第3話・餓鬼と閻王

昨日飛頭蛮を片付けた後、俺達は恋人同士になった。一緒に酒を飲んでかなり酔いが回ると千鳥足状態の俺に千尋さんが布団を敷いてくれた。


 朝起きてそれを思い出した、千尋さんも昨日の格好のまま俺に寄り添って寝ていた。


 トイレに行きたくなりそっと布団から出てトイレを借りた。トイレから出ると千尋さんも起きてきた。


「起こしちゃったかな?」

「いいの気にしないで」

「俺、一旦自宅に戻ります。風呂に入って着替えもしないといけないですし」

「着替え持ってきたらいいのに」

「そうしますよ」

「待ってる」


わかりましたと言い自宅のワンルームマンションに戻った。

 

 大学のカバンにノート類を詰め込み、別のカバンをクローゼットから出し、何日分かの着替えを入れシャワーを浴び、部屋を出て千尋さんのボロアパートに戻った。

 

 千尋さんが朝食の準備をして待っててくれたので一緒に食べた、和食だった。久しぶりに和食を食べた気がした、千尋さんは料理も上手かった。

 

「今日の予定は入ってますか?」

「何もないわよ」

「じゃあ今日は不動産屋を回るデートをしましょう」

「楽しそうだわ」

 

 と言って微笑む。

 

 数時間後、自転車を駅前の駐輪場に止め、歩いて不動産屋巡りをした。探しているのは2LDKのマンションだが結構空き部屋は見つかった。どこに住むかは千尋さんに任せている、千尋さんは家から持ってきたいろんな印の付いた地図とにらめっこしながら物件を探している、何件か絞れてきたようだ。

 

 大きな不動産屋に入り、実際の部屋を見せて欲しいと言うとすぐに車で見て回る事になった。四軒見て回り不動産屋に戻ると二軒目に見た物件がいいと言って早々に部屋を決めた、今住んでるところから近い場所だった。

 一旦千尋さんの部屋に戻る。

 

「優斗、私が勝手に決めたけど本当に良かったの?」

「どこでもいいですよ、コンビニも大学も近いしいいんじゃないですか? でもどこも同じような部屋でしたが何を基準に決めたのですか?」

「決めたところは霊道が近いから」

「やっぱりお化け絡みですか、いいですが」

「荷物は少ないからいつでも引っ越せるけどいつにする?」

「明日にでも知り合いから軽トラを借りますからすぐに引っ越しましょう」

 

 ふいに千尋さんのスマホが鳴る。

 電話をしながら何かメモを取っている、名前と住所だった。すぐに通話が終わる。

 

「知り合いの住職から依頼がきた、霊絡みかどうかわからないけど様子を見に行こう」

 

 千尋さんが用意を始めた、俺も準備を整えた。自転車で街の中心部まで走る。一軒の寺に着いた。初老の坊さんが出迎えてくれた。

 

「呼び出して済まないね、飛ぶ首を退治したそうじゃないですか」

「知ってたんですか?」

「ええ、この業界では噂が広まるのも早い、そちらの青年もかなり力を持ってるみたいだが神野さんの恋人ですか?」

 

 飛頭蛮の噂が広まってるようだ。

 

「そっ、そうです。昨日の一件も彼の力がなかったら解決しなかったかもしれない」

「ほう、神野さんにふさわしい相手ですね」

「で今日はどういった事です?」

「見た方が早いじゃろ、本堂に行きましょうか」

 

 坊さんに千尋さんと並んで付いていく。大小の地蔵が並んでいる、本堂から数人の声でお経を唱える声がする。

 

 本堂に入ると立派な不動明王像の前で四人の坊さんに囲まれた若者が結界らしいものの中で暴れている。若い僧侶が十合くらいのご飯を運んでくる、結界の中にそれを入れると素手で食いだした。

 

「昨夜からこの状態が続いておる、いくら食べても腹は膨らまないし食欲も収まらない」

「餓鬼に取り憑かれたな」

 

 千尋さんは迷わずそう言った。

 

「優斗はどう思う?」

「俺も同じ意見です」

「このご時世に餓鬼が出るとは」

 

 坊さんが困り顔で呟く。

 

「ちょっと敷地内を見てきます」

 

 千尋さんの後を追いかける、一通り見て回る、雨ざらしにされているが一体の古くて大きな地蔵菩薩の前で立ち止まる。

 

「これだ、どういう事かわかるか」

「ええ、この地蔵が動かされた形跡が残ってます、餓鬼はここから出て来たのでしょう」

「優斗は知識も豊富で話が早くて助かる、一応説明しておくと地蔵菩薩の足の下は仏教の六道の中の餓鬼道に繋がっていると考えられている、他と違って地蔵菩薩にだけは水を頭からじゃなく足元にかけるのは足の下の餓鬼の喉の乾きを癒やすためだと言われている、知ってるな?」

「知ってます」

「二人は若いのに物知りですな」

 

 先程の坊さんが後ろから声をかけてくる。

 

「しかし千尋さん、今回現れた餓鬼は一匹だけのようです」

「ああ、何かわかったのか?」

「餓鬼道が開かれたならもっと餓鬼が現れても不思議じゃありません。餓鬼は閻魔大王の側に暮らしている者もいます、それが出てきたのではないでしょうか? ちなみに閻魔大王は地蔵菩薩の化身とも言われてます」

「閻魔大王のところ? 地蔵菩薩の化身? 住職本当ですか?」

「神野さんが知らない事まで知っているとは驚きですな。ええ閻魔様の世界で暮らしてる餓鬼もいます、それに地蔵菩薩の化身とも言われてます、最近は知ってる者はほとんどいませんが」

「うーん一匹か。それをどうやってあの青年の体から追い出すのかが問題だな、本堂に戻ろう」

 

 本堂に戻る。

 

「こいつに飯や水を与えないで下さい」

 

 千尋さんが飯を運んでいる僧侶に言った。

 

「それとお経じゃなく、地蔵菩薩の真言を唱えて下さい」

 

 四人の僧侶がそれに従う、青年は苦しみだししわがれた声で。

 

「その真言は止めろ、水を持ってこい食い物を持ってこい」

 

 と喚き始めた。

 

「おい、餓鬼お前は閻魔様の従者じゃないのか?」

「なぜわかった? こいつが門を開けたすきに抜け出したのだ」

 

 門とは地蔵の足元の事だろう。

 

「おとなしく閻魔様のところに帰るなら見逃してやるが、抵抗するなら餓鬼道に落とす」

「人間のお前に何が出来る? 指一本触れられないだろう」

「どうかな、試してやろう」

 

 と言うと千尋さんは結界の中に入った、住職が止める。

 

「神野さん危ない、出てきなさい」

 

 と叫んだが遅かった。

 青年が怯む、千尋さんはゆっくりと右手を突き出す。青年の腹に手を当てると苦痛の表情を浮かべ、青年の口から餓鬼が出てきた。

 

 すかさず餓鬼をつまみ上げる、三十センチ程の大きさの餓鬼だった。青年は気を失っているようだ。

 

「お前は私を舐めすぎたようだな」

「お前、何者だ離せ」

「ここで殺してやろう、餓鬼道に落ちて永劫に苦しめ」

「わかった、わしが悪かった。おとなしく閻魔様のところに帰るから許してくれ」

「もう出て来ないと誓えるか?」

「ああ、誓う」

 

 千尋さんが結界から出てくる、取り囲んでいた坊さんたちは恐怖の表情を浮かべながらも真言を唱えながら千尋さんを中心にして移動する。

 

 例の地蔵菩薩のところまで来ると菩薩の足元に餓鬼を持っていく、吸い込まれるように餓鬼は消えてしまった。

 

 坊さんたちは真言を唱えるのを止め、地蔵菩薩を元の位置に戻した。

 

「住職、これで依頼完了です。後で簡単に施餓鬼供養をしておいて下さい」

「わかりました、私も神野さんの力を見くびっていたようです、正直今起こったことがまだ信じられません」

「簡単な事ですよ、あの青年を起こしに行きましょう」

 

本堂に戻り青年の頬を叩く、目を覚ました青年に住職が怒鳴りつける、聞くと酔っ払っていて覚えてないという。慌てて財布からありったけの札を出してきて、迷惑をかけたお詫びですと住職に渡した。

 

 住職はその金を千尋さんに渡す。

 

「餓鬼退治のお礼です、私はこれからこの青年に説教します、そのお金で二人で何か食べてください、ありがとうございます」

「では私達はこれで失礼します」

 

 どこにも寄らずに千尋さんのアパートに戻った、お茶を一杯飲むと目の前が暗くなって暗闇が歪む

巨大な影が現れた。

 

 地響きのおきそうな野太く力強い声が聞こえた。

 

『偉大な霊能者とはぐれ陰陽師の選ばれし運命の二人よ。私は冥界の主閻王なり、うちの従者、いや餓鬼が迷惑をかけたようだな、失礼した』

 

 閻魔大王だ、俺は驚いた。千尋さんが尋ねる。

 

『閻魔大王様ですか? あの餓鬼は?』

『閻魔か、俗世ではそう呼ばれておるようじゃなまあいい、人間と話すのは千年ぶりくらいじゃ、あの餓鬼は罰として千年開かぬ独房に入れた。礼を言うこれを授けよう』

 

 暗闇が消える、千尋さんと目を合わせる。

 

「見たか?」

「ええ、声と影だけでしたが」

 

 ちゃぶ台の上に二つの指輪が置いてある。

 

「これが閻魔様の言ってた礼か」

「そのようですね」

「信じられないな」

「千尋さんでも驚く事があるんですね」

「だって閻魔大王だぞ神に近いお方だ、こんな経験は初めてだ」

「ですね、地蔵菩薩の化身ですし。この指輪は何の意味があるんでしょうか?」

「わからない」

 

 千尋さんが右手の薬指に指輪をはめると、すっと指に吸い込まれた。俺も同じように右手の薬指にはめる、同じように消えた。

 

「何か変化はありました? 俺は何も感じませんが」

「私も特に何もないが、何かの特別なご利益があるんだろう。なんせ閻魔様からのプレゼントだからな」

 

 千尋さんはさっき住職から渡された金をとりだした、三万七千円。

 

「半分に割れないじゃないか」

「引っ越し費用に使いましょう、千尋さんが持っていて下さい」

「わかった」

 

 千尋さんのスマホが鳴る。聞くともなく聞いていると昼間の住職と話してるようだ。

 外は鮮やかな夕日に染まっていた。

 

「お腹が空いたわね、何か作るわ」

 

 千尋さんは普通の女の子に戻っていた。

 

「昼間の千尋さんと今の千尋さん、どっちが本物の千尋さんですか?」

「どちらかと言えば今よ、普段は強気だけどそれでなくちゃ霊や悪鬼に舐められるから」

「なるほど、俺はどちらの千尋さんも好きです」

 

 顔を赤くした千尋さんは、

 

「嬉しい」

 

 と言ってうつむいた。

 

 夕食はオムライスだった。食後明日の引っ越しの準備に千尋さんの荷物を整理した。

 翌日、友達から軽トラを借り千尋さんのアパートと俺のワンルームマンションを二往復ずつ荷物を運び、要らないものや冷蔵庫など被るものはリサイクルショップに売った。

 

 時間はかからなかった、一段落すると千尋さんがアイスコーヒーを淹れてくれたので一息ついた。ちゃぶ台だと思っていた千尋さんのテーブルはこたつだった。

 

「千尋さんこれからよろしくお願いします」

「こちらこそ」

 

 握手をしその手を引き寄せ、軽く抱きしめおでこにキスをした。

 

「優斗ありがとう、まだこれくらいしか出来ないけど」

 

 と言って頬にキスをされた。

 

「十分です」

「それより、閻魔様が選ばれし運命の二人とか、優斗の事をはぐれ陰陽師って言ってたが何かわかる?」

 

 はぐれ陰陽師か、確かにそうだがまだ千尋さんには知られたくない。

 

「さぁ、さっぱりわかりません」

 

 二LDKのマンションは意外と広かった。都会ではないので家賃も安くいい物件だ。ここからまた新生活が始まる。

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