「僕は奴隷にもいい身なりをさせるのが好きなんだ」「これから君をずっと大事に扱うから、これはそのために買うんだよ」と言い聞かせる。
サジュマンさんに確認したけど、「奴隷にいい服や持ち物を買い与える」という行為自体は別にタブーではないそうだ。
物好きな貴族などの中には、お気に入りの奴隷を着飾らせて連れているような人もいるらしい。
ただ、ごく普通の家事奴隷をここまで厚遇する例は滅多にないだろう、と苦笑されたけど。
カノンの身の回りのものを買い揃えたら残金が1万ロークを切ってしまったけど、後から年給ももらえるし、今は日常生活で現金を使う機会もほとんどないし、別に構わないだろう。
――――――――――――――――――――
王宮の別館に帰って来た頃には、だいぶ日が傾いていた。
カノンの買い物にまで文句ひとつ言わず付き合ってくれたサジュマンさんにお礼を言って別れる。
僕たちが買った大量の荷物は、館付きの使用人たちが部屋まで運んでくれた。
王宮に入るのが初めてのカノンは、おそるおそる周りを見回しながら僕の後についてくる。
よほど不安なのか僕の服の裾を掴むように縋ってきたので、「大丈夫だよ」と言いながらその手を握って引いて歩いた。
他の来訪者たちの反応は様々だ。「お前も奴隷買ったの?かわいじゃん!」と気軽に声をかけてくれる顔見知りもいれば、「奴隷を買う奴はクズ」と言わんばかりに遠くからこちらを睨んでくる人もいる。
……これまで奴隷についての議論にはなるべく関わらないようにしてきたけど、自分が非難される側になったら意外とむかつくな。
僕が買わなかったら、この子は地獄みたいな環境でこの先150年以上も生きることになってたんだ。
僕が買ったところでこの子の身分は一生奴隷のまま(終身奴隷化の魔法を解く方法はない)だし、あの場にいた他の終身奴隷たちは救われないし、僕のやったことなんてちっぽけな偽善かもしれない。
でも、ああやって睨みつけるだけで自分が正義だと思っている人よりは意味のあることをしたつもりだけどな。
自分が睨まれていると勘違いしたカノンが泣きそうになっていたので、「大丈夫、あれは僕を睨んでるんだ。カノンは気にしなくていいんだよ」となだめながら急いで館の中に入った。
その後もカノンは館のロビーを見ては驚き、僕の個室を見ては驚き、そこに佇むゴーレムを見ては驚き、さらに食堂で出された食事を見ては驚いていた(食堂は一応は来訪者専用ってことになっているけど、他にも奴隷を連れこんでいる来訪者はいるので今さら何も言われない)。
特に食事への反応は劇的だった。
今までは古くなった黒パンや、腐る寸前の芋や野菜を食べさせられていたらしい。
それならここの食事は美味しいはずだ。現代日本の食生活を知っている僕たち来訪者だって美味しく感じるんだから。
カノンは涙を流さんばかりに感激しながら食事を食べきると、
「こんなに美味しい食事をいただけるなんて夢みたいです……あんな上等な服や靴も買っていただいて、それに大きくて強そうなゴーレム?も従えていて、ご主人様は凄いです。まるで神様ような方です」とキラキラした目で言ってきた。
……前世ではこんなに可愛い子からこんな表情を向けられたことなんてない。ドキッとするじゃないか。
「これからはずっとこうやってカノンを大切にするからね。だから安心して僕に仕えてほしい」
少し照れながら、照れていることを気づかれないように気を付けながら、僕はそう答えた。
――――――――――――――――――――
さて、問題は夜だ。来訪者の個室にベッドはひとつしかない。
食堂で僕と同じように女の子の奴隷を買った男の来訪者に何人か話を聞いたけど、「毛布を渡して床で寝かせてる」という人もいれば「同じベッドで寝てるし、ヤることもヤってる」という人もいた。
後者はさすがにどうなんだと思ったけど、その横で彼に寄り添っていた奴隷の少女もまんざらでもなさそうだったからいいのか?
館付きの使用人にベッドをもうひとつ運び込めないか相談したら「王家所有のベッドを奴隷に使わせることはできません」と断られてしまった。
さすがに奴隷のカノンにベッドを与えて僕が床で寝るのは、この世界の身分のルール的にアウトな気がする。
ちょっと可哀想だけど、彼女には毛布にくるまって床で寝てもらうしかないか。室内は寒くはないから、風邪を引く心配はないだろう。
「カノン、夜寝るときなんだけどさ、」
「は、はい!あ、あの、私は夜伽の経験はありませんが、誠心誠意ご奉仕させていただきますのでどうか可愛がってくださいませっ!」
……おいおいおいちょっと待て。そんな顔を真っ赤にして可愛い顔でこっちを見るなって。
え?何?いいの?いや、いやいや駄目だろ。まだ出会って半日だぞ僕たち。
もとの世界で女性経験ゼロの僕は、こういう事態への免疫も当然ゼロだ。激しく動揺しながらも、なるべく冷静に聞こえるように言う。
「……いや、僕は無理やりカノンにそういう奉仕をさせたりはしないよ。ベッドがひとつしかないから、悪いんだけどカノンはカーペットの上で寝てもらってもいいかな?毛布はあるから」
と言うと、カノンはまるで自分を全否定されたような悲愴な表情になる。
「私は……私はお傍には置いていただけないほど女として貧相でしょうか……?」
「いや、そんなことないよ。カノンはすごく魅力的だと思う……そうじゃなくてさ、ご主人様として無理やりそういうことを命令させるのは酷いことだと思ってるんだ。それにカノンも、今日会ったばっかりの男とそういうことをしたり、隣で寝たりするのは嫌でしょ?」
「いえ!ご主人様は素晴らしい方です!これから奴隷としてご主人様にお仕えして、ご寵愛をいただくことが私の幸せです!」
うーん……なんで僕はこんなに熱烈に尊敬されてるんだ。
その後もしばらく押し問答があって、結局「夜伽はさせないけど、傍に寄り添って眠ることは認める」ということで落ち着いた。
床で寝ることを強く勧めたけど、まるで飼い主と添い寝しようとして拒否されたペットのような悲しい目で見られたので、隣で寝ることは拒否できなかった。
(……こんなに簡単に好かれていいのかな)
「寄り添う」というレベルを超えて、僕の腕を抱きかかえるようにして眠るカノンの息づかいを感じながら考える。
そりゃあカノンにとっては、僕はある日いきなり現れて地獄から天国に引き上げてくれた存在に見えるかもしれない。
僕は「来訪者」という特別な立場にいるし、ギフトという力も持っている。カノンにもできる限り優しく接したつもりだ。
けど、だからといって1日目でここまで心を開いてくれるものなのか。いくら「神様のよう」だからって、身も心も捧げるほどの魅力は僕にあるのか。
努力もなく授かった来訪者の力と地位でカノンの敬愛を得てしまったみたいで、少し複雑な気持ちになりながらその日は眠った。
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