第9話 デート

 依頼クエストまで後5日。本当は今日も狩りに行く予定で外に出かけたのだが。


「こ、ここのクレープ、美味しいね。」

「うん。美味しい。」


 エリスちゃんとデートする事になった。


 何故こんな事になったかと言うと、それは

 20分程前に遡る。




「–––––よし。」


 鞘にしまってあるナイフを持ち、僕は家から出て鍛冶屋に向かっていた。


 昨日、防具にひびが入っている事に気づいた僕は鍛冶屋に向かい、修理を頼んでいた。


 修理代に1000ベルを失ったのは痛い。でも、新品を買うよりよっぽど安いので我慢だ。


 町の大広場。そこは大きな噴水や公園があり、みんなと待ち合わせ場所となっている。

 そんな大広場を通り、鍛冶屋に向かうはずだったのだが。


「アレス?」


 凛とした声が僕の名前を呼んだ。


 声の方に振り返り、その姿を確認する。


「エリスちゃん。お、おはよう。」

「おはよう。最近、よく会うね。」


 ふふっとエリスちゃんは微笑しながら、僕を見つめる。


 ……綺麗な紅い瞳だ。見惚れてしまいそうなほどに。


「……エリスちゃんは何をしてたの?」

「……別に。町を歩いていただけ。」

「散歩?」

「うん。散歩してた。」

「………。」


 今のエリスちゃんの服装は私服だ。5年ぶりに会ってからは戦闘服しか見ていないから凄く新鮮だし、魅力的だ。


「どうしたの?」

「えっ、いや、なんでもない。」

「……もし、今日何も予定がないなら、一緒に町をまわろうよ。」

「………っ!?」


 え、エリスちゃん町をまわる!?こ、これってデートだよね!?

 あっでも、今日は鍛冶屋に寄って防具を貰ってから冒険する予定が………。


「––––––。」

「アレス?」

「うん!行こっか!今日は予定ないし!!」


 まっいっか!そんなの明日やればいいし。エリスちゃんに誘われるなんて滅多にないだろうし、その機会を逃すわけにはいかないよね!


「それでどこ行くの?」

「いろいろ。」

「あ、うん。」


 エリスちゃんは歩き始める。僕は苦笑しながら、後を追う。


 思ったんだけど、エリスちゃん5年経ってから天然になってるような気がする。こんなおっとりした感じじゃなくて、昔はもっと元気よくて活発的な女の子だったのに。


「あっ、クレープ食べる?」

「ん?食べようかな。」


 エリスちゃんが足を止めた前にあったのは、クレープ屋さんだった。


「………」


 エリスちゃんは無言でメニューを見つめる。


 僕も近づき、何を頼むか決める為、メニューを見つめる。


「おっ、エリスちゃん。この子は彼氏かー?」


 屋台おじさんが興味津々に尋ねる。


「か、かかか、彼氏っ!?」

「ううん。私の幼馴染だよ。」


 動揺して上手く舌がまわらない僕とは違い、エリスちゃんはいつも通りの口調でおじさんに答えを返す。


「………へー。幼馴染ね。頑張りなよ。」


 何か察したのか、おじさんは僕の方を見て、笑みを浮かべる。や、やっぱり、今のはまずかったかな。


「それじゃあ、私はバナナチョコください。」

「ぼ、僕はツナポテトで……。」

「あいよ!隣の椅子に座って待っててくれ!」


 おじさんの言う通りに大人しく椅子に座る。


 座った先に広がる景色は、大きな公園。

 小さな子供達がわいわい楽しんで遊んでいる。


 その光景に微笑し、懐かしい記憶を思い出す。


「僕達もよくああやって遊んだよね。」

「うん。私達がいた村には公園は無かったけどね。」

「そのかわり、自然がいっぱいあった。」

「うん。そうだね。」


 いろんなものが変わったと、この光景を見て改めてそう思う。


 僕の知らない5年間で彼女エリスは変わり、強くなった。僕も、少しずつ変わっていっている。


 弱いままの僕じゃ駄目なんだ。泣き虫のままじゃあ、いつまでも追いつけない。憧れに手を届かせる事が出来ない。


 でも、叶うなら。


「あの頃に戻りたいな……。」


 何も悩まず、ただ楽しく彼女と過ごす日々に。


「ん、どうしたの?」


 僕の声が聞こえていなかったエリスちゃんは、不思議そうにこっちを向く。


「いや、なんでもないよ。」


 苦笑しながらそう言い、再び公園に目を向けると屋台のほうから声が聞こえて来た。


「出来たよ!」


 おじさんが二つのクレープを持ち、こっちやって来ていた。


「あっ、ありがとうございます。」


 礼を言い、クレープを受け取る。


「いただきます。」


 そう言った後、僕はクレープを食べ始める。


「こ、ここのクレープ、美味しいね。」


 ツナポテトなんて初めて食べたけど、うん。悪くない。というか、好きかもしれない。


「うん。美味しい。」


 エリスちゃんもバナナチョコが入ったクレープを美味しそうに食べる。


「………。」


 僕はエリスちゃんの顔を見て、静かになる。


「どうしたの?」

「ついてるよ。チョコが。」


 エリスちゃんの口元にチョコがついていたのだ。


「……。」


 エリスはほんのり顔を紅くし、ぺろりとチョコを舐めとる。

 うぅ。その仕草、凄く可愛い……。


 その後、クレープを食べ終わるとエリスちゃんは椅子から立ち上がり、僕を見つめる。


「行こっか。」

「うん。」


 僕も立ち上がり、エリスちゃんの隣に立つ。


「それで、どこ行くの?」


 歩き始めたエリスちゃんについて行きながら、僕は聞いてみる。


「いろいろ。」

「………」


 この流れ、さっきやったような……。


 苦笑しながら、エリスちゃんの隣を歩く。

 その道中、何人かの冒険者とすれ違った。


「あれって記録姫レコードクイーンだよな?」

「最速の美女が男連れ!?」


 こんな風に声が聞こえて来た。


 後、男達からの視線が凄く怖い。


「エリス。」


 その時、前にいた冒険者らしき男がエリスちゃんに声をかけた。

 大人しそうな雰囲気の青年だった。


「あっ、ゼルド。」

「………ゼルド?」


 エリスちゃんから発せられた名前を聞き、僕は固まる。


「何をしているんだ?」

「散歩。」

「そうか。」

「も……」

「どうしたの?」

「もしかして、氷結グラキエスのゼルド=バートムさんですかっ!?」

「えっ、あぁ。そうだけど。」


 ゼルドさん。アストライオスギルドの団員でレベルは56。氷の魔法に優れており、あらゆる生物を凍らせる所から氷結グラキエスと呼ばれてる僕の憧れる冒険者の一人だ!


「ぼ、僕、ゼルドさんのファンなんでず!!あ、握手お願いしていいですか!?」

「あぁ。いいよ。」

「ありがとうございます!そ、それでは。」


 ゼルドさんは手をさしだし、僕はその手をがっしり握る。


「それで、君は?」


 僕が手を離すと、ゼルドさんは首を傾げながら聞いてきた。


「あっ、はい。僕はアレス=ガイアと申します!」

「アレス=ガイア………。君がヴァレスが言ってた子か。」

「えっ、ヴァレスさん?」

「あぁ。俺達の団長からお前の話を聞いた。高い評価だったぞ。」

「ヴァレスさんが……。」


 憧れの人から高い評価を得ていたなんて……。感動で涙が出そうだ。


「ヴァレスに評価を得ているお前に俺も期待している。だから。上り詰めて来い。俺達の所まで。」

「……はい!頑張ります!!」


 僕の返事にゼルドさんは微笑み、僕達の前から去っていく。


 あぁ……。かっこいいな。


「………行こう。」


 僕達のやり取りを見ていたエリスは歩き始める。


「う、うん!」


 僕は小走りでエリスちゃんの後を追った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る