忘れ物を探して

ネコ エレクトゥス

第1話

 こういうのもある種の「コロナ成金」と言うのだろうか。時間がたっぷり取れるせいでいろいろなことに手を出している。ただそのたびに思うのだが、時間が逆行している。


 知的世界にあこがれを持つ大学生だった頃、それを理解したくて神のように崇めた書、ドゥルーズ=ガタリの『アンチ・オイディプス』。当時は全く理解していなかったが、最近読み直して理解できるようになっていた。それどころかケチをつけ始めた。ああいう本にあこがれを持っていたとはずいぶん若かったと思う。

 とにかく速く弾けるようになりたくて前のめりになっていたギター。今は速く弾くことよりも一つ一つの音に情報量を持たせることに関心がいっている。そのせいで曲全体が遅くなっている。これがメディチ家の家訓の「FESTINA LENTE(ゆっくり急げ)」ということなのだろう。

 そして「FESTINA LENTE」の出所であるラテン語。古代語を一つ理解することも若いころの夢だった。ただラテン語が少しわかるようになってきたというのに、現代ヨーロッパ言語がわからない。いや、わかるのだが対象となっている現代の出来事に興味がない。アイドルの話が分からないオヤジ状態。

 しかしなぜこんなにまで関心があるのは若いころに夢見たものばかりなのか。


 数学の世界にフィールズ賞という数学版ノーベル賞があるが、受賞するのは大体30歳ぐらいまでだという。若い時の発想の柔軟さ、記憶力、そして何より前へ前へというあの若さゆえの推進力が原動力になっているんだと思う。その同じ推進力を僕も持っていた。ただ40歳が近づいたころからそれが後ろ向きに作用するようになった。「進みたい」というより「帰りたい」。なぜそんなことになるのかということについて思い当たるのはただ一つ、人間40歳にもなると一歩一歩死への準備が始まるということなのだろう。

 男はそういう生物であるとして、女性はどうなのか。女性は過去も未来もなくその日その日の状況に適応する現在進行形の生物だから男のこういう状態は理解してもらえないのではないか。ただ男が先へ先へと向かっている間は魅力的に思えるかもしれないが、それが後退局面に入った時、男の側にかなりの蓄積がない限り(それが金銭面であれ人格面であれ)夫婦の間に亀裂が起こるのは避けられないってことか。

 これからもずっと続く男女の物語。


 

 


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忘れ物を探して ネコ エレクトゥス @katsumikun

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