福が来なけりゃ笑えない

終電

 福が来なけりゃ笑えない

「お前さぁ、怖いんだよ」

今は、学校の休み時間。尚人なおとが話しかけてきた。

「第一声がそれとか、お前こそ怖いわ」

「いや、そんなことねぇよ」

尚人が毅然とした態度で答える。

いや、そんなことあるだろ。

「やっぱ、そういうところだろ?かえでに彼女ができないのは。なぁ?みんなもそう思うだろ?!」

そう言って他の男子に賛同を仰いでいる。なんて失礼な奴だ。

「…尚人こそ、自分の彼女の自慢したいだけだろ」

「…バレた?」

高校に入学してから半年、割と仲良くしている友達に彼女ができた。

「いやぁ、マジでかわいくてさ。俺今超幸せだもん。瑞穂みずほマジ天使。毎日、俺のこと待ってんだぜ?嬉しそうに話しかけてきてさぁ?物あげたりすると『ありがとう』って、喜ぶわけよ。どう?彼女欲しいだろ?」

尚人が幸せなのは結構なことだが、やっぱり毎日こんな話を聞くとイラつく…から俺は、コイツは銀行の話をしているのだと自ら思い込むことにする。

あぁ、コイツは瑞穂銀行のATMがよっぽど好きなんだな。わざわざそこに金を振り込みに行くほど好きなんだな。

まぁ、そんなことを考えてもただ虚しくなるだけなんだけど。

「…だからさ、俺、楓はもうちょい愛想良くしたほうがいいと思う」

「なんでだよ」

「だってお前怖えじゃん。全然笑わねぇしさ。ほら、昔の偉い人も言ってんだろ?『笑う門には福来る』って」

自分が幸せだからといって、他人まで自分と同じような幸せに巻き込もうとするのは、どうかと思う。

「福が来なけりゃ笑えないだろ」

尚人はつまらなさそうに顔を歪める。

そしてため息一つの後にこう言った。

「楓はそういう奴だったな」

お前はエーミールか。


その日の帰り道は一人だった。

徒歩で高校に通う俺と同じ道を辿る奴は、だいたい顔見知りになってくる。

後ろに、同じクラスの坂本さかもとがいるのが分かった。

あぁ、そういえば坂本もあんまり笑わないな。

そんなことをぼんやり考えていたら、不意に背後から笑い声が聞こえた。

「…奥村おくむらくん、ぶつかるよ?」

「えっ」

ごつっ、と鈍い音が身体に響いた。

「まさか、この歳で電柱にぶつかるとはね…。大丈夫?」

坂本が俺の顔を覗き込むようにして見る。

「…ん、大丈夫、だけど。なんだろう、無性にショック」

そして、何故だか笑いが込み上げてきた。

俺はなんだか楽しくなってしまった。

頭をぶつけたせいでおかしくなったのかもしれない。

坂本も一緒に笑った。

「ふふふ、奥村くんが笑ってるの初めて見たかも」

「坂本こそ、クラスじゃあんまり笑ってなくない?」

「…だって、面白くもないのに、笑ったりしないじゃない。『笑う門には福来る』って言うけどさ、私は福が来なきゃ笑えないかなぁ」

「…じゃあ、なんで今笑ってるの?」

坂本がにこりと微笑む。かわいいな、と思った。

「楽しいからだよ。奥村くんと話せて、楽しいから。奥村くんは?」

「…俺も、楽しいよ」


坂本の下の名前がなぎさというのは彼女にあっているな、なんてそんなことをまたぼんやり考えてみた。

その間も、坂本はにこにこしながら俺を見つめていた。


「お前さぁ、なんなんだよ」

俺たちは二年生になった。

尚人とは、また同じクラスだ。

「第一声がそれとか、お前こそなんなんだよ」

「お前、毎日幸せそうじゃん。にこにこ笑いやがって。ムカつくんだよ、そういうの」

尚人は最近、彼女と別れた。正確に言うなら、振られたのだ。

だからといって、理不尽じゃないか。

「まぁ…」

俺はなんと言えばいいか、分からなかった。

ただ、なんとなく去年もそんな会話をしたなと思い出した。

「まぁ…、福が来たからな」

尚人が恨めしそうに俺を見つめる。

「楓はそういう奴なんだな」

お前はエーミールか。

尚人がますます恨めしそうに俺の背後を一瞥した。

「…楓、呼ばれてる。ドアのとこ」

「ん?あぁ」

俺は、ドアからひょこりと顔を出す渚を見つける。

「…あ、楓くん!」

えへへ、と嬉しそうに話しかけてくる彼女はやっぱり笑っていた。


多分、俺も。

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