3

「お前が透明人間カメレオンか?」

「ああ、その通り」


 とある港のもう使われていない廃倉庫の中に三人の男たちがいた。なにもない空間にぽつんと置かれた椅子に座る男と、入り口付近に並んで立っている二人の男だ。灯りは落としてあり、くすんだ窓と崩れた天井から差し込む光だけが光源だった。近づかなければ相手の顔さえもまともに見えないだろう。


「情報が欲しい」


 二人の男のうち、コートを着込んだ男が言った。顔を知られたくないのか、意図的に帽子を深くかぶっている。


「情報とはなんの?」

「すべてだ」

「すべて、とは?」


 再度問う。帽子の男は苛立たし気に靴裏で砂利を鳴らした。


「お前の持っている情報すべてだ」

「それを知ってどうする?」

「それはお前の知ることじゃない」


 簡潔なやり取り。椅子の男は顎に指をあて、少し考え込み、


「たしかに何に使うかは詮索すべきではなかったかな。では、質問を変えよう。あなたたちにはいくら用意がある?」


 情報は無料ではない。誰もが知っている常識だが、彼らはその常識の外へとはみ出たものたちだった。いわゆる外道である。


「金か? 金ならないぞ」


 もうひとりの男が拳の骨を盛大に鳴らす。二の腕の筋肉が山のように盛り上がる。かなり鍛えられた身体だ。対して情報屋のほうはお世辞にも鍛えているとは言えない痩身だ。ひょろりと伸びた手足は枯れ木のようで簡単に折れそうだ。


 ストレッチ代わりか肩を回しつつガタイのよい男が近づいてくる。その後ろではコートの男がいつの間にか拳銃を構えていた。障害物のない空の倉庫内では逃げることも敵わないだろう。かといって反撃をして勝てるはずもなく彼はすでに絶体絶命であった。だが、その顔に悲壮感はなく、いまだに悠然とした笑顔を浮かべている。


「拷問でもして情報を聞き出そうというのだろうが、私は一切喋らないことを約束しよう。それでもいいのなら、あなたたちの好きにするがいいさ」


 あまりにも余裕の態度にコートの男が狼狽えたが、すでに顔がはっきりと見えるほどに近くまで来ていた男の顔に物怖じする様子はまったくない。情報の有無など無関係に、彼はいまから人を痛めつける喜びに打ち震えていた。


「ああ、わかった。好きにさせて貰うぜ。面白くねぇから、途中で音をあげるんじゃねえぞ!」


 男のテーピングを巻いた拳が情報屋のこけた頬へ打ち下ろされる。肉を打つ鈍い音と、骨の砕ける鋭い音が同居する。歯が折れ、鼻と口から血が噴き出す。それでも情報屋は顔色ひとつ変えなかった。それがまた男の興奮を誘う。広く空虚な倉庫の中に、殴打音がいつまでも続いていた。


 情報屋の身体から力が抜け、その場に倒れこむ。激しい殴打に意識を失ったようだった。男が盛大に舌打ちをする。まだまだ殴り足りない。


「おい、殺すんじゃないぞ。情報を引き出すんだ」

「わかってるよ、うるせぇな。なにか紐持ってないか?」

「紐?」

「頑丈なやつがいい」


 コートの男はポケットを探るが、もちろん紐などあるはずもない。ついでに煙草を取り出して咥え、ライターで火をつける。その小さな灯りで足下にロープが落ちているのが見えた。


「これでいいか?」

「ああ、十分だ」


 ロープを受け取ると情報屋の手首にぐるぐると巻き付け、それを窓際の出っ張りに引っかけた。意識を失った情報屋の身体が手首を頂点にぶら下がる。その腹に、胸に、顎に、頬に男の拳が幾度もめり込む。その姿はサンドバッグそのものだった。

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