8
指定された場所はもう使われていない倉庫群だった。アルとネイサンはビルの屋上から待ち合わせ場所を見下ろしていた。アルは愛用の
倉庫の崩れた屋根から中が伺える。光の届くギリギリの部分に椅子が置かれ、そこにコートと帽子姿の男が座っている。薄闇に包まれ良く見えないが、
透明人間から送られてきた情報と頭の中で照らし合わせる。コートと帽子で隠されていて、奴かどうかがわからない。
風が強い。椅子に座った男の帽子が大きくはためくが、抑えようともしない。砂埃に口を塞ぐこともなく、まったく動きが見られない。妙だった。まるで殺してくださいと言わんばかりだ。
「どういうつもりだ?」
呼び出しておいてこの静けさは空恐ろしい。首筋がちりちりとする。
「このままでは埒が明かないな」
アルは
「奴のもとへ行ってみよう」
「アル様、それはあまりにも危険です」
「しかし、このままじっとしているというのも、気持ちが悪いだろう」
冷静沈着という
「では、私が行ってきますので、アル様はこちらから援護を」
「しかし、奴らはなにをしてくるかわからないぞ」
「私を誰だとお思いですか、坊ちゃま」
丁寧な言葉遣いのネイサンの背中から言いようのない覇気があふれ出る。執事服に包まれた筋肉が隆起する。こと戦闘においてはアルは彼の足下にも及ばない。年老いてなお豪腕・
「……わかった。無理はするなよ」
「はい、承知いたしました、坊ちゃま」
ネイサンは恭しく頭を下げると、手袋をはめなおし、屋上を後にした。光の入らぬ薄暗い階段を下りながら、肩をぐるりと回す。戦闘へと向かうネイサンの目に、さきほどまでの穏やかさはすでになく、冬ごもりを終えたばかりの熊を思わせる獰猛な光が灯っていた。
廃倉庫までは何の障害もなく辿り着き、少しばかり拍子抜けであった。鉄製の重たいはずの扉をネイサンはやすやすと開ける。砂埃が舞い、光線を受けちらちらと輝いた。
がらんとした廃倉庫の中は光と闇が混在している。入口と屋根に空いた穴から入った光は倉庫の中を半分ほど照らしている。その光と闇のちょうど境界線で男は座っている。仄暗い闇の中に、かろうじて人影が確認できた。
ネイサンはその目でぐるりと倉庫内を見渡してみる。他の人影は確認できない。いるとすれば彼の後ろ、闇の中だ。どちらにしろここからではわからないのだ。腹を括りネイサンは倉庫内へと足を踏み入れた。
穴の下まで来て足を止める。今ちょうど、屋上のアルからこちらが見えているだろう。場所の特定を避けるために意識してそちらは見ないようにする。
「アル様の代理の者だ」
ネイサンの声が倉庫内に微かに反響する。返事はない。隙間風が女の悲鳴のような甲高い音を立てた。椅子に座った男は前かがみになっており、帽子の
「いまからそちらへと向かう」
宣言をしてからネイサンはゆっくりと男へと近づいていく。足元で砂利が鳴る。突然に男が動き出しても反応が出来るよう、油断なく気を張っている。一歩、また一歩と近づいていく。もう少しで手が届きそうな距離になったとき、椅子に座った男の背後で、突然フラッシュが焚かれた。
腹部に熱を感じる。見下ろすこともなく直観で撃たれたとわかった。敵はあの闇の中に潜んでいたのだ。しくじった。だが、まだ終わったわけではない。傷はそう深くない。まだ動ける。
「うおおおお!!」
咆哮をあげ、ネイサンは闇へ向かって突進した。その迫力に怯えたのか、闇の中からひとりの男が飛び出してくる。くたびれたコートを着た男。奴だ。ネイサンへと向かって
見る間にふたりの距離は縮まり、ネイサンの太い拳が男の右肩を捉えた。悲鳴があがり男が後ろに倒れこんだ。右手から拳銃が落ちる。ネイサンは地面に落ちた拳銃を蹴り飛ばし、男へと近づいた。
「待った、待ってくれ! 頼む、殺さないでくれ!」
男が情けない声をあげる。涙を流し、情けなく命乞いをする男に戦意はもうないだろう。ネイサンはそう判断し、ビルの屋上へと視線を向けた。こちら危険なし、とハンドサインを送る。
「おい、お前バカだろ」
かつて地下闘技場で死闘を繰り広げた
声に反応してネイサンは男へと視線を戻す。こちらへと向けられた左手、そこに小さな拳銃が握られている。護身用の小さな銃口から弾丸が放たれ、それはゆっくりと、しかし避けようもなく向かってきていた。
ネイサンの視界に弾丸が大きく、大きく映し出される。
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