第5話 お姫様は自分が攫われたい。

ツイアリティが迎えにきたのはきっかり一週間後だ。

行ってきますとキールダーに手を振って、王城の裏にある門から彼女が用意した豪奢な馬車に乗り込む。攫われ方としては問題はあるが、最終的には目的が果たされれば満足だ。

にこにことルエットは席に着いた。


そのまま馬車は王都を出て、林道を抜けて走っていく。

向かい合わせに座った二人だったが、ルエットは静かに口を開いた。


「このまま、どこに連れていっていただけるのかしら」

「もちろん、ライボス伯爵のもとですわ」

「え、ライボス伯爵ですって?」


思わず頓狂な声をあげた。


「感謝なさって。受け入れてくれるところを探すのに苦労しましたわ。目ぼしいところはほとんど貴女が既に断ってしまっておられるのだもの。彼はね、先月婚約者を亡くされて新しい婚約者を探しておられたの。このタイミングの良さ、まさに神の啓示よね?」

「ライボス伯爵は駄目よ!」

「え、なぜ? 年は二つ上で美形で優しくて浮気はしないし、領地経営も真っ当よ。何が不満だっていうの?!」

「真っ当すぎるからよ」


よく、聞きなさいとびしりと指を突きつけて熱く語る。


「私はね、肥満の老人とか、暴君とか、愛人50人囲ってるだとか色ボケ宰相とか世界を終わらせるような魔王とかに攫われたいのであって、決して結婚したいわけではないのよ!」

「え、正気?」

「当たり前でしょう! 私の夢を甘くみないでちょうだい。もう10年以上も計画して温めていた筋金入りの夢なんだから!」


えへんと胸を張れば、ポカンと絶句したツイアリティの間抜け顔が見られた。ちょっと溜飲が下がる。

だが、ガタンと馬車が急停車したので、ルエットは座席から転がって前の壁に頭を勢いよくぶつけた。

せっかくツイアリティに格好よくキメテいたというのに、台無しだ。


「いたた、何事なのっ?!」

「ちょっと、降りてきていただきましょうか?」


ルエットが外に向かって叫べば、野太い男の声が聞こえた。知らない声だ。

ツイアリティの粋な計らいかと期待を込めて見つめれば首をぶんぶんと横に振られた。蒼白な顔も演技ではないのだろう。


妄想が現実になる予感にルエットは震えた。

扉を開ければ、外には馬車を囲むように10人以上の男たちが立っていた。服装は薄汚れていて、真っ当な生活を送っているようには見えない。

とうとう現れたのだ。

自分を攫ってくれそうな男たちが。

しかも明らかに悪役顔をしている。

男がゆっくりと下卑た笑いを浮かべて、口を開いた。


「あんたが、ツイアリティ伯爵令嬢か?」

「全く違うわよ! もうなんなの?! 私の何が不服だっていうのよ!!」


ルエットの不満は頂点に達した。

期待をしたぶん、相乗効果で増しました。


「いや、関係ないならあんたに用はないんだが……」

「何を言っているの。一国の姫をこけにして無事でいられると思わないでちょうだい」


言うないなや、ルエットは背中から鞭を取り出した。そのままぱしんと地面を打つ。

地面は一瞬で抉れた。

その様子を見ていた男たちが一様にひきつった表情になる。


「ひっ、まさか、あんた……じゃなかった貴女様はルエット王女殿下であらせられますか?!」

「まさか、あの猛獣使いの姫殿下?!」

「ひえぇぇぇ、逆らう者を簡単に血祭りにあげるというアノ『鮮血の女王様』……」

「ぎゃあああ、助けてー!!」

「連れ去られるぅぅっ」

「攫って欲しいのはこちらのほうなんだってば!」


阿鼻叫喚になって逃げ惑う男たちの痛々しい悲鳴に重なって、ルエットの魂の叫びが辺りにこだましたのだった。

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