第10話 アリアとマリナの過去





 子供の頃から姉妹2人だけで生きてきた。

 両親は私たちを魔物から守って亡くなった。





 10歳で親を亡くした私たちの生活は苦しいものだった。

 村で買い物をすることもできず、たまに来る行商人から物々交換で必要なものを手に入れることと、隣の優しいおばあちゃんにお裾分けをもらう以外では、満足に物も手に入らないくらい。


 私たちの両親は村一番の戦士だった。

 時々やってくる強力な魔物を2人で撃退し、村を守ってきた。

 ゴブリンキングなどの高ランクの魔物も討伐する、まさに英雄、守神ともいうべき存在だった。


 そんな2人が亡くなったのが受け入れられなかったのだろう。

 2人が死んだのはお前らのせいだ!と罵倒され、石を投げられ、村で孤立した。

 隣のおばあちゃんが庇ってくれるおかげで追い出されたりはしなかったが、誰もが私たちをいないように振る舞うのはなかなか辛いものだった。


 幸いにも、私たちには親譲りの魔力があったため、動物を狩って食いつなぐことはできた。


 それでもギリギリの生活だった。

 隣に住んでいたおばあちゃんがいなければ自殺していたかもしれない。

 それくらいに辛い日々だった。


 おばあちゃんはいつも「助けてあげられなくてごめんなさい」と言いながら料理を分けてくれたり、家事を手伝ってくれたり、店や行商人から物を買って分けてくれたりする。


 おばあちゃんは助けてあげられないと言っていたがとんでもない。

 誰もが敵意を向けてくる中で、たった1人であっても手を差し伸べてくれる人がいるという事実にどれだけ救われたことか。


 だが、いつまでもおばあちゃんに迷惑はかけられないし、この村に残りたいとも思えない。

 なので、村を出るための資金を集めることにした。


 これまでは数十分の食料がとれればよかったので、動物を主に狩っていたが、少しだけ無茶をして強めの魔物を狩るようにした。

 初めは威力の調整に失敗して灰にしてしまっていたけど、慣れてくると素材を残したまま魔物を倒せるようになってきた。


 それがいけなかったのだろう。


 慣れてきた私たちはその日、いつもと同じようにブラックウルフの群れを倒し、帰ろうとしているところで1匹のブラックウルフを見つけた。


「はぐれのブラックウルフね。マリナ、いくわよ」

「お姉ちゃん、もう暗くなってるし危ないよ。おうち帰ろ?」

「大丈夫よ。すぐに終わらせるわ」


 ブラックウルフは群れで行動する魔物で、一体一体は弱いが、連携で強さを発揮する。

 単に力任せでは倒せない厄介な魔物だ。


 だけど今は一体しかいない。

 群れが全滅したのか、それとも、迷子になったのかもしれない。

 いずれにせよ、確かなのはこれがチャンスだということだ。



「ファイアーランス」

「ギャン」


 不意を突いて攻撃するが避けられ、ブラックウルフは迷いなく逃亡を選んだ。


「外したわ。マリナ、追うわよ!」

「わ、わかったよお姉ちゃん」


 ブラックウルフは木と木の間を止まることなく駆け抜けていく。

 私たちもそれなりに森での行動には慣れていたが、ブラックウルフには敵わない。


 付かず離れずの距離を保ったまま少しの間追いかけた。


「お姉ちゃん、なんか怖いよ。帰ろうよ!」

「マリナ、もう少しだけ我慢してちょうだい」


 マリナがここまで強い口調をするのは初めてかもしれない。

 しかし、その直前にブラックウルフの速度が僅かに落ちたのだ。

 ここがチャンスだと踏んだ私は、魔法で身体強化をして一気に距離を詰めた。




 この時の私は焦っていたのだろう。

 マリナのためにも早く村を出たいと。

 このブラックウルフを仕留めた後のことばかりを考えていて、今、この瞬間のマリナに対して配慮できていなかった。


 その結果——


「お姉ちゃん!!」


 突如、死角から魔法が飛んできた。

 咄嗟に気づいたマリナに突き飛ばされなければまともにくらっていただろう。



 ブラックウルフの上位種にシャドウウルフという魔物がいる。

 その魔物の特徴は、魔法を使えること、群を率いること、そして、知能が高いこと。


 今になって気づいた。

 シャドウウルフに誘導されていたんだと。


「ファイアーウォール! マリナ、逃げるわよ!」


 反射的に魔法を行使し、私を庇って傷ついたマリナを抱えて逃げ出す。


 しかし、相手は狼の魔物なだけあってかなり素早い。

 最初にあった距離はどんどん縮められ、数分もしないうちに追い付かれてしまいそう。


「『ファイヤーショット』今よ!マリナ逃げなさい!」


 マリナの注意を聞かずに危険に晒したのは私だ。

 せめてマリナは逃す。そのためにウルフ達の足止めをする決意をしていた。


「お姉ちゃんも一緒じゃなきゃやだ!」

「いいから逃げなさい!時間がないの!」


 焦りとか恐怖とか、いろんな感情が混ざってついマリナに怒鳴ってしまう。

 でも、これでマリナは逃げてくれるだろうと思っていた。


「嫌だ!それならお姉ちゃんが逃げてよ!」

「できるわけないでしょ!」

「なら私だって無理だよ!私もお姉ちゃんと一緒に戦うの!」


 正直、意外だった。

 マリナはいつも私の言うことを聞いてくれてたから、今回もちゃんと逃げてくれると思っていた。

 だけど、一緒に戦うと言ってくれた。

 自分のせいでマリナを危険に晒してしまったことも、マリナのことを守ってあげられなかったことも残念だけど、マリナの気持ちは嬉しかった。


「来たわ。『炎波』!」


 そして、ウルフが近づいてくる。

 最後の悪あがきとして、全力の炎魔法を放つ。

 全ては倒しきれなかったが、ブラックウルフの半分以上は倒すことができた。


 最後に、マリナを包み込むように抱きしめて、ギュッと目を瞑って‥‥‥‥



 いくらたっても何も起こらないので、恐る恐る目を開けてみると、私たちの前に薄緑色の膜のようなものが張られており、ウルフたちがそれを破ろうとしている姿が目に映った。


「君たち、大丈夫か!?」


 突然のことに混乱していると、私より少し年上くらいの男の人が駆け寄ってきて、そのままウルフから守ってくれた。


 この時のことは、一生忘れないと思う。

 絶体絶命の状態から助けてくれただけではなく、私たちの事情を聞いて、旅に連れて行ってくれることになった。


 最後に隣のおばあちゃんにだけ手紙を残して、私たちは彼、ルドラと一緒に旅に出た。


 彼の旅の目的とクロノスについての話を聞いた時は驚いたけど、彼について行くと言う考えは変わらなかった。

 私たちはルドラに助けてもらったんだから、今度は私たちがルドラに恩返しする番だ。





 あれからしばらく経って、『アルテナ』の仲間も増えたし、ルドラのおかげで私たちも神聖スキルを手に入れることができた。


 あのまま村にいたら今頃どうなっていたか分からないけど、今みたいな幸せは得られなかったと思う。

 本当、ルドラには返しきれないほどの恩がある。


 これからも、恩を返すためだけじゃなく、愛するルドラや、大切な仲間のためにもクロノスからこの世界を守り抜く。

 そのためならどれだけ非難されても頑張れる。





 お父さん、お母さん、見てくれてるかな?

 色々あったけど、私もマリナも幸せに生きてるよ。

 それに、大切な仲間や、愛する人にも出会えたよ。

 だから、これからも安心して見守っていてね。


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