第2話 君に思い出してほしいこと
ヌアル平原。バルオキーを西に進んだ先にある緑豊かな平原。ここはいつ訪れても澄み切った風と心地よい花の香りに包まれた美しい場所で、北の広陵に進むとミグレイナ大陸を治めるミグランス王宮が見える、王国きっての絶景地である。
合成鬼竜はバルオキー付近にアルドともちょろけを速やかに降ろし、上空で待機する。合成鬼竜があまりにも気合を入れすぎてスピードを出したおかげで、ふたりは少々船酔い気味であった。
「うっぷ・・・。合成鬼竜、早く着いてくれたのはすごく助かるんだけど、もう少しゆっくりでも良かったんじゃ・・・。」
「マ、マク・・・。」
「でも・・・!」
ふたりは大きく深呼吸し、揃って背伸びをした。
「やっぱりヌアル平原の空気を吸えば、気分が良くなるな!」
「マクマク~!」
ふたりの船酔いはヌアル平原の緑風が癒してくれた。もちょろけも浮かない顔から元気な顔になりクルクルと回る。
「ふぅ、やっぱりヌアル平原は落ち着くなぁ。よくダルニスと一緒に、子ども警備隊としてバルオキーを守る!って言って、じいちゃんの目を盗んでバルオキーを抜け出してたっけ。懐かしいなぁ・・・」
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
遠き日のこと。
広く大きな平原を二人の幼い少年が陽気に駆け抜けていく。
「ダルニス隊長~、異常ありません!」
「よし、村を守るために平原をもう一周だ、アルド!」
ダルニスは木の弓を、アルドは石でできたナイフを持って平原を駆ける。
平原に住む猫たちから特訓と称して遊ばれ。
小さな湖で魚釣りをしてサバイバルごっこをしたり。
ゴブリンに石を投げてちょっかいを出して追いかけられたり。
そして、いつもじいちゃんに見つかってしこたま怒られるのがお決まりだった。
怒られて泣いて、その時はじいちゃんのことが嫌いだったけれど・・・。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
「・・・あっ、そういえば!もちょろけ!」
アルドはもちょろけと目線を合わせ、首をかしげた。
「どうしてヌアル平原に俺を連れてきたのか理由を聞きたいんだけど・・・」
その時だ。遠くからおーい!と男性の呼ぶ声がする。二人は声のする方を振り向くと、そこには20代くらいの青年が手を振っていた。青年は二人のもとへ駆け寄ってきた。
道中の魔物との戦闘を想定した、しっかりとした装備。大きな袋をかついだ格好で、彼からはほんのり磯の香りが漂う。バルオキーを経由してきた港町リンデの行商人であろう。
彼の表情は曇っており、何かに困っているということは一目で分かった。
「あなたはバルオキーの村の方ですか?」
「そうです、俺はバルオキー出身の旅人だけど・・・。何かあったんですか?」
「もし月影の森方面へ向かうということでしたら今は通行ができませんよ。実は、月影の森付近に生息しているアベトスが、いたずらで森の手前に大岩を置いて道を塞いでしまっています。除去しようにも僕一人じゃどうしようにもできなくて、バルオキーの警備隊の方に頼もうと思っているんです。」
「月影の森の手前に大岩を・・・!?わかりました、俺、すぐに様子を見てくるよ!」
「えぇ、一度見てもらうと助かります。僕、ロープを持っているので岩の大きさを調べて、何人か人を呼んで引っ張りましょう。」
「そうするとしよう。・・・というわけでもちょろけ、ちょっとだけ待っててくれるかい?」
アルドはもちょろけの方を見たが、そこにもちょろけの姿はなかった。
「・・・もちょろけ、どこに行ったんだ!?」
「・・・マクマク~!!」
気づいた時には、もちょろけはすでに大岩の方へ走って行っていた。アルドは慌てて行商人の青年を置いてけぼりにして、もちょろけの後を追いかけていった。
「・・・ちょ、ちょっと待ってください~!」
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
月影の森の手前。行商人の青年が言っていた通り、人も荷物も通らないほどの大岩が道を塞いでいる。これほどの大きさの岩をいたずらに置くとは、よほど力に自信のあるアベトスなのであろう。アルドと青年は岩を一周してロープを巻きつける。一方もちょろけは岩をコツコツと軽く叩いていた。
「確かにこの大きさだと一人じゃどうしようもできないな。これは大人5人・・・いや10人は必要かもしれないな。すぐに警備隊の仲間を呼んでくるよ。」
「ありがとうございます。僕はすぐに引き出せるようにロープを長く固く結んでおきますね。」
アルドは頷いて急ぎ向かおうとしたところ、「その必要はないぞ、アルド」と声をかれられた。
「あっ、ダルニス!どうしてここに?」
「警備の一環としてここまで来たわけだが・・・どうやら大変なことになっているようだな」
ダルニスはアルドと青年から状況を詳しく聞いた。ダルニスは渋い顔をして腕を組み、村の力自慢を数名連れてくることに決めた。
ダルニスによると、どうやら最近、このように岩が道中に置かれている事件が複数件発生しているそうで都度岩を除去しているそうだ。
「で、その犯人はおそらくアベトスであるけれども捕まっていない・・・と。」
「そうだな。こうして岩を移動させるしか方法がなくてな。アルド、すまないが少し手伝ってくれるか?」
「もちろんだよ。もちょろけにも手伝ってもらうとするよ。大丈夫だよな、もちょろけ?」
「ん?もちょろけがいるのか?」
アルドはもちょろけの様子を見ると、もちょろけは肩をならし両手でこぶしを強く握っていた。
「・・・もちょろけ、どうしたんだ?」
もちょろけは真剣な表情で大岩の正面に立ち、グッと力が入ると彼の周りに凄まじいオーラを放つ。
「も、もちょろけ!?何をするんだ!?」
「おぉ、もちょろけ・・・。」
「この魔物もしかして・・・」
もちょろけは半歩後ろに助走をつけて、ためたオーラを右手の拳一点に集中させる。そして、力が十分に蓄えられた右手拳が轟音をあげて大岩を貫く。
アルドと青年は大きな口を開けて驚き、ダルニスは真剣な表情でもちょろけを見つめていた。
大岩は跡形もなく崩れ落ち、そこには大岩のかけらと結ばれたロープ、後姿が頼もしいもちょろけの姿があった。
「・・・も、もちょろけ・・・」
「・・・・。」
もちょろけはくるりと振り向き、アルドに自慢げに駆け寄る。そして、アルドのそばをクルクルと回り始めた。
「マックマク~!」
「もちょろけ、お前・・・。」
アルドはもちょろけと視線を合わせ、
「大岩を割れるなんて、聞いてなかったよ!?もちょろけにこんな力があったなんて!」
と、言い放った。
「マク!?!?」
もちょろけは酷く驚いた様子でアルドを見つめた。アルドはキラキラとしたまなざしでもちょろけを見ている。もちょろけはその姿のアルドにぽかぽかと叩き始めた。
「なんだよもちょろけ、照れ隠しか?」
「マクマク~!!」
だがもちょろけの表情はどこか悲し気である。さきほどの自慢げであったもちょろけとは裏腹に。
「お、驚きましたね・・・。この魔物が人になついているだけでなく大岩まで割るなんて・・・。」
「俺も知らなかったよ、まさかもちょろけにこんな力があったなんてな。」
「アルド。一ついいか?」
ダルニスは喜ぶアルドに真剣な表情で話しかける。アルドはダルニスを見て頷く。
「もちょろけにそんな力があったなんて、と言ったか?・・・まさかあの日の約束を忘れていないか?」
アルドはきょとんとした顔でダルニスを見つめた。
「あの日の約束・・・?」
「あぁ。その様子だと・・・。どうしてもちょろけがアルドと行動を共にしているかもわかっていないな?」
「え、どういうことだ?約束ともちょろけが大岩を割れることに関係があるのか?」
「仕方ないな、あれはちょうど・・・」
ダルニスが話そうとしたその時。もちょろけは慌ててダルニスの口をふさぐ。
「な、なんだ?話してはいけない内容だったか?」
もちょろけはコクリと頷き、ダルニスに話してほしくないようにぴょこぴょこと飛び跳ねている。
「・・・。もちょろけ自身で話をするのならそうしてくれ。俺から伝えるのは野暮だよな。」
「・・・合成鬼竜と同じこと言ってるな・・・。」
「とにかく、大岩はなくなったことだ。俺は行商人の方を安全な場所まで連れて行く。アルドはもちょろけからちゃんと約束の内容を教えてもらうか、思い出すんだな。」
行商人の青年は結んだロープを荷物にしまい、アルドともちょろけに礼を伝える。そしてダルニスと共に月影の森の中へ入っていったのであった。アルドともちょろけは二人を見送り、ようやく落ち着いたのであった。
「・・・さて、もちょろけ。」
アルドは真剣な顔でもちょろけを見つめる。
「俺をヌアル平原に呼んだこと、大岩を割ったこと。あの日の約束のこと。」
「俺、申し訳ないんだけど、すっかり忘れてしまったみたいだ。」
「だから、教えてくれないか?全部・・・。」
「・・・マク」
その時だった。もちょろけの後頭部に咲く赤い花が燐と淡く光りだす。もちょろけが話そうと決心したその時。
アルドのすぐ後方に時空の穴が出現したのであった。時空の穴は不安定ながらも大きく開き、周囲の草花を吸い込み始める。
「・・・時空の穴!?なぜここに・・・!?うおっ!」
アルドが気づいたときにはすでに遅く、もちょろけが長い手を伸ばして止めようとしたが、アルドの体は完全に穴に吸い込まれていった。
もちょろけは即座にアルドを追い時空の穴に飛び込んだ。
時空の穴はゆっくりと閉じ、また平穏が訪れた。
アリガトウ なつめろ @natumero
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。アリガトウの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます