第6話・怨霊退治と霊能力対決

 講義が終わった、今年の単位は早々とクリアした。友人はアルバイトの方が忙しく、みんなヤバいと言っている。

 俺も千尋も専攻は心理学だ。

 校内をぶらついたがやはり千尋の姿はなかった。諦めて帰ろうと校内から出る。


「優斗、こっちこっち」


 ベンチに三人座っている、千尋が真ん中に座っていた。近づき他の二人に挨拶をした。


「こっちが美香でこっちは里香」


 名前が似ているのですぐに間違えそうだ。二人共ロングヘアで美香さんは茶髪、里香さんは黒髪だ、二人共美人だった。


「なかなかいい男じゃない、私が貰っちゃおうかな」


 美香さんが言う。


「駄目よ、私の大事な人なんだから」


 千尋が慌てて答える。


「冗談よ、でもまだヤッてないんでしょ?」


 美香さんがいきなり下ネタを言う。


「私、高校時代から千尋と一緒なんだけど、男嫌いの千尋をどうやって口説いたの? 千尋は結構モテるけど全部断ってたわ」


 里香さんが聞く。俺がどう答えるか考えていると千尋が恥ずかしそうに答える。


「運命の出会いでお互い一目惚れよ」

「ふーん、優斗君、性知識の少ない千尋にいろいろ教えてあるから期待しといて」

「はあ、どうも」

「しかし一緒に住んでて何もさせてくれないくれないのに千尋とよく続いてるわね、まあ千尋は美人だし頭もいいから振られないようにね」

「僕もそれが心配なんです」

「振るわけないでしょ、優斗を一生離さないんだから」


 その言葉に美香さんが言う。


「千尋ヤンデレっぽいわよ」

「優斗もそう思う?」


 千尋は心配そうに見上げてくる。


「いや、そんな風には思ってないよ」


 そろそろいいかなと思った。


「じゃあ僕はこれで、里香さん美香さんこれからも千尋をよろしくお願いします」

「「任せて」」


 と二人が言う、手を振って駐輪場に向かった。千尋に友達がいることに安堵し、先にマンションに帰った。

 千尋と同棲して二週間以上過ぎているが、俺が先に帰るのは初めてだった。


 テーブルの床に腰を下ろして、ソファーが欲しいなと考え始めていた。ノートパソコンでこの近辺の家具屋を検索し探す、足のない床に置くタイプのL字型ソファーを探す、何件かヒットした。

 千尋と相談して決めよう。ふと考えて遠くにいても言葉を飛ばせるか試してみる。


『千尋聞こえるか? 今まだ大学の中か?』

『ええ、聞こえるわ。そうよどうしたの?』

『遠く離れてても聞こえるかの実験、それとソファーを買ってもいいか?』

『いいわよ、二人の家だから勝手に決めても構わないわ、もうすぐ帰るわ』

『了解』


 ソファーを二つにまで絞った、色のバリエーションが多すぎて悩んでいると、指輪が話しかけてきた。


『色で悩んでるの?』

『そうなんだ、千尋が好きそうなのがわからないからな』

『淡い茶色かクリーム色が千尋の好みよ』

『わかるのか? 助かる』


 淡い茶色のを注文した、今日届くらしい。


『俺と千尋の指輪はリンクしてるのか?』

『そうよ、同じ魂が半分ずつ入ってるわ』

『そうか、で指輪は女性なのか?』

『どちらでもないわ、男であり女でもある』

『仏様と同じような感じだな』

『そうね、私はある方の分身だから』

『そんな方にタメ口で話してるがいいの?』

『大丈夫よ、その方が私も気楽だし、今はあなたが私の主だから。私達は何千年も閻魔の宝箱に入れられてたから、誰かとお喋りするのも好きよ』

『お喋りが好きなのか』

『そうよ』

『指輪は突然消えたり壊れたりしないの?』

『大丈夫、指輪が指に吸い込まれたでしょ、そのまま体内に溶け込んで体中に広がってるから一生このままよ』

『そうなのか、牛頭馬頭様が言ってたが、世界の王にもなれるって本当なのか?』

『本当よ、私に望めば出来ないことはほとんどないわ』

『まあ王なんて考えてないけどな、じゃあ俺の中途半端な術を少し高めてくれないか?』

『少しでいいのねいいわよ、いくわよ』


 体の芯が熱くなった、何かが入ってきて力がみなぎる。


『はい終わり、ちょっとだけ高めたわ。後式神を使役する能力も高めたわ』

『ありがとう』


 ドアが開く音がした。


「千尋おかえり」

「ただいま優斗、ゆっぴーと話してたの?」

「ゆっぴー?」

「そうよ指輪だからゆっぴー、私も昨夜いろいろお喋りしたわ」


 スーパーに寄ってきたのかレジ袋を二つ持っている。俺の携帯が鳴った。

もしもしと出ると坂井さんですか? と若い女の声で聞かれたので、そうですと答えると、幽霊退治の依頼を申し込んできた。名前と住所を聞きメモに書き込む。


「スケジュールを確認します待って下さい」


 保留にし、千尋に幽霊退治の依頼が入ったことを伝える。


「明日にしましょう、何時でもいいわ」


 俺は再度電話に出て、明日は大丈夫か尋ねる、何時でもいいといったので昼頃に伺いますと言い電話を切った。


「優斗の方に掛かって来るなんて初めてじゃない?」

「そうだな、まあいいじゃないか」


千尋がメモを見る。


「佐藤恵二十四歳、住所は駅の近くね」


 千尋はこの街の地図を広げ、何かを書き込んだ。


「千尋、毎回地図に印やら付けてるが何か意味があるのか?」

「何か線で結ぶと図形や霊の集まるポイントがわかるんじゃないかと思ってね」

「そうか、いつから付けてるんだ?」

「中学生の頃からよ」

「それにしては新しい地図だな」

「毎年交換してるもの」

「なるほど」


 千尋がアイスコーヒーを淹れてくれた。冷たいものが美味しい季節が近づいている。

 俺はスマホで通話録音のアプリを探し、インストールする。


「何してるの?」

「依頼が入った時に聞き間違いなどおこらないように録音のアプリを入れた」

「私もそうするわ」


 千尋もインストールしたみたいだ。

 チャイムが鳴ったので俺が出た、家具屋だった。ソファーを受け取り現金で支払いを済ませた、早速セットするいい感じだ。


「これいいわね、色も私好みよ」


 二人で座る、座り心地もいい。

 また電話が鳴る、千尋のスマホだ。

 受話器から怒鳴り声が聞こえる、千尋はスピーカー通話に切り替えた、女性のようだ。


「あんたたち、インチキ霊能者のくせに人の商売の邪魔をしないでよ、私がこの街一番の霊能者よ。何が餓鬼退治よ河童もどうせ何かのトリックでしょ、幽霊マンションの件も」

「幽霊マンションの件で瘴気に当たり倒れたのはあなたじゃないの?」

「たまたま風邪を引いただけよ」

「じゃあ明日幽霊退治の依頼が来てるから対決しましょう、おばさんが勝ったら報酬は全額渡すし、次からの依頼もそっちへ渡す。おばさんが負けたら百万円貰うから」

「いいわ、あんたらの鼻をへし折ってやる」

「じゃあ明日の昼に駅前で」


 と言い一方的に電話を切った。


「明日インチキ霊能者はどっちか思い知らせてあげるわ」

「それだけ俺たちの噂が広まってるって事だな、勝算はあるのか」

「勝算も何も幽霊マンションの瘴気に当っただけで倒れるような人に負けるはずないわ」

「それもそうだな、で名前は?」

「木田静ですって」


 ネットで検索するとすぐにヒットした、ホームページも持っているみたいだ。横から千尋も覗いてくる、この地域の掲示板も見てみた。インチキ霊能者として噂が立っているようだ、除霊だけで一回百万円以上の報酬を請求しているようだ。実績はほぼない、除霊しても数日後にまた霊が出ているみたいだ。


 そして翌日、車で駅へ向かい、木田と会った。一応名刺交換をしたがムスッとした表情で車に乗り込んだ。豪華なアクセサリーをたくさん付けている、人からだまし取った金で買ったのだろう。


 佐藤恵のマンションに車を停め、二百五号室のチャイムを押した。疲れた表情の女性が中へ入れてくれた、1DKの部屋だ。

 それぞれ名刺を渡す、千尋が話す。


「私は霊を見たり触ったり、因果を断ち切る事で霊を退け退治することは出来ますが成仏させたり浄霊することは出来ません」

「はい、聞いてます」

「そう言えば誰からの紹介ですか?」

「管理会社の方からです」

「金田不動産?」

「いえ、違います」


 幽霊マンションの時の金田不動産が言いふらしているのだろう。

 佐藤恵が木田に向かって言った。


「木田さんには依頼してませんが」

「こんなインチキ臭い若者二人には任せられませんから、今日は勝負に来ました」

「はあ、でもあなたは依頼料が最低百万円で高いんじゃないですか? 私そんなに払えませんよ」

「今日は特別です、それにしてもここには霊がたくさんいます、私には見えてます」


 千尋が大笑いしながら木田に言う。


「まだ、一体もいませんよ」

「いいえ、あなた達インチキ霊能者には見えてないだけです」


 と言って怪しげな道具を並べだした、俺も笑いながら言う。


「そんな通販で買ったものに効果はありませんよ」

「だまらっしゃい、私に出来ないことはありません」


 その時俺たちは背後に気配を感じ同時に後ろに振り向いた。佐藤恵も悲鳴を挙げた。


「出たな、さあおばさん霊が出ましたよ」


 木田は振り返ると怯えた顔で何やらおかしな呪文を唱え始めたが、霊には効いていないようだ。


「おばさんそんなネットで収集したのを混ぜこぜにして唱えても無駄よ」


 霊は段々と近づいてくる。木田は必死に汗を浮かべながら鈴の付いた棒を振り回すが霊の体をすり抜けるだけだ。霊が木田を睨み付け手を伸ばす、霊の手が木田に肩に触る。


「まずお前から殺してやる」


 木田は腰を抜かし泣き始めた。


「嫌、ごめんなさい、私は死にたくない」

「おばさん変わろうか、放っておこうか?」

「お金なら出すわ、お願い助けて」

「わかった、どっちが本物かよく見とけよ」


 と言い千尋が木田の肩に触れている霊の手を掴むと一本背負いのように放り投げた。

 恵さんと木田は目を丸くしている。

 起き上がった霊の表情が怒りに変わる。


「優斗交代だ、おばさん霊は何体見える?」

「い、一体」

「違うね、一体の霊に三体の霊が憑依しているんだ」

「そんな……嘘よ」

「優斗にもそう見えてるだろ」

「ああ、憑依されて怨霊になっている」


 俺は空中に五芒星を描き霊に貼り付ける。


「動くのを禁ず、急急如律令」


 指輪が術を高めてくれたからよく効いた。霊は指一本動かさない。

 千尋が霊の首を掴み話しかける。


「お前はなぜここの住人を襲うんだ?」

「私はここで恋人に絞め殺された、憎い」

「私が霊視したところ、お前を殺した男は警察に捕まってるぞ」

「この部屋に住むものはみんな殺してやる」

「おとなしく成仏するか、捕まった男に取り憑くか、ここで無理やり地獄に叩き落とされるか三択だ、どれがいい」


 答えないので千尋は印を組み不動明王の真言を唱える。

 霊の両腕が千切れてボトリと落ちる。


「まだやるのか?」

「憎い憎い、みんな殺す祟り殺す」

「優斗、前みたいに式神で終わらせて」


 俺は式札を霊の顔に貼り付けた。


「鬼よ喰らい尽くせ、急急如律令」


 式札から鬼が出てきて霊を喰いだした。


「ぎゃあ、痛い痛い」


 恵さんと木田は唖然としている。


「恵さん、木田のおばちゃんよく見ておくように」


 千尋が言う。二人共無言で頷く。

 五分ほどで霊は喰いつくされ、鬼は式札に戻り俺の手に帰って来た。


「恵さん、依頼完了です」


 千尋が言った。


「あの霊はどこに行ったんですか?」

「鬼に食われ地獄に落ちて行った」

「って事はもう出てこないのですか?」

「大丈夫、出てこないよ。空気も変わった」

「よかった、本当に陰湿な空気が爽やかになりましたね、ありがとうございます」


 恵はカバンに手を入れ封筒を差し出す。


「あの本当に少ないですが除霊のお礼です」

「恵さん、あなた引っ越すお金もないからここから出なかったんでしょ?」

「バレてましたか、そうです」


 やっと恵さんは笑顔になった。千尋は封筒の中身を出し十万円を確認すると、半分の五万円を恵さんに返した。


「そんな、申し訳ないです」

「いいの、あなた睡眠不足でご飯もまともに食べてないでしょ? それで美味しいものでも食べて。美人なのに勿体無いわよ」

「わかりました」

「さて、おばさん。負けを認めるか?」

「は、はいインチキ霊能者は私の方でした、あなた達こそ本物です」

「よろしい、私達は今回一割の力しか出してない、私達の本気を百としたらおばさんの力は一パーセント以下、ただ霊が見えるだけ」

「そんな、一割の力で……」

「霊が見えるだけのボッタクリのインチキ霊能者から足を洗った方がいい、でないといずれ取り憑かれ死ぬよ」

「わ、わかりました、今日で辞めます」

「じゃあ賭けの百万円と助けた依頼料を貰おうか、散々インチキ霊能者として稼いでるだろ? それにあんたへの依頼料は最低で百万円だ、出せないとは言わせないぞ」


 木田はうなだれてバッグから帯の付いた百万円を二つ出してきた。

 千尋は確認している。


「よし、じゃあ帰ろう」


 佐藤恵は玄関まで付いてきて深々とお辞儀をし礼を述べた。

 車に戻り木田を駅前で下ろす。


「昨日今日と失礼な事を言ってしまい、すいませんでした。あなた達何者なの? 神野さんが使ったのは仏教の術ってわかるけど、坂井さんの使った術は何?」


「普通の大学生カップルよ、彼が使ったのは陰陽道の術よ、彼は他にも神道や仏教の術も使えるわ、真似しようとしても無駄よ、経験も大事だけど生まれ持った才能がいるわ」

「そうですか」


 木田は頭を下げ、ふらつきながら改札へ消えて行った。俺たちも車を走らせた。


 家に帰りアイスコーヒーを飲んで新しいソファーでくつろいでいると、千尋はどこかに電話し今日の事を話した、それを三度繰り返しやっとスマホから手を離した。


 地域の掲示板を除くと『インチキ霊能者木田静』というスレッドが立っていた。詐欺罪で訴えようとか家に行って金を返してもらうなどで盛り上がっていた。そこに今日の事を細かく書いてる人がいる、恵さんだろう。スレッドは更に盛り上がっていた。木田のホームページも閉鎖されていた。

 千尋にも見せると笑いながら。


「あのおばさんの人生終わったわね、まあ詐欺だものバチが当ったって事だわ」

「あんなに霊を引き連れている人も珍しい」

「除霊に失敗した霊たちだろうね」

「なんでおばさんに言わなかったんだ?」

「そのうち気付くだろうと思って、それよりちゅーして」


俺はキスをした、舌を絡ませるが抵抗しなかった、千尋も絡ませてくる。

 離れると、ニヤけながら。


「これが本当のキスなのね」

「どうだった?」

「気持ちよかった、充電完了」


 今日の千尋の日記はハートマークが並ぶんだろうなと思った。


 数日後、木田が詐欺罪で捕まった、数時間後には保釈金を払ったのか自宅へ戻ったみたいだ。その後家や車や貴金属を売り払い元依頼者に金を返したようだ。

 ここまで来ると惨めだ。俺たちの評価がまた上がったに違いない。他の自称霊能者も何人か看板を下ろしたと噂で聞いた。


「千尋、これで良かったんだろうか?」

「優斗が落ち込む必要はないわ、これは立派な犯罪行為よ、私達がそれを暴いただけよ。人の弱みにつけ込んで金をむしり取る、そういう人はヤクザと変わらないわ」

「そうだな、わかった」


 千尋の携帯が鳴る、スピーカー通話で電話に出る。


「木田です」


 千尋はめんどくさそうに話す。


「詐欺罪で捕まって、お金も家族も失って惨めですね」

「その通りです、それより私の後ろに四体の霊が憑いてます」

「今頃気付いたんですか? 正確には四体ではなく十三体です」

「知ってたのですか、助けてください、稼いだお金を全部差し上げます」

「嫌です、お金の問題じゃありません。これが私の言っていた因果です、祟り殺されるのも時間の問題でしょう、持って一時間よ」


 一方的に電話を切った。


「良かったのか?」

「どちらにせよここに来るまでに死ぬわ」


 夕方のニュースで木田が変死体で見つかったと流れた。

千尋はやっぱりね、と言いテレビを消す。

 そうしてまた普通の生活に戻っていった。

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