第33話 最高の仲間と、戦います!

 身体中が軋むような音がすると思えば、目の前にはいるはずのない人たちの姿が見えたような気がした。


「な、なんで、こんなところに……!」


 朦朧とする意識の中で、俺の身体には徐々に癒やしの光が宛がわれていた。

 後方からは、新たな敵が来たと認識していた勇者軍ガルマの私兵達が、キャロル達に割いていた兵の一部をこちらに寄越している。

 俺の呟きをモノともせずに、シュゼットは指示を出す。


「ルイス! そちらの雑兵はあなたに任せます! 蹴散らして下さい!」


「応ッ! 任された!」


 待ってましたと言わんばかりに、ルイスは大きな跳躍と共に拳を地面に打ち付ける。

 ドゴォォォォォッ!! と、激しい重低音で地面にクレーターを作り上げるルイスは、金色のポニーテールをふわりと揺らして不適に笑みを浮かべる。


「はっ! こーなりゃ後は野となれ山となれって奴だな! 目の前の敵全員ぶっ潰すまで暴れ回りゃいいんだろ!?」


 シュゼットの返答を待たずして目の前の動くもの全てを殴り飛ばす勢いのルイスに、甲高い悲鳴も加わった。


「ちょ、ちょっとエリクちゃん!? 化け物じみたエルフが同胞殴り飛ばしてるけどどういうこと!? 何が起こってるの!?」


 先で勇者軍を相手にしているキャロル達までが、突如現れた第三勢力に困惑している様子だった。


「……全く、騒がしいにも程がある」


 片手で髪をすくい上げたガルマの額には、はっきりと青筋が見えていた。


「……ぐ……っ!」


「アナスタシア、エリクさんを治療しながら後退して下さい! 殿は私が!」


「お、お願いします、シュゼットさん! くれぐれも無理はなさらないでください!」


 俺を抱えて、ナーシャは回復魔法の光を止めることなく後退していく。

 シュゼットはその巨大な白銀銃を番え、ガルマに向けて光の銃弾を撃ち込んでいるがその全ては奴の聖剣によって弾かれて行っていた。


「君たち、持ち場を離れて一体何を考えているんだい?」


「……覚悟の上です」


 シュゼットは応える。


「勇者軍としての誉れを捨て、あまつさえ勇者のぼくに弓を引くとはね。既に君たちの仲間のせいでこちらは大損害を被ってるんだ。ただで済むとは思っていないよね?」


 ヒュンッ。


 聖剣の一振りで、今までで一番大きな波動がシュゼットを襲う。


「――くっ!!」


 白銀銃を抱えて避けるシュゼット。彼女の持ち武器の端にピキリと亀裂が走った。


「シュ、シュゼッ――」


「エリクさん、動かないで下さい!」


 立ち上がろうとするとナーシャは初めて大声を出して俺を静止した。


 シュゼットが絶え間なく光の銃弾をガルマに放ち続ける。ガルマは、簡単にそれをいなしているが嵐のように降り注ぐ銃弾の中で足止めされていることは間違いない。

 それに、俺が奴につけた傷も無駄ではなかったようだ。

 少しずつ、少しずつだがシュゼットの弾丸をいなしきれていないガルマは頬に掠めた銃弾に怯んだ。

 その隙を逃さずに弾丸を放るシュゼット。ガルマが白銀銃につけた亀裂が、どんどんと広がっていく。

 彼女の標準装備の武器が壊れるのも時間の問題のように思われた。


「……何で、来たんだよ……」


 身体から吹き出る消滅の蒸気が、ナーシャの癒やしの光に包まれて徐々に収まる。

 青い空が徐々に滲んでくる。

 傷はどんどん癒えていく。


「大馬鹿過ぎる……! 一介のパーティーが勇者に弓を引くなんて、どう考えても馬鹿げてるだろ……!」


 痛みが引き、意識がはっきりとしてくるに連れて疑問と、悔しさと、やるせなさが膨れ上がっていた。

 ドルゴ村を護るには、俺がガルマを迎え撃つしかなかった。

 ここを死守するしかなかった。

 一介の勇者パーティーの一員ではなく、魔王軍の一部隊としてこいつを迎えて、倒すことくらいしかなかった。

 それこそ、俺の身体の中の魔力を全て注ぎ込んで、文字通り死ぬ気・・・でガルマと心中するつもりでさえいた。

 だが、そんな俺のくだらない文句を一蹴するかのように、ナーシャは俺の顔を覗き込んだ。


「エリクさんこそ、一番の大馬鹿さんですっ!!!!」


 あまりの剣幕に、全ての思考が一瞬止まった。

 翡翠のロングストレートがふわりと揺れる。

 ナーシャがここまで怒った姿を、初めて見たのだ。


「何で、それを言ってくださらなかったんですか!!」


「な、何でって、そんなの、話せるわけ――」


「話してくださったならば、最初から、『ディアード』みんなでここを護れたじゃないですか!」


「ゆ、勇者パーティーが勇者に弓引くなんてありえないだろ!?」


 俺の頬に、一筋の雫がこぼれ落ちた。


「エリクさんが死んでしまってからでは、遅いんです……! ディアードわたしたち、そこまで信用されてなかったんですか……!?」


 ドンと、胸の底にナーシャの言葉が重くのしかかった。


「違う、俺は、たとえ死んでもナーシャに恩返しを……!」


 違う、信用していないわけじゃない。


 そんなわけないじゃないか。


 大切だと思っていたからこそ、壊したくなかったんだ。


 君が大切だったからこそ、君が護りたかったものを、俺も護りたかったんだ。


 俺を救ってくれたナーシャに、少しでも恩返ししようと――。


 ナーシャはぽつり、ぽつりと呟いた。


「皆、こんなドジで、おバカで、何にも出来ないただのお人好しなだけの私のわがままに付き合ってくれる……そんな最高のパーティーなんです」


 思い返せば、いつだって俺はナーシャの言葉に救われてきた。


 ――あの、だ、大丈夫ですか!?


 ――あなたは……?


 ――アナスタシア・フランツィスカ・フォン・ミュラー、皆からはナーシャと呼ばれています。それより、お顔やつれているじゃないですか! ご飯、食べて下さい!


 怒涛の100日連勤。毎月残業150時間オーバーは当たり前。しかも残業代は出ない。

 そんな地獄の環境に心を壊して逃げてきたこんな俺を。

 どこの誰とも分からないようなこんな俺に、声をかけてきてくれたのがナーシャだった。


 ――勇者パーティーに興味はありませんか?


 そんなナーシャの一言に、藁をも縋る思いで飛びついたんだっけ。


 ――それなら、俺もついさっき見ていて入りたいと思っていたところです!


 ――本当ですか! それは良かったです! では、是非ウチに!


 あんな屈託のない笑顔を見たのは、いつぶりだっただろうか。

 ひたすらにガルロックのパワハラに耐え、周りの連中からの嫌みに耐えていた俺にあんな笑顔を振りまいてくれたのは、ナーシャだけだった。


 いつのまにか、『ディアード』は荒みきった俺の心の拠り所になっていた。


 ナーシャは、俺の顔を覗き込んで、はっきりと、告げる。


「私は、冒険者パーティー『ディアード』のパーティーリーダーです……!」


 俺を拾ってくれたこのパーティーに、死んでも恩返しがしたかった。

 俺の命をなげうって尽くす価値があるからと、そう決意していた。


「シュゼットさんや、ルイスさんや、エリクさんのためなら……! 勇者だって、魔王だって、世界だって、いくらでも敵にまわしてみせます! 大暴れするみんなを護るのが、リーダーの私の役目ですから! 死ぬなんて言わないでください! 一人が欠けただけでも、『ディアード』は『ディアード』ではなくなるんですよ!!」


 戦場に響き渡るナーシャの大声。


「っははははははははは!!!」

「ふふふ……アナスタシアは、どこまでいってもアナスタシアですね」


 苦戦を強いられている二人は、豪快に笑った。

 ルイスは拳を握りしめたままに、俺の方を向いてにやりと笑みを浮かべた。


「な、こいつ。筋金入りのバカ野郎だろう?」


 勇者軍の雑兵を殴り飛ばしながら、ルイスは――かつての面接の時のように言葉を紡いだ。


「シンプルなウチのバカに食らいつくにゃ、ちーと骨が折れるがな」


「彼女を支えるヒトは多くなっても、大変なものは大変ですね」


 かつては、歓迎される側・・・・・・の言葉だった。

 だが、今は違う。

 一緒に、ナーシャと――アナスタシア・フランツィスカ・フォン・ミュラーと共に歩む『ディアード』としての言葉で。

 先ほどまでの悔しさなんて、どこかに吹き飛んでいた。

 どうやら俺は、『ディアード』という底抜けに明るいパーティーを、ナーシャという底なしの器の広さを少しも理解できていなかったみたいだ。

 ナーシャの回復魔法を受けた俺は、静かに立ち上がる。


「……ほんっと、大馬鹿で、最高のリーダーだ!」


 まだ完治はしていない。というか、しばらく完治は無理だろう。

 それでも、前のような絶望的な気持ちは微塵もなかった。


「もう、負ける気はしないから大丈夫だ」


 前を向いて、魔剣を握りしめる。

 後ろめたさなんてものが、一気に吹っ飛んだ。

 ここからだ。

 俺はもう、魔王軍の大隊長でもない。

 勇者軍の一員でもない。


 冒険者パーティー『ディアード』のメンバー、エリク・アデルとして、ドルゴ村を護るために闘うことを決意した。

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