第34話 勇者様を、ぶっ飛ばします!

 ――ビキッ。


 シュゼットの持つ白銀銃は、銃弾を常に吐き出し続ける。だが、先のガルマからの攻撃によりひび割れていた傷がみるみる内に広がっていた。


「あっ……!」


 ガルマに降り注ぐ弾丸の雨。

 だが、シュゼットの短い悲鳴と共にそれは終わる。

 音を立てて崩れ始めた白銀銃は、儚い欠片となって宙を舞う。

 太陽の光に反射して飛び散る破片を見たシュゼットの脚がふらりと揺れた。


 以前から、巨大な光の銃弾を撃っては魔法力切れを起こしていたシュゼットが、俺のために、こんなにも耐えてくれた。

 こんなにも、力を振り絞ってくれている。

 俺は倒れ込むシュゼットを抱える。

 驚くほど軽く、儚いその姿に思わず息を呑む。


「……え、エリクさん、もう、大丈夫……ですか?」


 赤縁の眼鏡がずれて、銀髪が元気なく垂れ下がった。


「あぁ。助かったよ」


「それは……良かったです」


 にこりと、乾いた紫の唇を無理矢理吊り上げたシュゼット。


「後は、任せましたよ……」


 力なく、拳を突き出したシュゼットに、俺は左手で応じた。

 壊れた白銀銃の破片を大切そうに握りしめたシュゼットは、ナーシャによって後方に回収される。


「よくも」


 ぷすぷすと煙を上げながらも、ガルマは立っていた。

 今まで抑えていた溢れんばかりの聖力が再びその聖剣に注がれた。


「魔族ごときが、たかがEランクパーティーごときが、よくも勇者のぼくに傷を付けたなぁぁぁぁぁっ!!」


 先ほどまでの表情から一転、余裕がなくなったようにガルマは頬についた血を払わずに聖剣を振るう。

 俺は魔剣グラムにありったけの魔力を注ぎ込む。

 先ほどよりも遥かに魔力の通りが良い。

 後ろめたさがなくなったからか。自分が進むべき道を見つけたか――。


 どちらにせよ、気分は悪くない。


 ガルマが打ち付けてくる聖剣を真正面から受け止める。

 先ほどと同じように、俺が力で押し巻ける――


「……な、なに!?」


 ――ことは、なかった。


「うぉぉぉぉぉぉっっ!!」


 全身に力を込めて、俺はこの日初めてガルマの剣に打ち勝った。

 力負けしたガルマは、冷静さを欠いた表情で額に脂汗を流している。


「ちょっと待て……何だ、なんなんだ!?」


 わなわなと打ち震えるガルマは、俺の魔剣グラムを凝視する。


「なんで魔族が、聖力・・を扱える! 聖力と魔力を同時に発現させるなんて、ありえない!」


 ふと見てみると、俺の魔剣グラムからは、本来相反する力が絡み合って蒸気を発している。

 金色に輝く聖力の粒子が、黒紫に蠢く魔力の粒子が、決して交わり合うことなく、渦を巻いて空へと消えていく。


「何だ、これ」


 こんな力は今までに使ったことがない。

 体内を蝕むかと思うほどのドロドロで、負のオーラに満ちあふれた魔力の特性を抑えることなくその黄金の光は煌めいていた。

 美しく輝くその光の粒子は、俺が触れるとふわり、光の球になって消えていく。

 魔族おれたちにとっては猛毒であるその聖なる力は、俺を拒絶していないようだった。

 温かくて、包み込むような優しい力だ。


「……まさか、その回復魔法士か!」


 ガルマの目線が後方のナーシャに向く。


「致命傷を負った貴様を聖力の回復魔法によって救ったことで、本来ならば決して混じり合うことのない力同士が、手を取り合ったと――!」


 「ありえない……」と。聖剣を持つガルマの手が震える。


「そんなことあって、たまるものか……! 我らの聖力は、魔族如きと手を取り合えるようなものでは、断じてなぁぁぁいっ!!」


 再び突きを繰り出してくるガルマの聖剣を打ち払い、魔力を込めて斬り下ろす。

 ダメージの蓄積からか、ガルマの動きが少々鈍い。

 両者の身体が交錯し、俺の刃とガルマの刃が、最後の剣戟を繰り広げる。


「1000年続いた闘争の歴史に、勇者の敗北などがあって、たまるものか!」


 俺とガルマは、互いに血の一滴まで絞り出すほどの聖力と魔力をぶつけ合った。

 聖と魔の波動が場に巨大な嵐となって顕現する。


「あぁ、俺も、負けるわけにはいかない……だが、勝つ必要もない!」


「世迷い言だ!」


「だろうな。でも、ここにその世迷い言を体現させてくれてる最高のリーダーがいるんだ。ナーシャが勇者と魔王軍が手を取り合えるってんなら、ナーシャの描いた絵空事を、みんなで作り上げる! そのためなら、俺は――ッ!」


 聖と魔が入り交じる嵐のなか、俺は魔力に加えて聖力も込めた。

 決して交わることのないと言われたその相反する力を持ってして、俺たちの周りの嵐は掻き消えた。


 聖力も、魔力も残っていないただの剣で、俺はありったけの力をガルマたたき込む。


「その夢が叶うまで、全力で突き進むまでだ」


 ドルゴ村を護るのは、その第一歩だ。

 ガルマを斬り伏せる寸前に刃を回転させて、峰で打ち込んでいく。

 ガルマの身体をなぞるようにして打ち込まれた剣。身体全身に喰らったガルマは呆気に取られたように空を見上げる。

 全ての力を使い果たしたガルマは、ボロボロの身体で真後ろに倒れ込む。

 自身が斬られていたはずの身体を探るように確かめ、胴体が繋がっていることを確認すると、「魔族如きに情けを掛けられるとは……」と小さく息を吐いた。

 

「どんなことをしてでも、魔族は滅びなければならない……」


 ぽつり、肩で息をしながらガルマは呟いた。


「……俺も、勇者には滅びて欲しいと思ってた」


「戯れ言を――」


 俺も、言う。

 勇者は、見境無しに魔族おれたちを悪のシンボルに掲げあげて、忌むべきモノを作ってきたに過ぎない。

 この1000年、勇者と魔王軍は常に闘い続けてきた。

 互いが、互いの存在を悪のシンボルとして掲げあげて、領民の敵対心を煽り合っていたに過ぎないことは、当に周知の事実だ。

 それでも俺たちは戦い続けてきた。1000年もの争乱で生計を立て、互いが闘争を続ける前提で国家が成り立ってしまっていたからだ。


「俺も、魔王軍に入ったときは勇者軍にはクソみたいな偽善者しかいないって、思ってたさ」


 冒険者パーティーは自分たちを屠り、喰らう。だからこそ、立ち向かい、完膚なきまでに叩きのめして戦意を喪失させる。

 これまでに、俺たち魔族側の領域で犠牲になった魔族、魔物は数え切れないほどだ。


「それでも……勇者領で、命を賭けて夢を叶えたい奴等と出会ったんだ」


 俺は、後方で必死にシュゼットの回復をはかっているナーシャを見つめた。

 懸命に回復魔法をかけながら涙ながらにシュゼットに語りかけるその姿を見て、俺は。


「もしかしたら、孫子の代じゃ、勇者と魔王が手を取り合ってる可能性もあるかもしれないな」


 俺のその一言に、ガルマは「っはっは」と笑いながら顔を押さえた。


「……それも、面白いかもしれないな」


 ガルマが指の隙間から蒼い空を覗き込む。

 両手を投げ出し、大の字になって目を閉じた勇者を見た俺も、自然と後ろに倒れ込んだのだった。

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