第6話 VS勇者



「よく来たな、勇者カイン」


ルドラは玉座に腰掛けたまま勇者に声をかける。


「偉そうにするな!お前たちには俺が正義の鉄槌を下してやる!」


勇者は激昂して突撃する。

炎を剣に纏わせ、身体強化も重ねて大上段で斬りかかった。


「天罰‥‥か」

「くらえ!豪炎斬!!」


勇者とよばれるだけあってなかなかに鋭い斬撃だ。

だが、ルドラとはレベルが違いすぎる。


「アクアボム」


極小の水球を5つ、空中に散らばるように浮かべる。

それを勇者は炎を纏った剣で斬り裂こうとして‥‥


「ッ!何をした!?」


剣に水球が当たった途端に、水が膨張して剣を覆い、火が消えてしまったのだ。

火が消えて勢いを失った剣はルドラの手に掴まれていた。


「ただの水球だ」


ルドラの使った魔法は単純なもので、水球を超圧縮しただけだ。

限界まで圧縮した水球は衝撃によって膨張し、周囲を包み込む、言ってみればただの力押しの魔法だ。


勇者は剣を離してルドラから距離を取ると、剣の銘を呼ぶ。

すると、ルドラの手に掴まれていたはずの剣が勇者の手に握られていた。

これが勇者の持つ固有能力の一つ『聖器解放』の力だ。


「これだけの力があるなら、なぜ正義のために使おうとしないんだ!」

「正義‥‥か‥‥」


勇者は再び剣に聖炎を纏わせると、フェイントを交えて攻撃を仕掛ける。

それに対してルドラは玉座から少しも動かない。

少し間を開けて重たい声色で言う。


「お前の正義には中身がないんだよ」


勇者の剣がルドラに直撃する瞬間、何かに弾かれたように跳ね返される。


「正義を貫くなら時には意志だけではなく力も必要だ。お前では弱すぎる」


未だに玉座に座ったままのルドラが手をかざすと勇者が吹き飛ばされる。


「グッ!」

「勇者もこんなものか‥‥」


ルドラは露骨にガッカリした表情をする。

挑発している訳ではない。ただ期待外れだったという本心から出た言葉であり、勇者もそれに気づいただろう。


「ふざけるな!やはり貴様ら悪は滅ぼさねばならない!はあぁぁぁっ!!!」


勇者を中心に衝撃波が生じ、部屋にあった机や椅子が吹き飛ばされる。


「これが俺の全力、正義の力だぁ!!」


聖なる光を体に纏わせた勇者が再度突撃してくる。

だが、先ほどとはスピードもパワーも段違いだ。


「これは!さすがは勇者と呼ばれるだけあるな」


さすがのルドラも驚かずにはいられない。

勇者の持つもう一つの固有能力『希望の星』は、世界中の人々の自分に寄せる希望の数だけ強化されるという、使い方によってはセイクリッドに勝るとも劣らないほどの強さを秘めるスキルだ。


「降参するなら今のうちだぞ?もうこれ以上は手加減できないからなっ!」


さらに勢いを増してラッシュをかけてくる勇者に、ルドラは手を前に突き出して障壁を展開して防ぐ。


「惜しいな。お前には我らの仲間となる素質があったが‥‥」

「お前らの仲間になるなんて死んでも御免だ!」

「そうだろうな」


勇者が先ほどまで以上に力を込めて聖剣を振るう。

ルドラは全く反応しておらず、首を獲ったと確信する。


「なっ!?どうやって!?」


しかし、そのような結果にはならなかった。

何が起きたかわからなかったが、何かに弾かれたように吹き飛ばされ、気づけば地面に転がっていた。

慌てて立ち上がると、剣を構えて数歩後退する。


「貴様何をした!やはり悪魔の力に手を染めたのか!」

「普通に跳ね返しただけだ。見えなかったならそれがお前の実力ってわけだな」


顔を怒りで真っ赤に染めた勇者が立ち上がる。

ルドラがまともに攻撃していないため勇者はまだほぼ無傷だが、どんな攻撃をしてもルドラに届く気がしなかった。


「気が済んだなら帰ってくれると嬉しいんだが」

「お前を倒すまで気が済むわけないだろう!」

「できるのか?」

「‥‥や、やってみせる!」


図星だったのか一瞬間が空いたが、気合を入れ直して再び攻撃に移る。


「もういい。今日は終わりにしよう」

「っ!?がはッッ!!」


台詞と同時にルドラの姿がぶれ、勇者の腹に殴られたような衝撃が走る。

そのまま地面に倒れ込み、動かなくなった。



「もういいぞ」


エルシアの認識阻害が解除される。


「ルドラ、こいつ殺すのわすれてるわよ?私がとどめをさしてあげるわ」


「いや、別に殺すつもり‥‥」

「アリア、ばかなこと言わないでください」


クレアが止めに入る。


「ルドラ様はちゃんと情報を引き出してから殺すつもりなのですよ」

「いや、違うよ?」


クレアが止めてくれると思ったが、そうではなかったらしい。

アリアが暴走するのはよくあることだが、いつも冷静なクレアがこうも過激なことを言うのは珍しい。


「アリアはともかく、クレアまでそんなに怒るなんて珍しいな。そんなに気に入らなかったか?」


私はともかくってどう言うことよ!という、アリアは放っておくとして、クレアの答えを待つ。


「だって、あの勇者、ルドラが悪だって‥‥ルドラだって正義のために戦ってるのに‥‥悔しいじゃないですか」


クレアは目に涙を滲ませながらそう口にした。

周りを見ると、他のみんなも同じ気持ちのようだ。


気づかなかった。

これまで、世界を救うために自分の評価など気にしていなかった。


「すまない、みんな。だが、俺は改める気はない。俺たちアルテナの望みは世界を守ること。そのためなら俺の評判なんてどうだっていい。

それに、これは俺の望んだことなんだ。だから、気にしないというのは無理かもしれないが、分かってほしい」

「‥‥‥わかったわ。でも、あまり無理はしないでちょうだい。私たちにはルドラの方が必要なんだから」

「なるべく気をつけることにするよ」


ルドラの真面目な表情に諦めたのか、ルドラの言うことはわかってくれたようだった。


世界を守るために自分を犠牲にする覚悟を決めていたルドラだったが、大切な仲間に必要だと言ってもらえるのはやはり嬉しい。

すぐには考えは変えれないし、どこまでいっても自分は世界を優先するのは間違いないが、少しだけ、自分のことも大切にしようと思った。

自分のためだけでなく、仲間のために。

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