喰む

フロクロ

喰む


「……………………」


「…………おい、君。そこでうずくまってる君。どうかしたのか」


「…………私ですか?」


「君以外いないだろ、こんな時間に。高校生か? 夜中に女子がひとりで出歩いてたら危ないじゃないか」


「……どうしても、家にいるのが厭になってしまって」


「家出少女か……この後はどうするつもりだ?友達の家にでも泊まるのか?」


「いえ、とくに宛はないです……」


「おいおい、この路上で一夜を過ごすつもりか。世の男は俺みたいに分別があるとは限らないんだ。君みたいな可愛い子は悪い狼に食べられちゃうかもしれないんだから……」


「あの!すみません。……少しだけ、ここでお話しませんか?」


「え?」


「どうしても今は家に帰る気が起きなくて……少しお話したたら、そしたら家に戻ります。なので、少しだけ、お時間をください」


「そ、そんな真剣な目で見られたらこっちも断れないが……まぁ、こんな冴えないサラリーマンで良ければ相談に乗ってやろう」


「やった。私■■っていいます。■に■って書いて、■■」


「■■か……覚えやすい名前だな」


「うふふ、よく言われます」


「俺は……」


「あ、言わないで。おじさんの名前、当ててあげます。えーと……マサキさんでしょ」


「なんでわかるんだ。もしかして、胸ポケットの社員証でも見たか?」


「うふふ。私、人の顔を見だけで、その人の人生がわかるんです」


「ほんとかね」


「ほんと。例えば……おじさんは、小さい頃ご両親に愛されて育った」


「んー、まぁ、そうだったかもな……親には本当に感謝してるよ。親孝行したいと常日頃思ってんだが、結局あまりできちゃあいないな」


「小学校の頃はやんちゃだった」


「それはそうだな。未だに担任から年賀状で愚痴が送られてくる」


「そして、中学校に入ると完全にグレちゃった」


「お、よくわかってんじゃねぇか。それに関しちゃ居酒屋で今でも話す鉄板エピソードがあってよ……中庭の鯉を薙刀で……あれ、酒が抜けてねぇのかイマイチ思い出せねぇけど、中学の頃はもうめちゃくちゃだったね」


「マサキさん、冴えない人かと思ったら、面白い人なんですね。私、豊かな記憶を持ってる人、好きです」


「よせやい。本気にすんぞ」


「あ、でもそんなマサキさん、高校に入ると急に真面目な優等生になっちゃうんだ」


「おいおい、そんなことまでお見通しか……なんだか、若いのに魔女みたいだね、君は。その目を見てると、吸い込まれそうだ」


「うふふ。そうでしょう。高校生のマサキさんは夢を見つけて、それに向けて全力で勉強して、大学もそこそこいいとこに受かった」


「今じゃあ考えられないな。もう思い出せないが、輝いてたんだ。あの頃は」


「でも、大学に入ってからは、つまんない人になっちゃった。燃え尽きて、灰みたいな毎日。味のしない生活。うぇ、ほんとに無味無臭、淡白な大学生活を送ってきたんですね」


「ああ…………そうだったかもな」


「そのまま大したイベントもなく、薄い記憶を蓄え続けて大学を卒業」


「そう……あれ……俺? 大学?」


「一般企業に就職するも……おぇ、そこでもまた代わり映えのしない退屈な仕事のループ。同じ景色は圧縮され、起伏のない一年はコピー・アンド・ペーストで成り立っている」


「俺は……あれ」


「そして、今に至る。あちゃー、アタリかと思ったら、むしろハズレな方だな、こりゃ」


「俺は……」


「旨みのあるのは前半だけで、後半の味気なさったらない。まぁでも、腹ごしらえにはなったかな」


「君は……」


「ごめんね、おじさん。その最後の記憶は、私からのプレゼント」


「■■……」


「次からは気をつけてね。夜道は、悪い狼に食べられちゃうんだから、マサキさん」


「■■……」


「もう自分の名前も覚えてないか。私が、あなたのすべてになっちゃったね」


「■■……」


「でも、約束通り、私帰らないと」


「■■……」


「じゃあね」


「■■……」




「■■……」




「■■……」








「■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■」

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喰む フロクロ @frog96

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