第9話 勇者の葛藤
アルテナの拠点で指導者のルドラという男に敗れた翌日、勇者の屋敷には共に魔王討伐の旅をした仲間である、『賢者』リーナ、『聖女』リザベート、『剣帝』レオンが集まっていた。
魔王討伐後に恋人関係になったリザベートはとにかく、他の2人が朝から来るのは初めてのことだった。
「カイン、昨日のアレはどうしたの?」
「そうだね。君は少し暴走しがちなところはあるけど、大事なことは僕らに相談してただろう?」
リーナとレオンが真剣な表情で見つめてくる。
「昨日のアレっていうのは、「希望の星」のことか?」
昨日の負けた後のことは、夢でもみていたように朧げで、自分のしたことだとは思えなかった。
「えぇ。あまり使わないようにしてた「希望の星」の通信を私たちに言わないで使うのも驚いたけど、アルテナを毛嫌いしてたあなたがあんなこと言うのも信じられないわ」
リザまで2人と同じことを言う。
夢かと思っていたが、やはり現実だったようだ。
「そのことか‥‥信じられないかもしれないけど聞いてほしい」
3人とも恐れるような表情で聞く姿勢に入った。
「実は、アルテナの指導者のルドラという男に負けたんだ。その後のことはあまり覚えていないけど、操られていたような感覚がする」
リザとレオンが目を見開いて驚きを露わにする。
リーナだけは目を閉じて、何かを考えているようだった。
「君が負けるなんて、そのルドラという男はよほど強いみたいだね」
「あなたが負けたのも驚きだけど、操られたっていうのは本当に信じられないわ」
闇魔法に相手を操る魔法はあるが、耐性の弱い相手しか操ることができない上に、体を動かすような簡単なことしかできないはずだった。
勇者なだけあって耐性の高い俺を操るのも難しいし、スキルを使って世界中に声を届けることは不可能のはずだった。
「催眠とかでスキルを使うように誘導されたわけではないのかい?」
「多分違うと思う。その時の記憶は曖昧なんだけど、何かを考えていたわけじゃなくて、作業みたいに動いてた感じ?かな。うまく説明できないけど、自分の意思で動いてたわけじゃないと思う」
「‥‥もしかして、
「セイクリッド?」
何かを考え込んでいたリーナがぼそりと呟く。
「冒険者をしてた時にダンジョンの奥にあった本に書いてあった。人の枠を超越した者のみが得られる幻のスキル」
「それはどのようなものなんだ?」
「ちょっと待ってて。はい。これがその時の本」
リーナが魔法の鞄の中から一冊の本を取り出した。
その本は神聖スキルについて研究していた学者の手記で、彼が調べたことがわかりやすくまとめられていた。
その本の内容が真実なら、人を操れる能力があってもおかしくないと思う。
「アルテナの連中はそれを持ってる可能性が高いってことか‥‥」
「カイン、やめといた方がいい」
「なぜだ?奴らに対抗するには、俺たちもその神聖スキルを手に入れるべきじゃないのか?」
「神聖スキルを手に入れるには人の枠を超越しなければならない。その基準は、おおよそレベルが200を超えてることみたい」
詳しく聞くと、現在、神聖スキルを持つ人がいない理由、存在自体が忘れ去られている理由がそれらしい。
リーナがそのダンジョンで見つけたメモには、神託が出される前は神聖スキルを持つものもいたとの記述があったらしい。
「それじゃあ、アルテナの連中に神託を破ったやつがいるってことか!?」
「人によって差があるみたいだから、そうとは言い切れない。けど、彼らの中に神聖スキルを持つ人がいるなら、ほぼ間違いないと思う」
なぜ、アルテナは神敵である魔王の討伐を拒否した理由がずっと謎だったが、それが今わかった。
奴らこそクロノス神に刃向かう反逆者であったということだろう。
「カイン、落ち着きなさい」
「でも!アルテナの連中を許すわけにはいかない!奴らから世界を守るのが勇者としての使命だ!」
リザに宥められるが、俺の怒りはおさまらない。
俺には勇者として、人々を守るという誓いがある。
奴らが神託を破っているなら、たとえ敵わなくても挑むつもりだ。
「カイン、少し待ってほしい」
「リーナまで、どうしてだ?」
いつも冷静なリーナがこのことに口を出したことに驚きながらもその理由をたずねると、リーナなんと言うべきかは迷っている様子だった。
「‥‥理由は今は言えない。だけど、お願い‥‥」
「‥‥‥」
無理を言っている自覚があったようだが、それでも真剣に頼んでくる。
一緒に冒険してる時から、リーナはいつも冷静だが、どうしてもというところは譲らない性格でもあった。
今回もそうだろう。
それに、昨日、「希望の星」で世界中に宣言したばかりだ。動くにしてもしばらくは様子を見た方がいいだろう。
「僕からもお願いするよ。リーナがここまで言うのも珍しいからね。それに、昨日の今日でもう対立なんかしてたら混乱が起きるだろう?」
「わかってるよ。今はやめておく」
「カイン、ありがとう」
それでも、リーナの表情は晴れることはなく、これでよかったのかと悩んでいるように思えた。
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