第4話・河童と指輪の力
閻魔様に会ってから四日が過ぎた。平凡な毎日だ。
引っ越してから朝昼晩の食事は千尋さんが作ってくれている、俺は掃除と洗濯を引き受けると申し出たが、一旦断られそれでも手伝うと言ったら掃除だけでいいと言われた、洗濯は下着を見られたら恥ずかしいからと千尋さんが言った。
それと引っ越した初日、おやすみとそれぞれの部屋に入ったのはいいが、三十分もしないうちに枕を抱えた千尋さんが一緒に寝たいと言って俺のベッドに入ってきた。二日目も同じだったのでシングルベッドからセミダブルベッドに買い替えた、シングルベッドは千尋さんの部屋に使われないまま置いてある。
千尋さんはもう慣れてきたと言って自分から抱きついてくるようになった、そして甘える事も多くなった。
今日の晩飯を食い終えると、千尋さんのスマホが鳴る、対応している声を聞いてるとどうやら餓鬼の件で訪れた寺の住職のようだ。
耳に入ってきた言葉は、川と河童。後はわからない応答をして電話を切った。
「この前のお寺の住職の若松さんからだったわ、私達が餓鬼を退治したことが噂で広まっってるみたいで、あのお寺に電話が殺到してるらしいの、で他のお寺や神社に私の電話番号を教えてもいいのか聞かれたわ、もちろんオーケーを出したわ」
「そうですか、で川と河童はなんですか?」
「東に大きな武庫川があるでしょ? 近所の人が犬の散歩やジョギングをしてる時に川から河童のようなのが現れて人を驚かせてるらしいの、今の処被害はないみたいだけど目撃者が多くて困ってるって、川の近くのお寺から若松さんに私達を紹介して欲しいって言うことらしいわ、もうすぐそこから掛かって来るわ」
と言ってると携帯が鳴り千尋さんが取る、短いやり取りをして電話を終えた。
「電話じゃなんだから、明日そのお寺に行って話を聞くことにしたわ、優斗も一緒よ」
「わかってますよ」
心なしか千尋さんの目が憂いを帯びている気がした。
「ところで優斗、いつまで敬語を使うの? 普通に話してよ。あと『さん』付けも要らないわ呼び捨てでもいいのに」
「それがなかなか難しいのですよ、一度染み付いた癖を直すにはもう少し時間を下さい」
「わかったわ、遠くに感じてしまうから早く直してね」
「千尋さんが口づけをしてくれたら直るかもしれませんね」
「そっ、それはもう少し心の準備ができてから。優斗はいろいろ我慢してくれてるのにごめんなさい」
「わかってますよ、いくらでも待ちますよ」
心の傷が治るのを待つしかない、俺は待つと決めたんだ、と心の中で思った、俺の口調も直さないとダメだな。
「明日何時くらいに行くんですか?」
「昼頃に行くわ、話を聞いて川の様子も明るいうちに調べておきたいし」
「わかりました、ところで俺たちの噂が広まったって事は、これから依頼が増えそうなので、なんでもいいから車が欲しいですね」
「そうね私もそう思う、私に任せて」
千尋さんがスマホを取りどこかに電話を始めた。どうやら育ての親である祖父に連絡してるようだ。近況を話した後要らない車がないか聞いている、千尋さんはこちらを見てガッツポーズをして電話を終えた。
「軽でもいいでしょ?」
「車だったらなんでもいいですよ」
千尋さんの祖父母は金持ちと聞いた覚えがあるが、何台も車を持っている事に驚いた。
「明日朝から出掛けるわ」
「俺はどうしましょう」
「祖父母に会ってもらうわ、それがおじいちゃんとの条件だから」
なんだか結婚の報告するみたいで緊張してきた、それを千尋さんに言うと。
「普段通りにしてくれてていいわ、ルームシェアしてる事は知ってるし、男性不信の私に恋人が出来て喜んでるみたいだから優斗は歓迎されると思うわ」
「それなら少し安心です、今日は早く寝ましょう、明日は帰りが何時になるかわからないですし」
交互にシャワーを浴びベッドに入った。
朝起きると軽くトーストを食べ、自転車で千尋さんの祖父母の家に行った、表札に神野と出ていたので、千尋さんは父方の姓を受け継いだみたいだ、祖父母はこの街の山手に豪華な日本家屋で暮らしていた。お手伝いさんも一人雇っているようだ、想像以上の金持ちだ。聞くとこのあたりに土地をたくさん持っていて、街にも何件もビルやマンションを持っているらしい。
客間に通された、すぐに祖父母らしい二人が入ってくる、思ってたより若そうだ。
俺は立ち上がり名前を言い千尋さんと交際してる事を言い、手土産がないことも詫た。
「そんなの気にせんでいい、座りなさい足は崩しても構わないよ」
ホッとしたが正座で座る。
「千尋、なかなかの好青年じゃないか、髪が長いから最近のチャラチャラした男かと思ったが、礼儀をわきまえておる」
「それだけじゃないわ、彼は凄い紳士なの」
「優斗君、これからも千尋をよろしくな」
「はい、任せて下さい」
「気に入った、では車を見に行くかね」
祖父に続き千尋さんも立ち上がる、俺も後を追う、屋根付きのガレージがあった、ポルシェ、ベンツに続いてクラウン、ミラが並んでいる。どれも傷一つなく新品のように見える、車が好きなんだろう。
「この軽を好きに使いなさい、保険は入っておる心配せんでいい」
鍵を二つ受け取った。
「千尋さん、免許は?」
「もちろん持ってるわよ、でも最初は優斗が運転してちょうだい。じゃあおじいちゃんありがとうドライブして帰るわ」
「ちょっと待ちなさい、これで美味しいものでも食べなさい」
一万円札を貰っていた。
俺も礼を言い運転席に乗り込んでキーを回し発進させた。まだ新車の匂いがする、千尋さん用に買っておいたのかもしれない。ガソリンは満タンで走行距離も五千キロしか走っていない。
「運転上手いわね、少しドライブしてから例のお寺に向かいましょう」
「最新型のナビが付いてるから行き先をセットして下さい」
千尋さんは暫く慣れないナビに苦戦しながらもセットが終わったようだ。音声に従いながら車を走らせる。クーラーを切って窓を全開にした、風が心地よい。暫く山道をドライブし、街に入って数分経った頃川が見えてきた、もう少しだ。目的地が近い音声が流れると寺が見えてきた。
駐車スペースが広い、車を止める。
笹川寺と出ている、境内に入るとここの住職らしい老人が手を振っている、痩せているが声ははっきりとしている。
「待っておりました、村上です。涼しい本堂に行きましょう」
本堂に入ると阿弥陀如来像が祀ってあり、傍らに龍神も祀ってあった。二人で名乗る。
「噂は届いています、お二人ともかなり力のある霊能者らしいではありませんか」
「霊能者とは少し違います、霊を見たり触れたり、因果を断ち切って問題を解決する事は出来ますが、浄霊や成仏させる事は出来ません」
「ほほう、インチキ霊能者のように見栄を張らないところも素晴らしい。では本題に入ります、話は昨夜若松さんから聞いてると思いますが、そこの河川敷で夜犬の散歩をしている者やジョギングをしている者に、川から河童に似た悪鬼の類が出てきて人を脅かしているそうです、言葉は人と同じように喋り、声を掛けてくるようです。これが人の悪戯なのか河童なのか別の悪鬼なのかを調べて平和を取り戻して頂きたい」
「わかりました」
「頼みます、うちの段家が河童退治の報酬としていくらか預かっているので、見事に鎮めてくれれば報酬を渡します」
「お金のためにこういう事をしてるわけではないのでガソリン代だけで結構ですよ」
「ほう、金に目がくらむと思ったが若松さんの言う通り欲がないんですな」
「ちなみに村上さんは見ましたか?」
「いや、心配になって何度か見に行ったんだが現れなかった、私が嫌いなようだ」
「わかりました、ちょっと川の様子を見てきます下調べなのでまた戻って来ます」
千尋さんと一緒に河川敷を歩いた。
「このあたりでの目撃例が多いらしい」
覗き込んでみる、浅いところと深いところがあるが水は綺麗だ。
「どうだ? 深さはどれくらいある?」
「浅いところで一メートル深いところで二メートルちょいです」
「おーい、河童。いるなら出てこい」
千尋さんが川に呼びかけるが何も起きなかった。石を放り込む、波紋が流れに消されるだけだ。
俺も手頃な石を探してる時に足跡を見つけた。
「千尋さん、こっちに来て下さい」
「どうした?」
「これ、人の足跡とは全然違います、鳥にしては大きすぎるし形も違う」
「やはりこのあたりだな、夜に出直そう」
本堂へ戻ると住職に足跡を見つけた事を報告した。
「河童のものかはわかりませんが、人のでも鳥のものでもないです、確実に何かが潜んでいますがこの川で河童信仰があったかわかりますか?」
「昔の文献を見ても河童信仰はないです、龍神信仰はありましたが、それも昔の話です」
「なるほど、だから龍神像も祀っているのですね」
「ちょっと調べ物があるので席を外します。十八時には戻ります」
千尋さんの後に続く、車に戻る。
「どこに何を調べに行くんですか?」
「川の上流の湖よ、龍神様がまだいるとすればそこに違いないわ」
俺は川沿いの道を一直線に車を走らせたナビは必要なかった。三十分程走ると湖が見えてきた。綺麗な湖だ。
車を停めると湖の近くに行く。
「龍神様、いらっしゃいませんか」
千尋さんが大声で叫ぶ、やまびこが帰ってくる。すると風もないのに遠くの方で大きな波紋が広がりこちらに向かって来るが手前で波紋は反転した、水の中がキラリと光る。
「いるな、けど機嫌を損ねたようだ。また今度にしよう」
「河童の事を聞こうとしたんですか?」
「ああ、それもあるが龍神様が今も実在するか見ておきたかったんだ。いるとわかったから今日はもういい」
「どうします、中途半端な時間ですよ」
「街に戻って何か食べておこう、今なら空いてるだろう」
俺たちは来た道を引き返し、街でハンバーガーショップに入った。
「何か今日はあの住職を避けてません?」
「よく気が付いたな、あの住職徳は高いがスケベの煩悩を捨てきれていない、何度も舐め回すように私の足を見てきた」
「そりゃ、そんな綺麗な足をスカパンで露出してるからですよ。俺も見とれてしまう時ありますからね」
「優斗が足が好きそうだからこの格好なんだよ、優斗になら触られてもいい」
「じゃあ今度膝枕して下さい」
「いいわよ」
一瞬で機嫌が直った。
「優斗は足フェチなの?」
「いえ、違いますが千尋さんの足が綺麗過ぎるから気になるんです」
「優斗に言われると嬉しい」
暫くの間雑談をして時間を潰した。
「そろそろ戻りましょう、日が落ちて来て絶好のチャンスよ」
寺に戻り、住職に今から河童を捕まえますと言い河川敷に行った。少し下流からゆっくりと歩く、無駄足にならないように出てきてくれと思いながら歩く、例の足跡の近くまで来た。川は穏やかだ、無理かと諦めかけていたら川から丸いものが出て来た。出た、そいつはこっちを向いて声を掛けてきた、割と高い声だった若いみたいだ。
「おーい、人間遊んでくれ」
俺たちは立ち止まった、その何者かはこちらに向かって来て岸に上がる、身長一メートル前後。千尋さんは小声で耳打ちしてくる。
「河童じゃないな、背中の甲羅がない」
「いいえ、あれが河童です。甲羅はないのが本当の姿ですよ」
「そうなのか」
「おい、遊んでくれるのか」
「何をするんだ? 河童だけに相撲か?」
「姉ちゃん俺が河童だってよく気付いたな」
「見ればわかるさ」
「じゃあ力比べしよう」
「いいぞ」
千尋さんが言うと嬉しそうに近づいてくるが、途中で止まった。
「お前らから閻魔様の匂いがする、まさか捕まえに来たのか?」
河童が後ずさりをする。
「待て、違う閻魔大王とは会った事はあるが私達はただの人間だ」
「そうか、それならいいや転んだほうが負けだぞ、まず女の方から遊ぼう」
河童が身構える相撲のポーズではない、レスリングの構えのようだ。
「いくぞ」
河童が千尋さんを掴む、すぐに千尋さんの不利な体制になったと思ったその時、千尋さんの右手がキラリと光った、あっという間に河童が転んだ、いや転んだというより吹き飛んだ。河童は訳がわからないと言った表情で起き上がる。
「足が滑っただけだ」
と言い訳をしたが、足が滑って数メートルも吹き飛ぶはずがない。千尋さんがこっちに来て耳打ちする、
「閻魔様の指輪のおかげだ、詳しくは後で話すがとりあえず指輪の言う通りにしてみろ」
まったく訳がわからない。
「おい、今度はそっちのやさ男だ、かかってこい」
構えると河童が飛び込んでくる、足を取られた、転ぶと思った瞬間右手が一瞬光り女性のような声が頭の中に響く。
『どうしたいか強く念じなさい』
河童をぶん投げる、心の中で念じたと同時に河童はさっきよりも遠くに飛んで転がっていった。
キョトンとした河童を千尋さんと俺が取り押さえる。
「おい、なんでお前は毎晩のように出てきて人間を驚かせるんだ?」
「驚かせる気はない。俺が河童一族の中で一番強い、そしたら爺さんが人間と勝負して負けの悔しさを味わって来いって言うから」
「あのな、今の人間は河童の事はあまり知らないんだ、知ってても怖がらせるだけだ。おとなしくして人間を怖がらせないって誓うなら見逃してやる、反抗するならこのまま閻魔様に引き渡す。さあどっちだ?」
「わかったおとなしくしておくよ、どうせ負けたんだし帰らないといけないんだ」
「よし、見逃してやる。その前に聞きたいことがある、上流の湖の龍神様は最近どうしてる?」
「どうしてるもなにも、元気だよ」
「そうか、ならもういい」
そこへ誰かが近づいてくる、一般人に見つかると厄介だ、と思っていたら住職だった。
「おーい、お二人さん遠くから見てたが見事でした。こやつが河童ですか初めて見た。河童よあまり人間を脅かさないでくれ」
「もうこの二人と約束した、お前は嫌いだ」
千尋さんが抑えていた河童の肩から手を離す、俺も離した。
「もう行っていいぞ、元気でな」
「姉ちゃんたちもな」
と言い川に飛び込んだ。
本堂まで帰り冷たいお茶をもらい一息着いた。
「住職、私達が嘘を付くと思って見張ってたんでしょ?」
「いやいや、私の好奇心で覗いてただけですよ、自分の目で確認する方が確かだ」
河童の粘液が気持ち悪かったが、今は乾いてカピカピになっている。
「これで依頼完了です、私達も帰ります」
「ちょっと待ちなさい」
大きな封筒を渡してきたので受け取る。
「言い残したことがあります、この川の上流の湖を大切に残して下さい。龍神様がまだおられます、普通の人には見えないですがね」
「おお、わかりました。ではお気をつけて」
車に乗り込み家に帰るとすぐに風呂に入った、河童の生臭い匂いが染み付いていた。
シャワーを終え落ち着くと千尋さんが話しだした。
「指輪の声聞こえたでしょう?」
「ええ、驚きました」
「私は軽く投げただけなのに何メートルも吹き飛んだわ、凄い力を宿した指輪よね」
「また今度ピンチになった時も助けてくれるんでしょうか?」
「そのはずよ、まだ他にいくつも秘められた力が宿っている気がするわ」
「あの声は誰なんでしょうか?」
「私にもわからないわ」
「封筒の中身見ました?」
「忘れてたわ」
大きな封筒の中には小さな封筒がいくつも入っていた、その中にお金が入っていた。合計で八万円だったので二人で分けた。
「なんだか今日は疲れましたね」
「私も眠いわ」
河童は元気だろうか? そんな事を考えながらベッドに入った。
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