我が!おちり道!

砂上楼閣

第1話〜とあるオチリストの記録

おちりとは。


断じてお尻などではない。


おちりとお尻は似て非なる存在である。


日々、人々は衝動のままにおちりを追い求める。


日夜、人々はよりよいおちりを拝むために地に伏せる。


おちりは天に人を作らず。


おちりの下に皆平等である。


……


それはとある偉大なオチリストの言葉…


✳︎✳︎✳︎


これは私の探求の記録である。


『おちり道を極めるのだ。そうすれば答えは出る』


師匠はその言葉を最後に、遠くへ旅立って行った。


私は一人、長く険しい道のりを前に呆然と立ち尽くすことになる。


『おちり道』


それは決して楽な道ではない。


目で見えて、しかし手は届かぬ頂きへの道。


遠く離れていてもそこにある確かな輝き。


すぐそばにあろうとも決して無用な手出しの出来ない神聖な存在。


それは視界の限りの砂漠から一粒の砂金を見つけ出すような奇跡。


私の、私だけのおちり道への探求が始まった。


✳︎✳︎✳︎


ちなみに師匠だが、今は通信教育に励んでいるそうだ。


渡り鳥たちのおちりをいい角度で見続ける為に、航空学を学ぶのだとか。


さすが師匠。


軍隊仕込みの匍匐を使い分け、スコープ越しにおちりを眺めること半世紀。


一日中見つめ続けるためにおむつを吟味し、寺で絶食の修行をし、資金繰りの為に経済学を学んだ男。


師匠もまた探求者なのだ。


✳︎✳︎✳︎


さて、おちり道、か。


そもそもだ。


おちりとは何か。


その問いに向き合うこと半年。


自問自答を繰り返し、気付けばおちりを眺める毎日。


未だに答えは出ない。


愛とは何かと同じだ。


尊く、情熱的であり、一つに定まらないもの。


一人一人の心の中におちりはあり、一つとして同じおちりは存在しないのだ。


おちりに貴賎なし。


嗚呼、素晴らしきかな、おちり…


✳︎✳︎✳︎


「おちりはね、月に似ているね」


おちり道を極めんとする道すがら、とあるオチリストにあった。


その男は地に伏せるスタンダードな基本姿勢ではなく、仰向けにおちりを眺めていた。


おちりに向かって、虚空に手を伸ばし、星々に届かぬと知ってなお愚直に求めるような曇りなき眼で語った。


「夜闇を照らすおちり。隠れて見えないおちりもある。けれど、そこにおちりは、あるんだ」


彼はどこまでも澄んだ瞳でそう言っていた。


それは一つの至言。


月はただ一つなれど、一年を通しただ一つとして同じ名はない。


姿形を変えているように見えて、ただ月は変わらずそこにある。


おちりもまた、同じなのだ。


私は姿勢を正し、最大級の敬意を込めて九十度のおちり(お辞儀)をした。


腰を折り、地に顔を向ける。


おちりから目を逸らすこの姿勢こそ、真に心からおちりを想い、心の目でもっておちりと向き合うオチリスト流の礼である。


彼は目を閉じて、黙って両手でハートマークを作り、それを逆さになるようにひっくり返した。


ハートはオチリストの心、愛を表現し、それを逆さにする事でおちりを表した


愛とおちりは表裏一体なのだ…


私はその美しい答礼に自然と涙を流した。


✳︎✳︎✳︎


おちり道を歩む上で、どうしようもなく禁忌に近い行いがいくつかある。


もちろんおちり道に決まりなどない。


しかしオチリスト同士、相容れぬ行為というのは存在するのだ。


おちり道を志す者たちの中でも、互いに譲れぬものはある。


なかにはおちりの魅力に取り憑かれ、帰って来れない者もいるのだ。


探求の旅を続ける中で、何度も私は無力感と、抗い難い誘惑と戦うことになる…


✳︎✳︎✳︎


すぅ〜…


「や、やめるんだ!そんな小さなうちからおちりを吸うなんて!おちり中毒になるぞ!戻れなくなる!」


「やめてよ!も、もうおちりがないと…ダメなんだ!」


両手で優しく握りつつも、狂ったような目をしておちりの匂いを嗅ぐ少年は、すでに手遅れで、その道から抜け出させる事はできなかった。


俗に言う、『チリを吸う』行為。


尊び、愛で、眺め、癒される存在であるおちり。


そのおちりの魅力に取り憑かれた、一度手を出せば戻る事などできなくなる行い。


そう、それは何人にも汚されていない新雪を第一に踏み荒らしたいと欲してしまう、神々が与えたもうた試練の如き欲求。


依存度が強く、一時的な満足感は得られども、すぐにおちりが欲しくなる…


私たちおちり道を極めんとするオチリストにとって、一部からは邪道とも言われる道。


御神体を崇めるだけでなく己の手中に収めんとする、神をも恐れぬ行いだ。


実にうらやまけしからん。


決して嫉妬などではない。


✳︎✳︎✳︎


世界を旅して回る事で、どうしても目にする差別、弾圧…


「おちりは平等だ!」


おちりを愛する事の何がいけないのか。


いや、分かっている。


私たちはマイノリティ側の人間だと。


決して大多数側の人間ではない。


「我々はお変態ではない!ただおちりを愛でているだけだ!他者に迷惑などかけていない!」


いくら声高らかに主張しようが、おちりを愛でる私たちオチリストを変人、あるいはお変態と呼ぶ者たちは多い。


実際におちり好きを拗らせ、執拗におちりを盗撮する者もいる。


わざわざ楽しげな遊具を作ってまでおちりを眺めようとする者だっている。


食事に夢中なのをいい事に、指先でおちりを撫で回すけしからん輩だっている。


だが…


それは全て愛故に…


……ハッ!


そうだったのか…!


✳︎✳︎✳︎


私は公園のベンチに腰掛けながら近くの木々を、いや、おちりを眺める。


また一つ真理を覗き見たのかもしれない。


愛故に、人はおちりを求めるのだ。


求めるが故に奪い合い、争うのだ。


愛とおちりは表裏一体。


平和を願いながらも争いが無くならないのと同じだ。


おちりを求めるが故に、愛は争いを生む。


同時に争いは、求める心は、新たなおちりも生み出しているのだ。


私はおちりに向かって手を合わせ、そして天に向かって拳を突き上げる。


我がおちり道に、一片の悔いなし

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